013最終話
013
「ロウ、これなんだか分かるか?」
「これは……魔術刻印が施されていますね。新しい証文ですか?」
書面での取引はすでに中世ヨーロッパでも存在した。
この世界でも証文取引は普通にある。
「近いけどな。これは『紙幣』だ。これ一枚で金貨100枚と同じ価値がある」
「この紙切れにそんな価値が?」
ロウがにおいを嗅いでいる。あ、これ勘違いしているわ。
「いや、紙そのものじゃなくて、えっと……証文、そう、証文みたいなもんだよ。ロウ正解」
「なるほど、これで金貨100枚と交換できるわけですね」
「今はな。だけど、そのうち交換できなくなるし、金貨もほとんど使われなくなる」
金本位制は廃止された。
それによって経済はまた発展した。
「これを黄金と変えれば地下倉庫もスッキリしますね」
「いや、それはしない。黄金はちゃんと保管しておけ」
こんな紙切れ燃えたら終わりだ。
地球は金本位制を廃止した。だが、金の取引はまだある。
そして世界で最も黄金を保有しているのは経済大国一位のアメリカ合衆国である。(公には)
アメリカ合衆国はそもそも金の産出量世界3位なので、その背景もあるだろう。
銀行預金はこっちの世界にもあるし、医療保険制度と合わせて預金保証制度で一儲けしようと画策中だ。
だが、やはり国が傾けばただの紙切れになってしまう。
値が下がった紙幣を他国に持っていってもその価格でしか交換できない。
だが黄金はその国のレートで交換できる。
電子な諸々も発電所を爆破されたら終わりだし。
土地や黄金など、原初の価値があるものを、民から引き離すのだ。
命さえも。
「それにさ、これ、作ってるの誰だと思う?」
「さて……お得意先の誰かでしょうか?」
「正解。この意味、分かるよな?」
「……なんと、そういう……またヒト族は恐ろしい事を……」
紙幣は刷れば増やせる。
よく騒がれる日本の借金だが、外国のそれと違って、日本の借金は国が国民にしているものである。
極端な話、お金を刷ってしまえば国民に返済できてしまうのだ。
経済大混乱になるので実際には無理だけど。
この紙幣というものには、色んな権利がある。
お金を刷る許可を与えるものだ。
これがどれほどのものなのか。地球ではおぞましい争いが起こる程のものだった。
これを握っていると、紙幣を使う国にその紙幣そのものを貸し付けるというおかしな事ができてしまう。
日本だと、日本銀行は発行権を持っている。
造幣局で擦られた紙幣を数十円で買い取って、額面の値段でほかの銀行や個人に貸し付けたりなどして流通させている。
額面上だが、数十円が1万円に化けているとも言える。
政府? 興味無い。
チート能力で国を立てる? 俺は自ら傀儡になるほどドMじゃない。
裏では結構な人死があったけれど、うちのお得意様方はそれぞれ利権を獲得した。
「ヒト族はお金によって生活するようになった。黄金を手放し、家畜を手放し、畑や土地を手放し、住処を借りて、食べ物を買い、紙幣を使う。その紙幣を作る権利を持つ者がいる……」
「そうだ。言っただろう? ヒト族を家畜にすると」
「魔王様は……やはり魔王様だったんですね……」
ロハスな魔族達でも、魔王という言葉は恐れと共に語られる。
俺はどうやら魔王になれたらしい。
「食物を支配し、水を支配し、土地を支配し、そしてお金も支配された。魔王様。ヒト族の支配者達はなぜその様な事をするのでしょうか」
ロウの疑問も最もである。
「下品な方面の欲の問題じゃない事は確かだよ」
□
存在が公になったので、たまに諸外国に出掛けられるようになった。
だいたいはよく知らん人と会うのだが、お得意先とも知らないふりして会う機会が増えた。
彼らの屋敷に招待される。
敷地は広いが、庭が大きく、屋敷はそれほど大きくない。
掃除が行き届き、そして、装飾品の類が物凄く少ない。そう感じるのは他の成金連中によく招待されるからだが。
落ち着いた雰囲気の陽当たりが良い部屋で遅めの昼食をご一緒させていただいた。
使用人も料理人も、屋敷を維持する最低限よりも少し多め。無理のない数。
だが、それぞれの所作が一流。
昼食は鳥獣の肉と野菜のソテー。
両手で包めば隠せる程度の量が皿に盛り付けされている。
この、両手を合わせて椀を作り、この中に収まる量が一食分という考え方は地球でもあった。
ここの世界でも感覚的にそれを理解しているのだ。
成金や中流以下の貴族とは一線を画している。
食べ過ぎず、また、食べ過ぎを勧める事も無い。
小麦の大規模栽培をしていながら、小麦粉を使った料理は出てこなかった。
これは招待されたお得意先の全てで同じだった。
成金のところでは大皿に山盛りのクロワッサンみたいなパンを好きなだけとって食べていい感じの食事だったのに。
しかもそのパンがバターとか砂糖とか色々使われていて結構美味しかった。
なんとか自粛して1個だけで耐えたけど。
小麦粉と油をとかしたとろみのあるスープも美味しかったし、ロースト豚の肉塊を切って食べた。美味かった。肉にかけられている小麦粉のとろみがあるソースは砂糖と塩で甘辛く、勇者ソースと呼ばれていて、庶民にも親しまれている。
美味かった。
味覚に訴えるものは確かに強い。
気をつけないと。
収入が増えると食事の中の炭水化物の割合が減っていくという統計を日本、厚生労働省が出していたが。
全く無いというのはどういう事だろうか。
いや、炭水化物のくくりなら食物繊維も含まれるので、野菜があるから炭水化物も少しは…… いや、なんでもない。
ブルジョアジー! 真ブルジョアジー!!
