<21>
勇者の目的は魔王を倒すこと。
勇者は旅の途中で会った一般人の依頼を可能な限り果たさなければならない。
勇者は長期間町に留まってはならない。
勇者は…………。
………………。
「朝か……」
勇者による勇者講義は真夜中まで続き、朝が弱いロザはユウに抱きつきながら規則正しい寝息をたてている。
朝日が出ると頃には出発する予定だったが……予定は予定ということだ。
「…………くぅ」
「できれば起きて欲しいんだけどな」
ロザに抱き付かれているユウは動くに動けない。
このままの状態で居るのは構わないが、魔物に襲われないとも限らない。
自然に起きて欲しいが、待っていたら昼までかかってしまいそうだ。
「……ロザ」
「…………」
返事はない。まだ寝ているようだ。
ロザが1人旅をしていた時はこんな醜態を晒すことはなかったのだが、隣で一緒に寝ている人がいたことと夜遅くまで話し込んでいたことが合わさって、眠りが深くなっているのだった。
どうやって起こそうか悩みながら、ユウはロザの頬を指で触れてみる。
「……」
なんだか楽しくなってきた。
ロザに起きる気配がないので、ユウは調子に乗ってロザの頬をいじる。
つついたり、引っ張ってみたりして楽しくなってきた。
「……何してるんですか」
「あ」
楽しくなって来たところで、ロザが起きてしまった。
寝起きだというのに、状況をすぐさま理解したのかじとーとした目でユウを睨みつけている。
「……起きないのが悪いと思わないか?」
「起きなかったのは悪いとしても、人の頬でここまで遊びますか?」
「つい」
「……ついで許されるわけないでしょう! もう!」
ロザはゆっくりとした動作で起き上がり、テントに手を翳してテントを収納魔法で回収する。
その次に枕を収納して、出発する準備はすぐに整った。
「……やっぱ便利だよな、魔法」
「使える側からすると普通なんですけどね」
一応忘れ物がないか確認して、ユウとロザは歩き始めた。
寝起きで足元が覚束ないかと心配したが、ロザにそんな様子は見受けられない。
ユウは保存食を分けてもらい、カリカリと食べながら歩みを進める。
辺りを見回しても全方向に砂地が広がっているだけ。
本当に方向があっているのかわからなくなってしまいそうだ。
「……迷いなく進んでるけど、道は合ってるのか?」
「はい。このまま問題なく進めば、あと数時間もしないうちに次の町に着くでしょう」
「そうなのか。意外と町と町を移動するだけなら簡単なんだな」
「…………んーと、その認識は少し違いますね」
ロザが困ったように笑いながら、
「普通の人は休憩なしには歩き続けることはできませんからね?」
「……そういえば俺たちは休憩なしで歩いてるな」
「ええ。それと魔物が現れるだけでも、一々足を止めて対処しなければいけません」
「俺たちでも止まって対処してるじゃないか」
「すみません、分かり辛い説明でした。一般の人は魔物と戦って勝ったとしても、すぐに歩みを再開させることは"ほぼ"ないのです」
「なんで?」
「魔物を倒して一部でも持って帰れば、それだけでお金になるからですよ。私は勇者なのでお金には困っていないので回収はしてませんが」
「回収っても1、2分だろ? そこまで影響あるとも思えないんだけど」
「魔物の血が周辺の魔物を引き寄せてしまいますからね。回収している最中に周辺にいる魔物も寄ってきて、しまいには周辺にいる魔物全てを倒す羽目に。ということも多いみたいです」
「へぇ」
噂をされたからか、魔物が集まって来たので会話をやめる。
その魔物は見慣れているウルファーだった。皮膚の色は茶色だ。
数は10を超え、20程度といったところだろうか。
「どうする?」
「私が一層しましょう。伏せてください」
「砂付くからやだ」
「……なら高く飛び上がっててください」
「わかった」
ユウは上空に飛び上り、そこからさらに空を蹴って高度を上げる。
それを確認したロザは魔法で剣を練成。剣に魔力を纏わせながら魔物の位置を確認する。
危険を察知したのか、ロザの近くにいた魔物の1体が魔法を阻止せんと一気に走り始めた。
だが遅い。
魔物が走り始めた時には、もう魔法は完成していたのだから。
ロザを起点とし、その半径3メートルの円の中にいたウルファーは一瞬にして氷像と化した。
動く物はなし。
上空からユウが着地すると同時に、氷像となっていたウルファーは砕け散った。
