第六十一部 海の姫は、銀貨より先に友人の顔を見る話 Another Side:アルムロイト辺境伯府執務室
アルムロイト辺境伯府・執務室
同じ頃。
コンラート・フォン・アルムロイトは、シーロ共和国から届いた港湾記録と、白い布の上へ並べられた銀貨を見ていた。
向かいには、アーデルハイトとリヴィアが立っている。
「レヴォナ方面だけではないか」
コンラートが訊く。
「はい」
リヴィアは答えた。
「王国側の港でも、ブリエンから回った商隊でも、似た銀貨が見つかっています。ただ、同じ経路から出たとは言い切れません。混じり方が広すぎます」
「故意に広げている可能性は」
「あります」
「偶然の可能性は」
「まだ、消せません」
コンラートは銀貨を一枚持ち上げた。
指先で重さを確かめる。
もちろん、それだけで違いが分かるわけではない。
だから、秤が要る。
帳面が要る。
複数の港から届く記録が要る。
「王子殿は」
「客棟で、市場の荷車記録を見ています」
アーデルハイトが答えた。
「薬箱の数が合わないことへ気づきました」
「理由は」
「まだ分かりません。記録単位が違う可能性も、迂回路から入った可能性もあります」
「確かめろ」
「はい」
コンラートは銀貨を布へ戻した。
「カミラ・パヴェルは」
「記録室へ入ってすぐ、賃金と配給の話をしました」
リヴィアが言う。
「役に立つか」
「かなり」
返答に迷いはない。
「ただし、少し休ませた方がいいです」
「そこまで見たか」
「休まない人は、船の上にもいます」
リヴィアは答えた。
「自分も含めて?」
アーデルハイトが言う。
リヴィアは、少しだけ眉を上げた。
「アーデル。あなたも、今日は市場から港まで歩いているでしょう」
「今度は、私?」
「姉としての忠告」
「姉になった覚えはない」
「では、シーロ共和国からの正式な交易上の助言」
「内容が変わっていない」
アーデルハイトの口元が、少しだけ緩む。
コンラートは、二人のやり取りを聞きながら、机の端へ置かれた別の報告書へ手を伸ばした。
橋。
市場。
港。
倉庫。
銀貨。
複数の道から、同じ異変が近づいている。
まだ、線にはならない。
だが、見過ごしてよい波でもない。
「急ぐな」
コンラートは言った。
「だが、止まるな。明日から、港、鉱山町、配給所の記録を照合する」
「はい」
アーデルハイトが答える。
リヴィアも頷いた。
窓の外では、谷へ夕闇が落ち始めていた。
領主の館のどこかでは、元王子が帳簿を読み、追われる監察官が、今日初めて会った女たちと茶を飲んでいる。
平穏に見える。
だが、その平穏を守るためにも、秤は止められない。
──Another Side 了




