最高の場所-4
拗ねたエイムズを残し、ローディは三人とともに局長室を出た。秘書へ挨拶とコーヒーのお礼を言ってから、先行するリュシエールたちを追いかける。
「前から薄々感じてはいたが、あいつのネーミングセンスのなさは異常だな」
「ここまで来ると、ちょっとした芸術の域に入りかねませんね」
「……それは、芸術に対する冒涜にならないかな?」
話しているリュシエールとグレイの物言いはかなり容赦ない。リュシエールに至ってはため口だから余計にだ。しかし彼らの様子からは親しみのようなものが感じられた。信頼関係があるからこその軽口だと受け取れる。
エレベーターホールに入って足が止まったところで、ローディは二人に声をかけてみた。
「リュウさんたちって、エイムズさんとは仲がいいんですか? 昔からの知り合い、とか?」
すると二人は、苦笑気味の表情で肯定した。
「あの方には以前、少しばかりお世話になったことがあるんですよ。それ以来のご縁ですね」
「仲は、確かに良いほうかもしれん。グレイもあいつには噛みついたりしないし。な?」
リュシエールに悪戯っぽい視線を向けられ、グレイが肩をすくめる。
「エイムズさんには、素直に感謝してますからね。本当に」
何やら気になる言い方だが、初対面も同然の現段階で詳細を訊けるほど神経は図太くない。あえてスルーし、当たり障りない相槌を打ちながら到着したエレベーターに乗り込んだ。動き出したところで、話を繋げる。
「それで、部隊名ですけど、またエイムズさんに考え直してもらうんですか?」
「嫌だ」
一刀両断の勢いで断言して、リュシエールがグレイから手を離した。しかめ面で腕組みする。
「あいつの魂は上等の部類に入るよ。それは天使として認めてもいい。だが、ネーミングセンスだけは駄目だ。本当に駄目だ。あいつが名付けるなど、神様と天使長様がお許しになっても私が許さん」
神学には明るくないローディだが、神と天使長が天使としての上司に当たることくらいは想像がつく。どうやら、敬意を抱いている人物を引き合いに出さずにはいられないほどには、徹底的に嫌らしい。
「そこまで言いますかー」
「ああ、言うとも。あんな名前を自信満々に提示されてはなおさらだ」
強く大きく頷いてから、笑顔に戻るリュシエール。
「明日までに私が考えてくる。早くしないと、あいつが勝手に申請してしまいそうだしな」
「お願いしまーす」
笑って言ったところで、足元から全身へと減速が伝わってきた。間もなくベルが到着を知らせ、ドアが開く。一階だ。
「あぁ、そうだ。簡単にでも打ち合わせをしておかないとな」
先に降りたリュシエールが、エレベーターホールの端で足を止めた。振り返ったその表情は、引き締まった顔である。
「これから一週間を目標に、準備期間に入る。ローディにはまず軍部に行って、私たちが使う機材、武器、車両などが、使い物になるかどうかを確認してもらいたい。今日は挨拶回りや準備で潰れるだろうから、明日でいいよ」
「えーっと、その辺ってやっぱり、軍で使ってた物のお下がりをもらうって形なんですよね? だったら問題ないんじゃないですか? 使わなくても、持ってるものはちゃんと整備してるでしょ」
「あそこにあるのは大所帯の軍で使うのが前提になっている物ばかり、というのがネックなんだよ。私たちのような少人数で扱うのに適しているかどうかはわからん」
「そっか。そういう問題がありましたね」
「うん。そのまま使えるならば良し。駄目ならば調整をしないとな。そこでローディの出番というわけだ」
「了解しました! 頑張りまーす!」
「頼むよ。まずはリストアップな。言っておくが、勝手に手を加えるなよ。許可を取ってからだからな」
気分が盛り上がってきたところに的確な釘を刺されてしまった。勘が鋭いというのは、本当に本当のようだ。笑顔を引きつらせてローディは、リュシエールに向かって敬礼した。
「き、気をつけまぁす」
「おっと、忘れるところだった。敬礼で思い出したよ」
彼女の視線が向いた先は、ずっと無言で控えているアンドロイドだ。無表情な赤い目を見返しながら、腕組みをしてうなる。
「もらったはいいものの、こいつの扱いをどうするか考えてやらないとなぁ。出動がかかったときはともかく、普段はどこで何をさせたものか……」
確かに、戦場で前線に立てる人材としては申し分ないが、それ以外の場所に立っているイメージがあまり湧かない。特殊部隊の役割を考えると頻繁に出動要請がかかるとは思えない以上、平常時の行動を決めてやる必要はあるだろう。
ローディはアンドロイドの腕を引き、注意を向けさせた。
「今まで出動しないときはどうしてたの?」
「軍本部にある維持装置にて保管、管理されておりました」
「つまり、スリープ状態ってことだね」
「はい」
「だそうですよ」
「う~む……」
聞き出した情報をリュシエールに提供してみたが、お気に召さなかったらしい。どうやら彼女は、このアンドロイドを使える人材として有効活用するつもりのようだ。
