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Diamond  作者: 神希
Mission04
12/41

最愛の罪人-1

 うつぶせ状態で的を狙う伏射は、最も安定した射撃姿勢であり、最も精密射撃に適した姿勢だ。ローディも例に漏れず、最も得意としているスタイルである。

 百メートル先に設置された的を照準器越しに見据え、引き金を引く。発射音が鼓膜を打ち、右の腕と肩と銃床に当てた頬骨とに反動が響いて硝煙の香りが鼻をかすめる。すかさず右手でボルトハンドルを上げ、引き、排莢して、再度ボルトを押し込み次弾の装填。そして狙いを定め、撃つ。止まらず同じ動作をこなしてさらに撃つ。


「――……。どう?」


 右隣に問いを振ると、ジオラルドが即答した。


「初弾は三十二分の方向に二ミリ。次弾は五十七分の方向に五ミリ。最後は十六分の方向に三ミリのずれだ」


 結果を聞いて、ローディは緊張を解いた。頭を上げ、のんびりとボルトアクションをおこなう。


「う~ん、イマイチ」


 空薬莢とともにため息も落ちた。


「ずれは小さくなったけど、あっちこっちに行きすぎだなぁ」

「しかしボルトアクションによるタイムラグは平均五秒になった。これは公安軍狙撃部隊と比べても劣る数字ではない。充分実戦に耐えられるものと判断する」

「ありがと。僕もそこは上達したと思うよ」


 狙撃銃を下げ、代わりにジオラルドからPPCを受け取る。そしてこの二時間で取ったデータを一括表示させた。セッティングを変えながらおこなった射撃練習の成果を眺める。

 いろいろな照準器を試してみた結果、高倍率のスコープよりも倍率のかからないドットサイトのほうが照準を合わせやすいことは確定した。しかしそれでも、次弾を装填するためボルトアクションをおこなう際にどうしても顔を銃から離さなければならず、狙い直す手間と時間がもったいない。動かない的だから平均五秒で次弾を撃てているだけで、現場で狙う的は生き物である。じっとしているわけがない。当然、照準を合わせる作業時間は長くなる。

 そして、問題はもうひとつ。


「こうして比べてみると、麻酔銃と狙撃銃じゃ、精度が段違いだねぇ」

「精度に違いが出た原因は、銃の構造以上に銃弾が問題だと推測する」

「だろうねぇ……。ちなみに、具体的にはどれくらい違った?」

「初速が違う。そのため射程距離、特に有効射程に大きな差があると考えられる。次に、軌道の正確性が違う。ライフル弾は一定の軌道を描いていたが、麻酔弾は不規則な動きを見せていた。誤差は数ミリだが、より精密な射撃を目指すならば看過できない数値だと判断する」

「そっか」


 ローディは箱の中に入っている麻酔銃用の弾を見やった。一本手に取り、眺める。

 麻酔銃は、注射器を飛ばして目標に刺すための物、と言ってしまってもさほど語弊はない。実際、初めて見たときの感想はそれだった。薬品を入れる筒に注射針がついている形状は、明らかに威力も飛距離もほとんど考慮に入れていない。目標からそこそこの距離を取ることができて、当たればよし、という思想である。お世辞にも精密射撃向きではない。

 弾を箱に戻し、鼻から息を吹きつつ頬杖をつく。


「初速の問題は液状薬品を熱で蒸発させないために、火薬の量を抑えなくちゃいけないせいだろうね。空気銃タイプのは飛距離の面で話にならないとなると、薬品を工夫するか、注射筒か火薬か最悪は銃を改造するかで決まりかなぁ。にしても、軌道のほうは、困ったねぇ。きっと空気抵抗が関わってるんだろうなぁ。うわー、めんどくさーい」


