第百十一部 勝った後で、ようやく名前を呼び合う話 ④ 夜、臨時の拠点になった宿場
夜には、橋の近くの宿場が臨時の拠点になった。
カミラは寝台へ運ばれた。
ニーナはその横に薬箱を置き、アンナから届いた処置書を確認する。
レオンは部屋の入口に立っていた。
「入ってくるか、出ていくか、どちらかにして」
ニーナが言う。
「邪魔か」
「邪魔」
「では出る」
「そういう意味じゃない」
「どっちだ」
「座って」
カミラが寝台から言った。
「お前は立っていると、次に何かする顔になる」
「何かする顔とは何だ」
「迷惑な顔だ」
ニーナが頷く。
「分かる」
「分かるのか」
「すごく」
レオンは諦めて椅子へ座った。
その瞬間、カミラが小さく息を吐いた。
安心したような音だった。
レオンはそれを聞き逃さなかった。
「カミラ」
「何だ」
「助けられてよかった」
部屋の空気が止まった。
カミラは、しばらく何も言わなかった。
視線を逸らす。
窓の外を見る。
包帯の巻かれた左手を少し動かす。
そして、小さく言った。
「……遅い」
「すまん」
「だが」
カミラは、視線を戻した。
頬が少しだけ赤い。
熱のせいかもしれない。
そういうことにしておくには、少しだけ表情が柔らかすぎた。
「来たことは、褒めてやる」
「少しだけか」
「かなり」
レオンの目が揺れた。
カミラは慌てて付け足す。
「今のは、熱のせいだ」
「そうか」
「そうだ」
「なら、熱が下がったらもう一回聞く」
「聞くな」
ニーナは薬を調合しながら、そのやり取りを聞いていた。
嬉しい。
でも痛い。
それでも、この場から出ていきたいとは思わなかった。
この二人の間にあるものを見たうえで、自分はここにいると決めた。
「薬」
ニーナは木椀をカミラへ渡した。
カミラは匂いを嗅ぎ、顔をしかめる。
「毒か」
「薬」
「毒も苦い」
「その会話、ミハイルともした」
「では、彼とは気が合うかもしれない」
「たぶん合わない」
カミラは薬を飲み、見事に顔を歪めた。
「まずい」
「生きてる」
「判断が早い」
「いつものこと」
レオンが少し笑った。
カミラが睨む。
「笑うな」
「笑っていない」
「肩が揺れている」
「痛みで震えている」
ニーナが即座に言う。
「嘘」
カミラも言う。
「嘘だな」
レオンは天井を見た。
「二人いると厳しいな」
ニーナとカミラは、一瞬だけ顔を見合わせた。
そして、同時に言った。
「慣れて」
「慣れろ」
微妙に合わない。
だからこそ、妙に可笑しかった。
──第六章 革命の火と、名前を喰らう歯車 了




