14.塩と柑橘
塩と柑橘類が今日、やっと王宮に到着する予定。
人や動物が生きるのに必要不可欠な塩。
過去には岩塩発掘の権利を巡って争い事が起き、戦争にまで発展したということがあるくらい、塩は重要な物。
だから商人が塩を運ぶ時は、腕に覚えがある者を雇い、目的地まで警護するのが常識。どこの国へ持ち込んでも塩は高値で売れるから狙われやすい。
リドリスさんも今回、きちんと護衛隊を付けてくださった。大丈夫だと思う反面、やはり心配。
うちの会社から誰が来るんだろう?セルギさんかな。
大丈夫だろうけど、何事もなく、誰もケガをせず、無事に到着すると思ってるけど……心配。心配のあまり朝から散歩がてら、ウロウロと倉庫の周りを回っていた。
改修工事が終わった倉庫はまだガランとしている。
塩の倉庫には木材で大型の棚を作ってもらった。塩の入った麻袋を床に置くことのないよう。そして各棚の下側に乾燥剤兼消臭剤として、木炭を敷き詰めた。
柑橘類の倉庫は柑橘類の入った木箱を積み重ねるようにしたので、床材を新しく張ってもらった。
作るのに相当時間がかかるだろうと思っていた木箱は、さすが職人さん。あっと言う間にたくさんの数が出来上がった。
どちらの倉庫も、風通しと直射日光に気を付けてもらった。
風が吹く。季節は夏が終わりを告げ、秋が来ている。やはり北の地の国らしく、秋がくるのは早い。
港の街ではまだまだ暑い日が続いているはずなのに…。こちらは空が高く木々が少しずつ色づき始め、朝晩は肌寒い。
思えばこの地の夏の暑さはあの港の街と比べ物にならないほど、涼しいものだった。本当に季節感が違うのだと感じる。
一体これで何周目だろうか…と倉庫の周りを回ってもどると、リドリスさんが来てくださった。
「ルノエ様、先ほど到着したと門番から連絡が入りました。」
「本当ですか!?よかった!」
リドリスさんの指示で搬入のために、人が集まって来た。そこにロゥアン陛下もいらっしゃった。
『やっとだな、ルノエ。』
『はい。無事に到着できて、嬉しいです。』
グレーの瞳が上から覗き込むように私をご覧になられるのも、こうして親しくお話しできるのも、もうあとわずか………。
塩と柑橘類を搬入し終えれば、私はあの港の街へ帰る。搬入し終えた馬車にそのまま乗せてもらうつもり。
『ルノエ、俺が馬車に乗った時に何故泣いたのか、わかるか?』
陛下の言葉が胸に突き刺さる。
私はその答えを見つけたけれど、また砂の中に隠した。そっと、誰にも見つからないように隠してしまった。
これでいい。私がこの想いをお伝えした後、ハッピーエンドになんてなるはずがない。
きっと陛下はいつか美しいお后様をお迎えになられる。そのとき私は心から祝福できるのだろうか?それには、自信がない。
陛下のお傍で、醜い自分と向き合う自信と覚悟が今の私には、ない。
どうかこれからの未来が、ロゥアン陛下をとって最良でありますように……。
私は陛下の隣でそう願った。
『ああ、来たぞ。』
馬車が見えた。そしてその中に懐かしい顔を見つけた。
「ルイ!?ルイ兄さん!?」
懐かしい兄の姿を見つけて、馬車へ駆け寄ろうとした私を誰かが止めた。
ロゥアン陛下だった。陛下が私のお腹に腕をまわされていた。
『陛下?』
『ああ、危ないだろう。』
確かに危ない。動く馬車に駆け寄るなんて。
ルイ兄さんが停まった馬車から飛び降りて走ってきてくれた。私も駆け寄って兄さんに飛びつく。
「ルイ!」
「ルノー!元気にしてたか?よかった!いきなりの赴任だったから心配してたんだぞ!大丈夫なのか?変わりはないか?」
「うん、大丈夫。急なことで、ごめんなさい。でもルイが来てくれて嬉しい!イリサは?カラとリラは大丈夫なの?」
「大丈夫。長く留守にするからイリサ達は実家へ行かせた。お前は?少し痩せたか?…頑張ったんだな。」
「うん。……うん。」
「頑張ったんだな」ルイのこの言葉で、自分でも気付かないうちに気を張って、緊張していたことを実感した。
子供の頃のように頭を撫でてくれるのが、嬉しい。この国へ来るまでのこと、この国へ来てからのことを、ルイに全部話したい。
「……ルイ、後で話を聞いてね。」
「もちろんだ。さ、ルノー。俺を紹介してくれ。」
慌ててロゥアン陛下とリドリスさんにルイを紹介しようとすると………
『ロゥアン陛下でいらっしゃいますか。ルイ・アグレイと申します。妹が大変お世話になって……』
「ルイ!!」
ルイがそう挨拶をはじめたのは、リドリスさんだった。
『ん?ああ!これは失礼しました。そちらが国王陛下でしたか。』
わざとだ!ルイは陛下ではないとわかっていて、わざと間違えたんだ!