「……やるねぇ」
「ユウさんって、私のこと弱いと思ってます?」
「……」
「私は勇者ですからね? 普通に強いんですよ?」
「大型の魔物には勝てなかったみたいだけど」
「相性の問題ですよ。あの大型の魔物は私の魔法は効き難かったので、どうにもなりませんでしたが、ユウさん相手になら勝てる可能性はありますよ?」
「…………確かに。俺もロザとやりあったら危ないかもしれないな」
「勇者と戦って勝てる方がおかしいんですからね? 何で勝つ前提で話進めてるんですか?」
「そりゃお前。俺の過去見てるならわかるだろ?」
「……これは今度はっきりさせないと駄目ですね……」
「なぜ」
今のところ勇者ロザとの仲は良好と言っていいので、別に力関係をはっきりさせる意味はないように思える。
不信感を表すユウに気が付いた勇者が人差し指を立てながら説明を始めた。
「いいですか? ユウさんは今自分は勇者と同等、もしくはそれ以上に自分の力があると思っています」
「確かに」
「昨日の大型の魔物を倒したのもユウさんです。その魔物を倒せなかった私にも責任があるとは思います」
「前置き長い」
「すみません。結論を言うとユウさんは勇者を身近な存在だと思っていませんか?」
「………………えっと、違うのか?」
「……私たちの話は置いておきましょう。ユウさんから見て私以外の勇者はどう思っていますか? 皆が皆私と同じような感じだと思いますか?」
「いいや? 人が違うならそれぞれ違うだろ」
「そう言ってしまえばそうなんですが……。うーん、難しいなぁ異世界人に説明するの……」
「……落ち込まないでよ」
頭を抱えているロザに慰めの言葉は思いつかない。
ロザが何を言いたいのか頭の中で考えて見るが、
「……要するに、勇者を身近な存在だと思わなければいいのか?」
「勇者と同じくらいの力があるユウさんには難しいかもしれませんが、本来ならそういった認識です。勇者は人間ですが、他の人から見たら私たちは化け物なんですから」
「……その呼び方はやめろ」
「ならどうすればいいと思います?」
「…………天使、とか」
「テンシって、何ですか?」
「え?」
思わずロザの顔を見つめてしまったが、彼女は困惑した表情で見つめ返してくるだけだった。
天使がわからないということは、この世界にはそう言った言い伝え等はないのだろうか。
「え、じゃあ神様は?」
「神様ですか? それならこの世界作った人とか言われてますね」
「なら悪魔は!?」
「悪魔ですか? 悪魔は悪いことしたら夢に出て来るらしいですよ」
「じゃあ天使は!?」
「テンシってなんですか?」
「どうして天使だけ伝わってないんだよ! 悪魔もちょっとイメージと違うし!」
ロザがおかしな人を見るような目で見るので、この話題は封印することに決めたユウだった。
勇者の姿からして、銀の衣装(鎧)であるし彼女の場合は髪の色も銀なので、イメージにはぴったりだったのだが存在を知らないのは予想外だ。
そんな意外な事実もあって、本来の話題から逸れてしまったわけなのだが、2人共気が付くことはなかった。
――
「…………誰かが戦ってるのか」
「そのようですね。小さいですが音が聞こえます」
音は小さいが、何かが爆発するような音が断続的に響いている。
細かい方向はわからないが、音は前方から聞こえるように思える。
「……どうする?」
「急ぎましょう。まだ戦闘は続いているみたいですし、危険な状況かもしれません」
「他の人を積極的に助けなきゃいけないってのが、勇者の辛いところだな」
「何言ってるんですか? 勇者の仲間のユウさんも一緒ですからね?」
「まだ仲間になるって、おい! ああ、もう!」
ユウの言葉を聞かずにロザは全力で走り出してしまったので、ユウもそれを追いかけるしかなくなってしまった。
ロザは全力で走っているようで、追いつくどころかどんどんと距離を離されてしまっている。
「……っ。魔法ってのは本当にずるいっ!」
そんなユウの嘆きは、前を行くロザに届くことはない。
ロザが地面を蹴るだけで周りに衝撃が走り、ユウにとっては迷惑にしかならない。とても走り難い。
1分走ったか走らないかと行ったところで、魔物に襲われ逃げている旅人を発見。
銀の鎧を纏っていないところから、勇者ではないことがわかる。
ロザは迷いなく旅人を襲っている魔物に魔法を繰り出す。