 一秒の沈黙のあとで、ジオラルドが声を出した。


「自分の判断ミスならば謝罪する」


 まさか前置きをするとは。こんなことは初めてだ。

 驚きと好奇心で、ローディはジオラルドを振り返る。すると彼は、変わらない姿勢、変わらない表情、変わらない調子で、続きを口にした。


「自分には、ローディが問題の発生を喜んでいるように見える」


 それは、今までに彼がおこなってきたデータ解析と似ているようで、まったく別物の意見だった。

 表情や口調などから相手の感情を読み、推測するのは、人ならばできて当たり前。できなくては社会活動に支障をきたす。そのことからごく簡単な思考だと思う人もいるようだが、とんでもない。実に高度な脳の能力である。そしてジオラルドが持っているのは脳ではない。人工知能だ。プログラムを忠実に守るシステムが、自己判断で得る情報を決め、取得し、吟味し、結論ではなく推測へと昇華する。それを、介護などの人と接することを仕事とするアンドロイドならまだしも、戦闘特化型アンドロイドがやってのけたのだ。これを驚かずして何とする?

 しかしローディは、寒気にも似た驚愕を腹の底で押し殺した。笑みを浮かべ、ジオラルドの疑問に答える。


「そりゃあ嬉しいに決まってるよ。世界は謎と可能性に満ちてるから面白いんだもん。問題が目の前にあったら解きたくなる。難しければ難しいほど燃えてくる。解決の快感を何度でも味わいたい。当然じゃないか」


 ジオラルドは無反応だ。やはりこの言い方ではまだ理解が追いつかないか。

 ローディは彼から目を離すと、狙撃銃の安全装置(セーフティー)を入れ、体を起こした。


「価値観の問題だね。僕には僕の持論がある。それを相手が理解できるか否かは運だ。だからジオが僕の考えを理解できなくても、別に悪いことじゃないんだよ?」


 ジオラルドはまだ無言だ。与えられた言葉の意味を考えているのだろう。そして、情報が足りないがゆえに結論を出せずにいるのだろう。

 ローディはポニーテールを解いた。軽くかき混ぜて髪の跡を取り、首の後ろでまとめ直す。


「納得できない答えや、答えが出ない議論であってもいいんだよ、ジオ。話し合えば誰とでもどんなことでも必ず理解しあえる、なんていう思想は、僕から言わせればただの傲慢だね。人の関係は不理解がデフォルトだと肝に銘じておくべきだよ」

「しかしそれでは争いを正当化することにならないだろうか」

「いい疑問だね。人が集まれば、そのぶんだけ不理解が集まる。不理解の状態をそのままに交流すれば衝突となり、争いが生じる。……うん、道理だ。でも、実際はどうだい?」


 肘当てとグローブを外し、今まで腹の下に敷いていたマットをたたむ。それらを脇に置いて、ジオラルドに体の正面を向けて床に直接座り、銃を膝に乗せた。


「街中で小競り合いが起きることもあるけど、ほとんどの人は平穏に日常を過ごしてる。なぜか。それはみんながそれぞれ気持ちに折り合いをつけてるからさ。マナーやルール、体裁や見栄、損得勘定を理由にね」


 銃床から自前の銃床尾板(バットプレート)を外し、元に戻す。


「もちろん相互理解の努力は必要だよ。努力もしないであきらめる人は怠惰っていうんだ。けど、理解できない相手はどうしても存在する。じゃあその人とは争うしかないのか? 答えは否だ」


 真剣に耳を傾けてくれる聞き役がいるというのは、思いのほか嬉しいものだ。そして楽しい。舌は自然と弾む。


「理解できない考え方でも、『この人はこういう考えを持つ人なんだ』と認識……知識として頭にとどめることを認めて許して、そこで終わり。無理に納得しようとしないことが最善だと、僕は思うんだよ。他者の価値観を、自分の価値観の枠に収めようとしちゃいけない。争いが起きる原因は、ほぼすべてがそのせいなんだから」


 弾んだおかげで話が脱線したことに、ローディはようやく気がついた。研究者の(さが)である疑問解明に対する意欲の話が、どうして理解不理解に関する哲学的な話に変わったのやら。

 ローディはジオラルドへと視線を上げると肩をすくめ、苦く笑った。


「なんだかぜんぜん違う話になっちゃったね」

「いや、勉強になった」


 ジオラルドが深く頷く。


「ひとつ理解した。ローディは主義主張を持ちながらも、俯瞰視点で論理的に分析しているようだ。それは自分にとってひじょうに意義のある指針となり得る。ローディはやはり、良い教師だ」


