012
012
よく有機肥料がどうのこうのという話があるが、農薬と混同している。
無機も有機もそんなに変わらない。
逆に、無機が良い場合もある。
地球において、空気中の窒素を肥料に変える技術は荒れた土地にコーン畑を出現させたが、水は地下水をくみ上げるしかなかった。
これによって地下水が枯渇し、また、染み込んだ肥料
や農薬が水を汚染する。
地下水は色んなところと繋がっているため、農場ではない場所の地下水もやられたりする。
これは世界各地で起こっており、やがて地下水が枯渇すると言われている。
現在、こちらでも絶賛追随中。
まだ技術的に高深度の地下水は汲み上げられないけど、汲み上げられない場所にあるなら無いと同じ。
17年目にして、勇者ハーレムのメンバーは全て新しくなった。
エルフの姫もそうだが、見た目変わらん長命種が弾かれるって事は、勇者が飽きたのか、飽きられたのか。
わからんが。
なお総数は100人を超えている。
毎日数人とやってるんかな。
勇者は現在ハーレム屋敷に引きこもっている。
ちょっと前から動きが無い。
不自由無いだろうし。
食料事情も改善されたし、何より、周りが勇者の扱いに困っている事を認識してしまったんだろう。
勇者は馬鹿だけど悪い奴じゃなかった。
力を得て自信があっただろうに。
だけど他所から見たら他のヒト族なんて指一本で殺せる化け物だし。
いくら中世ヨーロッパ風異世界で知識チートはできたとしても上流の連中に比べれば『教養』が足りない。それに自分で気付いてしまったか。
地球でそんな上の立場の人間に会うことなんてなかっただろうし。
俺だって未だに怖い。
勇者ははっちゃけてた分、揺り戻しの羞恥ショックが強かったんだろう。
外の世界が怖くなったかもしれん。
学校、孤児院経営もしていたが、職員や孤児、生徒に手を出して自分で辞めた。
勢いでやっちゃうけど、賢者タイムには後悔するタイプだな。
奴隷解放者が外にも出ず、国に美女をみつくろってもらう様になるとは世知辛い。
ところで、俺まだ童貞なんだけど。
魔族の連中誰もその事について言ってこないんだけど。
あれ? 気を使われてるのか?
□
おじさんの遺品整理が終わった。
形見分けという名の押し付けで、実家から俺のアパートに段ボール箱が届いた。
中身は本だ。
俺が渡した大量の本は、開かれた形跡が無かった。
俺はめまいがして、倒れた。
おじさんは興味がなかった。
糖尿病に、自分の体に。
入院して、体もきつかったはずなのに、それについて考えたり調べたりする気が無かった。
もしかして、おじさんは俺の事も別に好きじゃ無かったんじゃないのか?
おじさんは優しいからただかまってくれていただけで、そこには特に良い感情があったわけじゃなくて、うるさいガキを笑ってテキトーに受け流していただけなのか?
いや、風俗、風俗に連れて行ってもらったし。奢ってもらったし。
好きでもないのにそんな……
いや、女を知ったら、俺がそっちに夢中になって、いちいち自分に構わなくなるだろうとか、そう思っていたんだろうか。
厄介払いの5千円だったのか?
ピンサロだったのも、安く済ませるために?
その後おじさんは糖尿で入院してしまって、結局俺は何度も見舞いに行く事になったけれど。
それからしばらく疎遠になって、おじさんは死んだけれど。
俺が来なくなって清々してたのかも……
「うあああああああああ!!」
俺は、見舞い客を憎んでいた。
おじさんの体を心配しない、考えようともしない見舞い客を。
だけど、おじさん自身もそうだったのか?
俺がいない間、本当に楽しく、お見舞い客とお菓子を食べていたのか。
俺はいったいなんだったんだ。
余計なお世話だったんだろう。
糖質制限? おじさんは体質的にも危なかったけど、もともと甘いものが好きだったじゃないか。
俺が悪人だったのか。
おじさんは糖質制限なんてしたくなくて。
見舞い客もおじさんが甘いもの好きだと知っていて。
俺が悪かったのか。
だれも、救いたいとか、救われたいとか思っていなかった。
いや、思っていても、俺の言葉は信じなかった。
「テレビで糖質制限危ないって言ってたよ」
それが全てだ。
俺はおじさんを救いたいと思っていたけれど、おじさんはそんな救い求めていなかった。
「ちくしょう! ちくしょう! 俺が! 俺がわるかったっていうのかよ! おじさん!」
俺が大切にしていた人は、俺の事なんて大切にしていなかった。
そんなの、男女の恋愛でもよくある事だろう。
俺も女子に告白して振られた事はあったし、好きなタイプの女性社員が俺をキモいと言っていたというのを噂で聞いた事もある。
もちろんショックだったけれど、一晩眠れば切り替えられた。
でもコレは、一晩でどうこうできるものではない。
文字通り、命がかかっていたのだ。
「俺のせいか? 俺が疎まれていたから、俺の言葉を信じなかったのか? いや、俺の言葉はともかく、俺が渡した資料さえ、俺のせいで信じなかったのか?」
もしかして、俺が直接ではなく、おじさんが自分で調べて知ったなら、それを信じて実行したんだろうか。
だとすれば、おじさんは俺のせいで死んだ事になるのではないだろうか。
「くそ!」
女子社員にキモいと言われても仕事を評価してくれる仲間や上司がいる。
女子社員だって全員にキモがられているわけじゃない。
だけど、おじさんでさえ、俺の事をたいして好きでもなかった。
あの笑顔は苦笑いだった。
俺の周り、みんなそうなんじゃないのか?