魔物の種別はわからないが、身長の倍以上はある中型の魔物だったのでロザは気を引き締めて魔物に立ち向かう。
「っせい!」
ロザは魔法で剣を練成し、さらにその剣に雷の力を纏わせて魔物に斬りかかる。
しかしそれは斬る、というよりも雷をぶつけるといった表現の方が正しいようにも感じられる。
足が4本、胴体は人型といったケンタウロスのような中型の魔物はロザの一撃に怯みはしたが、致命傷には至らなかったようで目立った傷跡はなかった。
「っ!」
「気をつけて下さい! その魔物は魔法が効き目が薄いです!」
ロザの後ろにいる旅人が忠告を叫んだ。
旅人は全身をローブで隠しているので体格などはわからないが、その声から女性であることがわかった。
「また相性の悪い……!」
「はぁ、追いついた。ったく置いてくなよ」
「……すみません。ユウさんなら置いていっても追いついてくれると思っていましたから」
「どんだけ評価高いの俺。魔法使えないんだよ?」
「はいはい」
文句はロザに軽く流されてしまった。
それは信頼から来るものなのか、それどころではないからなのかはユウには判断がつかない。
「来ます!」
「任せた!」
「いや、そこは一緒に戦うところでしょ!?」
第3者からの突っ込みで、今更だがユウは他に人がいたことに気が付く。
ロザが魔物の攻撃を往なしているのを確認してから、後方に下がっていた旅人の下へと移動した。
全身ローブで旅人の身体が隠れているので、傷ついているかどうかを確認することはできないが、ローブに目立った傷はないので怪我はないように思える。
「……そういや戦闘の音がしたから走り出したんだよな。あんた怪我はないか?」
「え、ええ。おかげさまで傷1つないわ」
「そりゃ何より。……勇者サマの戦いに巻き込まれないようにもう少し下がっておこう」
「ゆ、勇者!? あの人は勇者なの!?」
「ん? 気が付いてなかったのか。まぁ、俺の口からじゃなくて本人から後で聞いた方が信じれるか?」
「信じていなわけじゃないわ! ただ、その驚いただけで……って、それなら貴方は?」
「俺はただの一般人だ。縁あってあの勇者と一緒に旅してるってだけ」
会話をしている最中にもロザと魔物の戦いは続いていた。
ケンタウロスのような魔物は武器を持っていないが、身体は硬いようでロザの魔法で作った剣では傷がついている様子はない。
前足を使ったり、口から唾を吐いたりと、さまざまな手段でロザの体勢を崩そうとしていることから、知能も高いように思えた。
「苦戦してるな……」
「あの魔物は魔法が効き難いの。だからあの勇者様とは相性が悪いみたい……」
「なるほどね。仕方ない、加勢するか」
「え!? でも勇者様の邪魔に……」
「大丈夫、タイミングは合わせる。ロザ、避けろ!」
「っ!」
掛け声を聞いて、ロザはすぐさま真横に全力で飛んだ。
それを逃がすまいと、ケンタウロス型の魔物は追いかけようとして――急接近してくるユウに気が付き、慌ててそちらに対処しようと体勢を戻そうとする。
しかしその一瞬の行動が大きな隙となり、結果、
「――――!」
「っし! ロザ!」
「わかりました!」
ユウの拳がケンタウロス型の魔物の顎を捉え、その衝撃で頭を揺らされた魔物は体勢を崩しかける。
頭が揺れたことでまともな思考ができなくなった魔物は、攻撃に備えるという考えにすら至らなくなる。
「凍えろ!」
ケンタウロス型の魔物を氷の立方体に閉じ込める。
この魔物は魔法が聞き難いようだが、全く魔法の効果が無いというわけではない。
全身を魔法で凍らさせられて、生きていける程この魔物に力はなかったようだ。
氷像と化した魔物を、最後はユウが剣で両断し戦いに終止符を打った。
「……全部良いところを持って行かれたような気がします」
「相性が悪かったんだろ。仕方ない」
「いらっとするので殴っていいですか?」
「おい勇者」
「あ、あの……」
『あっ……』
今ここに他の一般人がいることを忘れて言い合いを始めていた2人は、同じような声音で思わず呟き、古い機械のような動きでギギギと顔を声がした方に向ける。
その声の主は全身ローブから顔を出して、申し訳なさそうな顔をしながら、
「助けてくれてありがとう。私はアリーシャ、魔法使いです」
と自己紹介をしたのだった。
更新が遅れて申し訳ありません。読んで下さってる皆様に感謝です。




