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13.願い

そろそろ気温が上がり始める午前中の執務室。ルノエを俺の后とするべく根回しをしていた宰相が、これからの方向性を問いただしてきた。いよいよ本腰を入れて動き始める時期だ。



『では陛下、いかがされますか?』

『ああ。俺としては、ハリィの国からの輿入れという形にしたい。』

『まあそれが一番、ルノエ様の格が上がるでしょう。が、私としては大変遺憾ではありますな。』

『俺も残念。』

『………いや、これでいい。お前たちはなにかにつけて、ルノエを邸に連れ帰ろうとするだろうからな。』

『それは我が娘ともなれば、当たり前のこと。』

『そうそう。妹ともなれば、当然だ。』

『やはりハリィとメリル伯爵に頼む!お前らは危ない!決定だ!』

『……こういうときだけ、国王風を吹かす。』

『リドの言う通り。まったくもって、手に負えない国王陛下ですな。』



宰相ナジェリス・シルキィ。宰相補佐リドリス・シルキィ。この親子は本当に俺の臣下か?と問いたくなることが度々ある。だがこれもルノエを后にするためだ。今はまだ我慢だ。


ルノエは貴族ではない。貴族ではない庶民の、しかも国外の娘を正式な后にするとなれば、ほとんどの者が反対するだろう。その上にルノエを立たせることはできない。くだらないこととわかってはいるのだが、彼女の今後のためにも身分を与えたいと思うのが、俺の正直な気持ちだ。


メリル伯爵とハリィには既にこちらの意向を文章で示した。どちらからも承諾を取り付けたが、どちらからも『ルノエが了承すれば』という条件付きだ。カルオ・メリル伯爵の養女となり、加えてハリィの後押し。そして宰相ナジェリス・シルキィ侯爵家の後見。これだけあれば大丈夫だろう。



市庁舎で気軽に挨拶をしたカルオ・ランジェ氏だったが、後でハリィに伯爵位を持っていると聞いた時には驚いた。


ランジェという名は、奥方の実家らしい。ランジェ商会は元々、奥方の実家が経営していたものを、カルオ・メリル伯爵が引き継いだそうだ。


以前メリル伯爵は、『友人の娘が気になって仕方がない』とハリィに漏らしたことがあるそうだ。それがルノエだった。ルノエはカルオ・ランジェ氏が伯爵であることを未だ知らないという。


貿易会社を営む傍ら、王都の本邸に帰ることなく、港の街の小さな家で夫婦そろって、ルノエを心配しながら暮らしているという。夫人もルノエをとても可愛がっているそうだ。


自社の従業員であった、ルノエの父親をメリル伯爵は『友人』と呼ぶ。ルノエも同じことを言っていた。

その友人もさることながらきっとルノエの明るさ、純粋さ、悲しみ、不安。それらが伯爵夫婦の心を繋ぎとめているのだろう。


周囲に愛され、守られてきたルノエ。あの日俺は、すぐに立ち去ってしまうのだから彼女に向き合ってはいけない、と自らに釘を刺したのに、我慢しきれず攫うように連れ帰ってしまった。




……そしてここにもルノエに魅了された親子がいる。そして宰相ナジェリスが出した案は、私利私欲に満ちていた。


ルノエをナジェリス・シルキィの養女にするという案だった。后の養父として権力を欲しいままに…、という発想はこの男にはない。父の代から宰相を務めてきたが、権力よりも正しい治政を行うことのほうに、欲がある男だ。


ナジェリスの私利私欲というのは、ルノエを娘として実家となるシルキィ邸へ連れ帰り、奥方と共にルノエを心ゆくまで甘やかす。というものだった。娘のいないシルキィ家の考えそうなことだ。


しかもリドがルノエの兄になるという、おぞましい構図………。やつを『義兄上』なんぞと呼びたくもない!ぞっとする!しかもなにかにつけ邸へルノエを連れ帰り、なかなか王宮に帰さないことは明白だ!こんな連中にルノエを任せることなどできるか!!よって、シルキィ家の養女という案は却下だ!