 アンドロイドだからこそ疑う余地のないストレートな信頼と褒め言葉は、どこかがくすぐったくてかゆくて落ち着かない。ローディはひとまず腰のあたりをさすって違和感をごまかし、へらりと笑った。


「僕はそんな偉い人間じゃないけど、まぁいっか。ジオの役に立てたんなら、僕も嬉しいよ」


 差し出された手に銃を渡すと、ジオラルドは掃除道具に反対の手を伸ばし、


「もうひとつ『認識』したことがある」


 動きを止め、視線を戻してきた。


「ローディにとって思索とは、アイデンティティーのようだ」


 こんな言葉が返ってくるとは思わなかった。なかなかいい表現ではないか。AIが導き出した答えにしては上出来だと言わざるを得ない。


「いいね、それ。ジオ、言葉のセンスがあるんじゃない?」

「……その結論に至った理由は理解できない。だが、褒められたことは認識した。感謝する」

「あははっ。どういたしまして」


 しばらくこちらを見ていたジオラルドだったが、納得したのかあきらめたのか、ややあってから銃の整備を始めた。淡々と動かす手に乱れはない。もともとが軍配属だ。インプットされた作業手順は何度も繰り返す中で情報重要度が上がっているのだろう。このまま任せてしまって問題なさそうだ。

 面白い『欠陥アンドロイド』をひとしきり眺めたところでローディは、笑いを引っ込め、思考をいちばん最初に戻すことにした。もちろん麻酔銃の改良についてである。


(精度重視、ってなったら、やっぱりオートマチックよりボルトアクションなんだよなぁ。でも、タイムラグがなぁ。もういっそタイムロスだよねぇ)


 空手で、ゆっくりと排莢から発射までの一連の動作をなぞってみる。

 撃ったあと、銃身を下げて、ボルトアクションをおこない、構えて、狙って、撃つ――――。


(……う~ん……)


 動かした両腕を組み、いつもの癖で斜め下の空間に視線を動かした。


(無駄な動作がある気配はするんだよなぁ。何かを省略する? もしくは、何かと何かを同時進行で進めるとか? ……ん~、短縮する方法があればなぁ~)


 悩ましいことはそれだけではない。いったん保留にして、もうひとつの問題へと思考を移す。

 有効射程距離については、広いに越したことはないが現段階ではさほど重要視していない。問題は精度だ。いくらローディが腕を上げても、銃自体に不安定な要素があるのではお手上げである。


(空気抵抗かぁ。弾の形がいろいろ駄目なんだよなぁ。仮に火薬量を増やして初速を上げたとしても、空気抵抗による失速がきつければ射程距離も落ちるしねぇ)


 そもそも銃弾が長年にわたり今現在の形で安定しているのは、研究の末にこの形状が最適だという結論が出たからである。つまり、そこから外れれば飛距離か貫通力か威力の何かしらが損なわれることになる。そしてすべてにおいて狙撃銃に劣るのが、麻酔銃の現状というわけだ。

 問題だらけの麻酔銃の弾だが、弾頭をライフル弾の形状にすればいい、という単純な話でもない。高い貫通力を求められる狙撃銃とは違い、麻酔銃には目標に投薬するという役目がある。貫通されては困るのだ。ならば拳銃の弾のように先を丸めて威力を体内に拡散することで貫通力を弱めればいいかというと、空気抵抗により飛距離が落ちるという結果で終わる。無意味だ。

 総合すると、求める弾丸の形状は、ライフル弾のような流線型で、弾頭素材の最低条件として比重が重く、必ず対象物の体内でとどまり、自動的に薬物を注入し、かつ肉体の損傷が最小限で抑えられるものとなる。ついでに、薬莢内部で起こる爆発から生じる熱によって変質する率が低い薬品が必要だ。


「う~ん、我ながら無茶な要求だぁ」


 ローディはぼそと漏らして嘆息した。


「目標にヒットしたら弾頭が注射針に変身するとか? もしくはカプセル錠みたいに体内で溶ける素材だったり? しかも飛んでる間は硬くないと駄目って、そんな物質あるかぁ?」

