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第八十六部 救われた者は名を呼ばれ、救われなかった者は番号で呼ばれる話 ④ 娘の番号を指す父と、裾から抜いた細い糸

 その夜。


 聖イルメラ島の地上では、宴が開かれていた。


 灯火。


 花。


 音楽。


 葡萄酒。


 各国の要人たちが、白い衣装を着た給仕に迎えられる。


 オーランドの議員。


 ヴェスタリアの税関高官。


 王国の国境軍関係者。


 帝国商会の代理人。


 人道支援団体へ寄付をしている大商人。


 カランの聖職者。


 彼らは食卓で、難民問題について語っていた。


「人身売買は、大陸全体で取り締まるべきです」


 オーランド議員が言う。


「もちろんです」


 ヴェスタリアの高官が杯を上げる。


「ただし、商流を止めれば善良な移民労働者まで困窮する」


「厳格すぎる規制も問題だ」


 大商人が頷く。


「我々は、救済と交易の両立を考えねばならない」


 その食卓の下。


 地下から運ばれてきた者たちの一覧が、一枚ずつ配られていた。


 年齢。


 性別。


 種族。


 容姿。


 従順性。


 薬物使用量。


 値段。


 家族関係の欄はない。


 人として記録されていないからだった。


「今夜は、銀髪が入ったそうですね」


 議員が小声で尋ねる。


「母娘でしたが、母親は処置へ回しました」


 島の管理者が答える。


「娘だけ?」


「関係がおありですか」


「いや」


 議員は笑った。


「若い方だけでよい」


 その手には、翌朝発表する奴隷取引非難決議の原稿があった。


 同じ指で。


 娘の番号を指した。



 ◇


 宴館へ移されたセラフィナは、与えられた衣服の裾を少しだけ破いた。


 細い糸を抜く。


 食事へ添えられていた小さな骨針を隠す。


 寝台の裏へ、文字を縫い始めた。


 船倉にいた者の名前。


 損耗へ送られた老人。


 幼体四十二と呼ばれた少年の、本当の名。


 母親と娘。


 飼育区へ送られた男。


 途中で動かなくなった者。


 海へ落とされた者。


 名前が分からない者には、覚えている特徴を縫った。


 左耳に傷のある女。


 赤い布を握っていた子。


 歌を知っていた老人。


 一人ずつ。


 ここにいたことを残す。


 扉の外で鍵が回った。


「リナ」


 係員の声。


 セラフィナは骨針を寝台の割れ目へ隠した。


「準備の時間です」


 鏡の前へ座らされる。


 髪を梳かされる。


 顔へ薄い粉を塗られる。


 笑うよう命じられる。


 笑わなければ、別の部屋の誰かが罰を受ける。


 だから。


 セラフィナは笑った。


 笑いながら、鏡の中に映る扉の数を数えた。


 廊下の曲がり方を覚えた。


 係員が持つ鍵の形を見た。


 部屋へ入ってきた客の指輪を見た。


 祈りの輪。


 帝国式の鷲。


 王国の青百合。


 オーランド議会章。


 忘れない。


 自分の名前を奪われても。


 見たものまで渡すつもりはなかった。



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