蒼白になる私などお構いなしに、飄々とした口調で改めて陛下に御挨拶申し上げる。
陛下は不敬極まりない兄の態度に、苦虫を噛み潰したような顔をなさっただけ。隣のリドリスさんは明らかに笑いを堪えていらっしゃる。
それからは私とルイとリドリスさんと集まってくれた人々で、品物の確認、検査、搬入で走り回る。
初めてのことなので、みんな右往左往している。でもそれをまとめたのは、やはりルイだった。
『そのバレンシアオレンジはあそこの木陰で選別する。それからこっちのクレメンティンもその隣で。ルノー、お前が選別の指示を出せ。塩は運ぶ前に検品したい袋を宰相補佐官殿に選んでいただいてから、バケツリレー方式で運んで行く。袋が破れないように、細心の注意を払ってほしい。それから………』
すべてが終わる頃には、もう夕暮れだった。疲れたけれど、搬入の全てが無事終わったことにほっとする。
「終わりましたね、リドリスさん。」
「はい、本当に。アグレイ様もルノエ様もお疲れでしょう。すぐに食事と湯の用意をさせましょう。アグレイ様のお部屋はルノエ様の隣にご用意させていただきました。ご自由に行き来していただいて結構ですよ。」
「わ!リドリスさん、ありがとうございます。」
「……では遠慮なく。お気遣いいただき、ありがとうございます。」
今日からしばらく、ルイは私の部屋の隣に滞在すると聞いて安心した。本当に嬉しい。
久しぶりに兄妹水入らずで、ヒュイアさんが用意してくださった夕食を共にする。
その時に今までのことを話した。
港の街での役に立たなかった通訳。レガッタでは思わず叫んでしまったこと。急に決まった赴任。旅程で泊まった豪華なホテル。辛かった山越え。この国の景色。
そしてリドリスさんが最強なこと。私に付いてくださっている、ヒュイアさんも最強なこと。
ルイはリドリスさんとヒュイアさんの話を、一番楽しそうに聞いてくれた。そして私はすべての想いを隠して、帰国することを暗に告げた。
「ルイ、私も一緒に連れて帰ってね。」
「ルノー……。帰るのか?」
「うん。だってゆっくりしてたら冬が来ちゃうから。」
「まあ、そうだな。……わかった。俺はカルオさんに王都で買い付けを言われてんだ。それが終わったら、な。」
「うん。ルイ、こんな遠くまでごめんね。」
「なに言ってんだ、お前が頑張ってんだから、俺も頑張る。それだけだ。それにこれが継続契約にでもなれば、会社としても有益だ。が、今の経営状態で充分だと俺は思うがな。」
「うん、そうだね。」
ルイはカルオさんから陛下と私のことを聞いているはずだけど、それ以上なにも言わなかった。
私も聞いてほしいと言わなかった。これでいい。きっとこれでいい。私は自分にそう言い聞かせた。
あの港の街で、シリロを想って過ごしていた頃のほうが、まだよかったのかもしれない。
こんなに気持ちが渦巻くことはなかったのに。早く静かなあの街に帰りたかった。
※
「こんな時間にお呼び立てして、申し訳ない。」
俺の目の前で頭を下げたのは、この国の黒髪の王。
……いいのか、国王が庶民に頭を下げて。しかも俺の国の言葉を容易に話して。
昼間、倉庫前で初めて目にしたロゥアン国王陛下は、妹の腰を抱えていた。
なにしてやがる!!!