「ローディ、質問してもいいですか?」
まだ渋い表情をしている彼女を見かねてか、グレイが口を開いた。
「先ほど彼のことを戦闘特化型と言ってましたけど、そうなると戦闘に関することしかできないものなんですか?」
「そんなことないですよ。軍事行動に必要な動きや知識が最優先でプログラムされてるってだけの話ですから」
勢いで見たアンドロイドの内部状況を思い出してみる。
システム基盤、メモリ容量、メインドライブの空き容量、そして半年という起動からの経過日数をあわせて考えると、改良のし甲斐はある状態だ。
「たぶんプログラムを作ってインストールすれば、大概のことはできるようになります。あとはAIの自動学習機能に任せるのも手かな。時間はかかりますけどね」
「よし、わかった!」
リュシエールが腕組みを解いた。満面の笑みをローディに向ける。
「私にはまったくわからんことがわかった!」
出てきた答えは、潔すぎだった。
「リュウさん、全力で投げましたね」
「別にいいではないか。私にできることはきっちりとやる。だが、無理なことはできる奴に任せる」
その考え方は嫌いではない。ゆえに、納得も早い。即答の域で頷くなり、それを見越していたかのように彼女は続けた。
「というわけだから、こいつの扱いはローディに任せるよ。本部の構造に不慣れなうちは道案内ができるし、軍部に行っていろいろチェックをするのにも、軍設備に詳しい者がいたほうが助かるだろう?」
そこに理由を積み重ねるのはグレイだ。
「ローディにはライフル射撃でのバックアップも期待してることを考えると、前線に立つ彼とは意思の疎通が必要でしょう。普段から行動を共にする価値はありますね」
問題を丸投げされただけのような気がしないでもないが、ローディ自身に不満があるわけでもない。むしろ最新鋭のアンドロイドを常に観察できるのは願ったり叶ったりである。
早々に結論を出すと、十センチほど高いところから見下ろしてくる、見た目は年上だが知識量と判断能力は自分より未熟だろうアンドロイドに笑いかけた。
「だってさ。これからよろしくね」
すると、アンドロイドはかかとを慣らしてローディに正対した。敬礼をする。
「よろしくお願いいたします、ローディ・ワイズ殿」
「……う~ん……」
そのうめき声は、ローディが先だったのか、リュシエールか、はたまたグレイか。二人を見れば一様に笑みを苦くしており、同じことを考えているだろうことは一目瞭然だ。
彼らの「世話役はお前」なる物言う視線を受け、ローディはおとがいを掻いた。アンドロイドに顔を向け直す。
「えーと、僕のことはローディでいいよ。敬称抜きで。敬語もいらない。堅苦しいのは抜きでいこ」
アンドロイドはわずかな沈黙のあと、頷いた。
「了解」
すかさず、リュシエールが右手を顔の高さに持ち上げる。
「私のこともリュウと呼べばいい。お前の上司ではあるが、公式の場でないときは気にしなくていいよ。同階級の者相手に話すときのように喋れ。どうもこそばゆくてかなわん」
グレイもまた彼を見やり、頷く。
「俺もそのほうが嬉しいです。……仲間、ですからね」
「了解。リュウ、グレイ」
と、そこで、ふと疑問が。
ローディはアンドロイドを見上げ、問う。
「ところできみ、名前はないの?」
「G10-Rだ」
「それは登録コード。僕の『ローディ』みたいな固有名称はない?」
「ない」
「そっか」
軍属のアンドロイドだからもしやと思ったが、やはり個体認証は登録コードだけでおこなっていたらしい。しかしそれでは少々やりにくいのが少数精鋭部隊というやつだ。グレイの言ではないが、何より『仲間意識』が強固であり大切になってくる組織体系である。味気ないのは逆に野暮というものだろう。
ローディはしばし考え――ひらめきを口に乗せる。
「じゃあ『ジオラルド』ってのはどう? きみの登録コードをもじったんだけど。……気に入らない?」
再び彼はしばらく静止し、そうして口を開いた。
「問題ない」
「よし、決まり! じゃあ、ジオラルドだから、ジオって呼ぶねっ」
「了解。システム情報を更新する。個体名称をジオラルドに設定。特記事項に追加。略称、ジオ。バディ名、ローディ・ワイズ。――登録完了」
そうして、アンドロイド――ジオラルドは右手を差し出してきた。握手を求める形で。エイムズやリュシエールがしたのと同じように。
「よろしく頼む」
ほんの数分で、彼は劇的に進化している。AIが未熟であるぶん学習速度が顕著なのはわかるが、それにしたところで目を見張るものがある。感動すら覚える。こんなすごいものを廃棄処分にしようなどと考えた軍の人間は正気なのだろうかと、疑いたくすらなる。
最新、最先端が揃った場所で、未知にも近いアンドロイドとともに過ごす毎日は、きっと刺激的なものになるだろう。研究意欲が今まで以上に高まる予感がする。いや、もはや確信だ。
「こちらこそ!」
ローディはジオラルドの手を力いっぱい握り返し、破顔する。
「よろしくね、ジオ!」
これから楽しくなりそうだ。