「うっ、ぷ」
俺は吐いて、熱を出して、休んだ。
体調が悪いので休むと会社に電話したが、俺を心配する言葉も嘘くさく聞こえた。
しばらくしてなんとか立ち上がれる様になったが、鬱気味になってしまった。元々そのけはあったけれど。
抗鬱剤に頼りたくはなかったので、少しカウンセリングを受けてセロトニン療法を始めた。
生活のリズムを整えて、朝日を浴びて、運動する。
体へのストレスを減らすため食事に気を付けるのは前からやっていたけれど、セロトニン療法と合わせて、効果はあったみたいだ。
セロトニン療法の「好きな人、愛する人、信じられる友人との触れ合い」の項目は飛ばしているけれど。
気分は落ち着いた。
高揚なんて、良くも悪くもしたくない。
平穏に、心をただ平穏にするよう気をつけた。
だけど、心のなかにチクチクするものを感じていた。
何が悪かったのだろうか。
俺か、
変われなかった見舞い客か
変われなかったおじさんか
それとも……
□
20年目の事だ。
勇者が死んだ。
俺も葬儀に出席し、ここで初のヒト族へのお披露目となった。
実際は既に結構ヒト族と会って結託して色々やったんだけども。
葬儀を取り仕切る司祭が言う。
「彼は新魔王。魔族を統率し、戦争を終わらせた功労者です。
この通り、魔王はヒト族。
そして、魔王召喚によって勇者様と同じ場所から来た方なのです」
集まっていた民衆が凄くざわついている。
なお、この司祭はうちのお得意さんである。
自称商人だけど。
やってくれたな……
「戦争が終わり、20年。色々な変化を皆も感じているでしょう。
奴隷が解放され、皆が真の自由を得た。
全ての者が働き、富を得る事ができるようになった。
そして、農地が広がり、貧しきヒトもパンが得られる様になった。
我々ヒト族は豊かになった。
この20年の変化は、全て、勇者と魔王が手を組んで行ってきた事なのです!」
嘘を並べて煽られた民衆の俺を見る目がちょっと怖い。
やってくれやがる……
勇者が居なくなったら次は俺かよ。
「勇者はその重圧に耐えきれず、体を病み、神の御元へ還ってしまわれました」
と、いう事になっているらしい。
「しかし、この新魔王と、そして勇者様が示してくださった道を見失ってはなりません。
民よ! 勇者様の意思を引き継ぐのです。
平和! そして豊かな世界を!」
なんだか演説が続き、大衆は熱狂に湧いた。
怖くて後半聞いてなかったけど、勇者で懲りたのか、俺を紹介はしたものの、過度に英雄としてまつりあげたりはしなかった。
魔王は勇者様との仕事を終え、人の行く末を見守る仕事を神からあたえられました。
とかなんとか。
表に出なくていいようには配慮しているらしい。
かくして、勇者の葬儀は1ヶ月続いた。
かなりの儲けが出たらしい。
葬式中、各国要人が集まっていたので、闇取引街以外で初めての会合を設けたのだが、
「勇者様は悪い人ではなかったが、コントロールできない英雄は要らない」
という言葉があった。
俺も気を付けないと。
□
勇者の死因は自殺だった。
首を吊ったり高いところから落ちて死ねる様な肉体強度ではなく、勇者が選んだのは切腹だった。
フルパワーで聖剣を腹にぶっ刺した。
調書によれば、ハーレムメンバーがうっかり色々喋ってしまったり、ハーレムメンバーの井戸端会議を勇者が聞いてしまったりしたのが、元々の鬱気味だったのにさらに重なって、とうとう自殺。
魔力全開で聖剣を突き刺した腹は胴体ごと吹き飛び、幸い勇者は即死できたらしい。
自殺場所に選んだ山も吹き飛んだが。
胸骨の下から心臓をえぐるように斜め上に刺したみたいで、これでも被害は最小限だった。
だとしても、山一つ潰れてまだ遺体の破片が残っていたのも怖い。
自殺場所からはハーレム屋敷のある街が展望できた。
勇者が移り住んでから急速に発展し、食事やインフラは大陸随一とまで言われていた。
だが、そこは勇者を籠絡し、留め置くための檻だった。
ハーレムメンバーは勇者の子供を作るための孕ませ要員だった。
勇者はハーレムメンバーに愛されていなかった。
いや、ハーレムメンバーは勇者を勇者としてしか見ていなかったんだろう。
地球でもよく言われる『本当の自分を好きになってほしい』なんて世迷言だ。
でも勇者は迷ってしまったらしい。
勇者はフェードアウトした。
フェードアウト系勇者だったし。
世界を滅ぼす方に動かなくて良かったとは思うが、悪い奴ではなかったせいか、少し寂しくも感じる。
ふと、おじさんとの事を思い出した。
ピンサロを奢ってもらった後の事だ。
おじさんは、俺に、初めての女性の愛撫はどうだったかとしきりに聞いてきた。
あれは多分、俺にその良さにハマって欲しかったからだろう。
もちろんそれは素晴らしい体験だった。
だけど俺は、自分の素晴らしい体験を伝える事よりも、おじさんへの感謝の気持ちを伝えたかった。
だから会話は噛み合ってなかった。
でも俺はその時はまだ、おじさんがどう考えていたかなんて知らなかった。
俺への好意で奢ってくれたんだと信じて、考えもしなかった。
「勇者、お前は純真だったんだ。いい奴だったんだよ。きっと」