思わず頭に血が昇ったのは、当然だ。不敬になるとわかった上で、俺は国王を間違えたふりをした。
これでゴタゴタ言うような小物なら、ルノエはさっさと連れて帰るつもりだった。
だが、さすがだ。俺の親心をしっかり理解して、顔を歪めただけだった。男前は顔を歪めても男前なことには、腹が立つが……。
カルオさんとハリク殿下からの手紙を国境近くで受け取った。多分、あれは早馬だろう。
ハリク第一王子は、ルノエのために王族の特権を駆使してくださっていることに、俺は胸が熱くなった。
手紙にはロゥアン国王陛下がルノエを后にしたいと要望があったということが書かれていた。
そしてお二方共、ルノエの気持ちを第一に考えるように返事を出す旨が書かれていた。
そしてハリク殿下からの手紙にはもうひとつ、要件が添えてあった。
それは兄である俺が「ロゥアン陛下はルノエの夫に相応しくない」と判断したなら、即却下の書状を送付する用意がある、ということだった。
カルオさんばかりかハリク殿下までが、ルノエのことを親身に考えてくださることに、感謝した。
そしていま、目の前のこの男は「国王陛下」ではなく、ひとりの男「ロゥアン」として俺の目の前にいる。
黒髪とグレーの瞳。体はやたらにでかいし、態度もでかい。
だがこの男は俺の知る厄介な類の人間ではない。さすがはルノエだ。ここだけは俺も認めざるを得ない。
「なんのご用件でしょうか、ロゥアン国王陛下?………と、言うかと思ったら大間違いだ!今は国王陛下じゃなくていいんだな?」
「ああ、もちろんだ。」
「で?話は?ルノエのことか。」
「…お義兄さん!」
「やめろ!!!ルイでいい!!」
「では、ルイ。ルノエ嬢を妻にいただきたい。」
「却下。」
「なぜだ?!」
「ルノエは俺と一緒に帰ると言ったぞ。まるで意思疎通ができてねぇな。」
「…………。」
「ルノエにこの話をしたのか?」
「いや、まだ。」
「普通、逆だろうが。まず、ルノエと話をしろ。それから考えてやる。」
「ああ、わかった。ルノエが承諾したら、いいのか?」
「考えてやると言ったんだ!……なぁ、陛下。」
「ロゥでいい。」
「じゃあ、ロゥ。聞いていいか?ルノエは側妃なのか?」
「いや、正后にする。側妃は誰ひとり娶るつもりはない。この先もずっとだ。そこは約束する。」
「…では庶民のルノエをどうやって正后にするつもりだ?きっと反対は多いだろう。」
「ああ。カルオ・メリル伯爵の養女として、輿入れという形にしたい。それをハリク王子に後押しいただく。そして宰相ナジェリス・シルキィ侯爵の後見を考えている。……本来ならばアグレイ家から嫁いでほしいのだが……、申し訳ない。」
「いや、その件はいい。俺でも理解できる。ルノエの今後を思えば、家名や後見は大事だろう。……しかし、ずいぶんご大層なことだな。国外のしかも庶民の娘に対して、これほどの大物が動くなんぞ、本当にこの国は大丈夫なのか?」
「ああ、ルノエにはそれだけの魅力がある。ここへ来てからも、誰も彼もがルノエルノエ、だ。俺が傍へ行けば、離れろと叱咤されるほどだ。まったく、あいつらは……。」
「くくく、面白いな。国王陛下であって、国王陛下として扱われてない辺りが、ロゥの長所だな。」
「……ああ、そうだな。長所と言われてしまえば複雑だが、周りが国王として扱わないから気楽と言えば気楽だ。それぞれが言いたいことを言う。俺の思い通りにいかないことも多いが、物事を多方向から見るという考え方。間違えば率直に叱咤してくれる者がいるということは、ありがたいことだ。」
「…人徳だな。」
「ん?」
「いや、危なっかしい国王陛下のようだから、周りがしっかりしているんだな。」
「ははは、そういうことだ。」
笑ってやがる。自分をけなされてるのに、子供みたいに笑っていられるのか、この国王は。阿呆なのか寛容なのか。
だが周りの人間を大切にしていることが窺えた。率直な物言いは国王に不向きだが、その分あのリドリス・シルキィ氏が腹黒だから大丈夫なのだろう。
その夜、俺たちは遅くまで色々な話をした。
ルノー。こいつはいいやつだ。
幸せになれ………