『決定だ!』

『………まあ、リド。娘ではなくても、我がシルキィ家はルノエ様の後見だ。定期的に我が家でくつろいでいただくことも必要だな。』

『そうですね。こんな王宮じゃ息がつまるでしょうしね。』

『こんな王宮とはなんだ。』

『狐や狸が横行する王宮、という意味ですよ。』

『…………。』

『確かに。いくらヒュイアがついていいるとはいえ、油断は禁物ですな。』

『側妃を迎えれば落ち着くのか?だが危険回避のためだけの側妃を迎えて、ルノエを泣かせるのか?それでは本末転倒だろう。』

『まあね。最初は落ち着いても、そのうちルノエ様がご懐妊ともなれば、余計に危険が増す。』

『と、なればリド。ルノエ様は我がシルキィ家にてお預かりするという策も……』

『ああ、だめだ!!それもだめだ!!やっぱり側妃なんぞ必要ない!!』

『………また国王風か。』

『救いようがないですな、陛下。』


ナジェリスとリドリスの溜息が聞えるが、無視だ。




俺が側妃をひとりも取らない、というのが高位の貴族の不満でもあることもわかっている。だが俺は断固として、面倒な側妃など迎える気はない。ルノエを泣かせる気もない。


……考えてみれば、俺の願いは単純なはずなのに、なぜこんなにも面倒臭く回りくどいのだろうか。思わず俺も溜息をついた。







『ルノエ様ー………』


午後、後宮の庭園のどこからかルノエを呼ぶ声が聞える。あれはヒュイだろう。


ヒュイアは近衛隊長、ウルファンの妻。彼女も結婚前までは近衛に所属していた。が、結婚と同時に退役。そして出産子育てを経てもまだ若いヒュイは、ルノエの侍女兼護衛となった。子は現在、騎士団に所属している。まだ新米で訓練に明け暮れる日々を過ごしているはずだが、両親に似て筋が良いという話だ。


ヒュイもルノエには甘い。子は男だったから、余計にルノエがかわいいのだろう。俺には厳しい……。


気付けば、誰も彼もルノエを甘やかし、大事にしている。そうさせているのは、ルノエ自身。彼女は周囲を愛し、そして愛される性質なのだろう………。そう思うと、俺はルノエが一層、愛しく誇らしく感じる。






『ルノエ。』

『陛下!ご休憩ですか?』

『ああ。……すごいな。』


ヒュイの声のした方向へいくと、後宮の庭園を抜けて後宮の厨房まで来ていた。開け放していた窓から香ばしい香りがする。覗いてみると、数人の侍女たちとルノエを見つけた。作業台には見かけたことのない、焼きあがったばかりの菓子が並んでいる。


『陛下。ご一緒に休憩されませんか?』


ルノエがそう言った途端、彼女の後ろで侍女達の悲鳴上がった。…この悲鳴はなんだ?言葉を失っていると、ヒュイが奥から顔を出した。


『陛下、これをそこのテーブルへ置いて下さい。』


ヒュイに差し出されたのは、焼き上がった菓子が乗った籠。しかも三つ。『そこの』はどこだと振り返ると、厨房の脇に設置されたベンチとテーブルがあった。言われた通りに籠を置くと、窓の中からまたヒュイの声がする。


『陛下!まだございますからね!』

『…………。』


『陛下』と呼ばれながらも、扱いは子供だな。と、思うと笑いが込み上げる。そしてまた窓の外でヒュイの指示を大人しく待つ。まるで犬にでもなった気分だ。


菓子の入った籠。カップや皿やカラトリーが乗ったトレイ。クリームや果物が乗った大皿。何度もテーブルと窓を往復していると、いつの間にかルノエが外へ出てきて、俺が運んだ物をセッティングし始めた。


『ルノエ、これはどこへ置くんだ?』


湯が入ったポットを見て『こちらへ』と言われ、コースターの上に置いた。隣に立つルノエが嬉しそうに笑っている。


『……楽しそうだな。』

『はい。だって陛下もご一緒できるなんて、思ってもみませんでした。』

『ああ、お前を呼ぶヒュイの声が聞えたからフラフラ来てみれば、こんなことになっているな。』


思わず苦笑する。ルノエの名前に釣られて来たのだから。


『私の国のお菓子をみなさんに食べていただこうと思いまして。以前から約束していたんです。料理長が時間を融通してくださったので、今日実現しました。』

『……ルノエが作ったのか?こんなに?』

『はい。でもかなり手伝っていただきましたけど。』


高く結った淡い茶の髪が風になびく。その風は菓子の甘い香りがした。まっすぐ前を向いて嬉しそうに語る赤い眼鏡のむこうのアイスブルーの瞳は、午後の陽射しを浴びてキラキラと光っている。眩しいくらいだ。


『ルノエ…。』


名を呼ぶとアイスブルーの瞳が、ついと俺を見上げた。不思議そうに。でもそれは俺に心を許しかけている瞳。きらめくその瞳をもっと見たくて覗き込むと…………


『陛下!!離れて!!』


ヒュイの怒声が庭に響いた。



ああ、ここにも俺の敵がひとりいた。




俺の願いは単純なはずなのに、本当に面倒臭く、回りくどい手続きが必要のようだ。と改めて思った。








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