大規模な牧場を所有しているはずなのに、牛や豚、家禽の肉も出てこない。
野生の鳥獣、猪などの肉が使われ、また、肉らしきものが無い食事もあった。
野菜はいつも新鮮なもので、広い庭で育てている。
いくつかの種類を合わせて使っていて、栄養のバランスも多分とれているんじゃないだろうか。
旬のもの、つまりその時期栄養価が高まるものを食べている。
それらは元々庶民が食べていたもののはずだ。
だがもう、彼らが食べるのが難しい。
山菜の知識は廃れてきているし、あんなに貴重だった白パンが食べれる様になったのだ。
野菜よりも安く。
山菜の知識は廃れ、山の恵みに気付かなくなり、空っぽの頭には俺たちがばら撒いた宣伝文句が詰め込まれ、自分の快楽に従ってそれらの中から選択する。
家畜小屋の中で自由を感じている。
上流階層も以前は趣向品として少しパンを食べていた。
だが、小麦の大規模栽培と普及によって、多分気付いてしまったのだ。
俺がバラさなくても。
彼らは賢い。
パンが悪いわけでも米が悪いわけでもない。
必要な量だけ食べるのが大事なのだ。
しかし、精製された食品に対してのリミッターを人体はまだ装備していない。
だから、理性でそれを留めなければならない。
難しい。
肥満も無く、病気も無く、穏やかで、理性的だ。
彼らがなぜ支配力を求めるのか、俺にもわからない。
所詮俺も庶民だし。
□
「だからさ、もしかしたらただの遊びかもよ」
「……そんな……いや、ヒト族の事はやはりわかりません」
□
50年が経った。
俺は歳をとってない。
魔力量と寿命は関係ないはずだ。エルフは長寿だが、魔族の中には人間より寿命が短い種族がザラにいる。
老化がないのか、寿命がないのかは、今の年齢ではまだわからない。
あと、悲しいかな童貞のままだ。
ほら、50年ぐらいで、って言ったからさ、お仕事完了な感じだし、これからだよ。まだ若いしね。
そう。
俺の仕事はだいたい完了した。
□
「魔王様、西の肥満率が、ほら、こんなに」
と言うのはもうロウではない。ロウの息子である。
ロウはもういない。見た目毛だらけで全然皺とかわからなかったから突然一気に弱って逝ってしまってびっくりした。
俺は久し振りに泣いた。
「肥満率の高いところは薬の消費量もすごいですね。なんで痩せないんでしょうか」
「ヒトってそういうもんだからな。肥満が先か薬が先か」
「肥満が先でしょ?」
「そうだな」
終わりが曖昧で、それに魔王としての仕事はまだまだ続く。
だけど、人間だった俺の仕事はもう終わったのだ。
「魔王様、そーいえば、魔王様ってヒト族なのに、なんでヒト族おいつめてんですか?」
「お。ストレートに聞いてくるねぇ。いや、ロウも言葉遣いが違うだけでそんな感じだったか」
俺は少し笑った。
「ノエインって……知らないか。俺の故郷にあった演劇のタイトルだ。そういう感じ」
「そういう感じっていわれてもー。オレそれ知らないですし」
「俺は知りたかったんだよ。故郷と同じような状況になった時、ヒトはそれを理性で回避できるのかってさ。無理だったな」
「魔王様の故郷でもヒト族は奴隷だったんですか?」
「そんな感じ。インターネットや専門書が無くても上流の連中はちゃんと知っていたし、その知識は先祖から受け継いでいたはずなんだけどな。ダメだったみたいだ」
「いんたーねっと? が何かは知らないすけど……つまり
……魔王様はヒト族に期待していたんですか?」
「お前やっぱロウの息子だな。鋭い。多分、そうだったんだよ。だけどさ、俺も結局、見たいものを見たかっただけなんだよ。ヒトは愚かに違いないって。そうじゃないと、自分が保てなかった。だからノエインみたいな感じ」
「だからー、それオレ知らないんですってー。どん
話なんすか?」
「うむ。ホッカイドーっていう北国に、仲良しな子供達がいてな……」
酷い話だが、もう情熱は燃えきった様だ。
歳もとった。
ヒト族に対する希望もおじさんに対する執着も、記憶の中で薄れてしまっている。
朝日とともに起きて、よく働き、遊び、暗くなったらグッスリ眠る。
俺は子供が作れないみたいだけれど長生きできなたら、この感覚を皆に伝えていこうと思う。
「まじすか!未来からすか!」
ロウの息子は親とだいぶ違う様に見えるが、しかし、確かにロウの子供だと感じる
きっと、孫もそうなるのだろう。
おしまい。
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注意!!
作者はデブ
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