「ないこともないぞ?」


 突然思考に割り込んでこられ、ローディは文字通り飛び上がった。しかも目の前にいるアンドロイドの声ではないのだからなおさらだ。慌てて周囲を見渡し、思いのほか近い場所に金髪の上司と黒髪の同僚を見つけ、再度驚く。


「わっ、リュウさんにグレイさんっ。何気に三日ぶりです、こんにちはー。というか、僕たちがこっちにいるって、よくわかりましたね」


 するとリュシエールが、わかりやすく苦笑して近寄ってきた。


「まったくだ。私のように遠見(とおみ)の力を持っている者は少ないんだから、部屋を空けるときは誰かに伝言なり何なりを残してから行け。開発課の課長にまで行き先を知らないと言われたときは、どうしようかと思ったぞ」


 遠見とは、限界を持たない望遠鏡のようなものだ。要するに天使の能力である。そんな特殊能力を使ってまで探させてしまったらしいことには、さすがに反省がよぎる。だが一方で、他の研究員に関わる億劫さがきつい。

 おとがいを掻き、軽く頭を下げた。


「留守中に研究室の固定電話にかかってきたら、自動的に僕の携帯端末に転送するように改造したから、大丈夫かなぁって思ったんですけど……。あっ! 電話機はちゃんと元通りの状態にできますからねっ? 壊してないですからねっ?」


 以前、無許可での改造は駄目だと釘を刺されたことを思い出すも、時すでに遅しだ。口から出てしまった言葉は戻らない。大慌てで言い訳をしたが案の定、リュシエールは渋い顔になった。それを見て、グレイが笑う。


「ローディの手にかかったら、何でもいじり甲斐のある玩具になってしまうみたいですね」

「本当にな。……まぁ、いい。元に戻せるのならばうるさくは言わん。あきらめよう。それよりもさっきの話だがな」


 話題を振られ、ローディは驚き直した。よく見るタイプの微笑になった彼女に、体ごと振り向く。


「そうだそうだっ。ほんとにあるんですかっ?」

「うん。形状記憶合金に似た魔法金属と、空気に触れている部分は硬いが体液に接触した部分は液状化する魔法植物がいくつかあるよ。何に使うつもりなんだ?」


 かいつまんで説明すると、リュシエールは眉間に端正なしわを刻んで考え込んだ。


「難しいな……」

「やっぱり使えないですかねぇ」

「いや、理屈は間違っていないと思う。だが、実際に麻酔銃の役目を果たすかどうかとなるとな。体内に入れたとき悪影響が出ないかも調べる必要がある」

「そっかぁ」


 二人揃ってうなっていると、横からグレイの含み笑いが。


「ヴィクスに相談してみてはどうですか? あれでもいちおう生体と薬物のエキスパートです。少しくらいはマシな知識を持ってると思いますよ」


 まさに天恵。言葉にまぶされた毒と棘は見なかったことにして、ローディは万歳をした。


「それだー! グレイさん、冴えてるぅっ!」

「ふふっ、ありがとうございます」


 くすくすと笑いを漏らすグレイの横で、同じく笑っているリュシエールが携帯端末を取り出した。操作を始める。


「あいつのメールアドレスと電話番号を教えてやろう。診察時間は朝九時から十三時と十五時から十七時だから、その辺を外せば邪魔にならんはずだ」

「わかりましたっ。あとでさっそくメールしてみますっ」

「うん」


 少しして送られてきたメールをPPCの画面で確認すると、――ローディははたと我に返った。軍の射撃場には似合わないスーツ姿の二人を見上げる。


「そういえば、わざわざこんなとこまで来るなんてリュウさんたち、僕かジオに何か用事でもありました?」


 すると、リュシエールとグレイがぱたりと笑い声を止めた。二人で顔を見合わせ、遅れて苦笑いがにじみ出てくる。


「すっかり本題を忘れていたな」

「しかも、気を使う必要なんてなかったみたいですしね」

「まったくだな」


 何やら二人だけにしか通じない話をすると、リュシエールがすっきりとした表情になってこちらに向き直った。


「この間、科学技術局にある食堂の料理がおいしいという評判を聞いてな。私たちだけでは少々居心地が悪いから、二人を誘いに来たんだ。一緒に昼食を食べないか?」

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