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第12話 大陸横断編③もう一人の主人公

「予備校の人が迎えに来てくれるから」


「は?」


ひび割れた旧式の魔導通信機の受話器から聞こえてきた言葉に、少年は思わず素っ頓狂な声を上げた。

大陸鉄道が一時停車した、名もなき経由駅。乗り継ぎでもないただの点検待ちのホームで、駅員にわざわざ取り次がれた母親からの電話は、衝撃的な一言を残して切れようとしていた。


「とにかく、よろしくね。勝手に一人で行動しちゃダメよ」


それだけを告げると、通信は一方的に切れた。無音が響く受話器を乱暴にフックに戻しながら、ひたすらに困惑する。


(意味がわからねえ)


ただでさえ神経がささくれ立っているというのに、これ以上のイレギュラーはご免だった。

冷たい風が吹き抜けるプラットホームで、苛立ちに任せてため息を吐き出す。白く濁った息が、凍てつく空気に溶けて消えていった。


ーーー


俺───イザイア・ヴァン・ ヘルバークの故郷であるセルデア連合国は、海洋交易の拠点として栄える島国だ。他国からの干渉を物理的に弾く地理的優位と、独自の発展を遂げた魔導技術によって、経済的には大陸で最も豊かな地域の一つに数えられている。当然、インフラも生活水準も、この泥臭く遅れた大陸とは比較にならない。

これから向かう大陸中部のアカデミア・ウルスまでは、絶望的な距離があった。


先月、G-MATSのために同じルートを辿ったときは優雅なものだった。大型飛空客船に乗り、雲の上から大陸を見下ろしながら、わずか十数時間で到着したのだ。


だが、今回与えられたのは大陸横断鉄道のチケット。片道なんと丸5日という果てしない行程だった。


両親は「今回は荷物も多いから」と尤もらしい理由を口にしたが、そんなものは魔導便で送れば済む話だ。人生経験のつもりだろうが、不便への憎しみが積もるばかりで、もう二度と御免だという気にしかならなかった。

俺はこの忌まわしい鉄の塊に乗ってからというもの、トラブル続きだったのだ。


まず、始発駅の時点でおかしかった。

定刻になっても列車が来ない。これは大陸ではよくあることだと聞いていたので、まだ想定内だった。しかし、何の説明もないまま吹きさらしのホームで3時間も待たされたかと思えば、到着した列車には俺が乗るはずの高級寝台が連結されていなかったのだ。

「機材トラブルで予定していた車両が使えなくなった」などと抜かしやがったかと思えば、代わりに案内されたのは大衆向けの普通客車。

硬くて薄い、座る人間の身体構造を無視したような木の座席だ。ここに5日間も座り続けると想像しただけで、もうすでに気が狂いそうだった。


しかも全席自由席というので、当然のように相乗りになる。2日目には大きな荷物を抱えたオークの家族が乗り込んできて、左右を子どもたちに囲まれる羽目になった。しまいには満員だからと一番下の赤ん坊を俺の膝で預かる始末だ。その日は夜通し泣き続ける赤子を抱えて、寝ずにあやし続けることになった。


そして今は、機材点検を理由に名もなき途中駅で足止めを食らっている。手持ち無沙汰になっていたところへ、母親からの電話が取り次がれたのだ。


わざわざ予備校から人が来る?


よく知らないが、どうせ堅苦しいおっさん塾講師あたりが思い浮かぶ。そんな他人と一緒に過ごすなんて、ありがた迷惑もいいところだった。


それにしても、どうやって合流するんだ。現時点で相当遅れているというのに。


本来の到着予定時刻は明日の19時。だが、この絶望的な進行ペースを考えれば、到着が日を跨いでもまったく不思議ではなかった。


まさか、俺が着くまでその「おっさん」は、氷点下の駅で待ち続けるのだろうか。


「出発しますよー! 列車にお戻りくださーい!」

車掌の号令が駅舎に響いた。乗客たちがぞろぞろと車内に戻り始め、俺も忌々しい気分で硬い座席へと戻る。


まあ、時刻はまだ昼過ぎだ。到着は明日の夜だから、それまでに少しでも遅れを取り戻してくれれば問題はない。

―─―そう、思っていた。


翌日、19時。

本来であれば今頃には、グレイトンのターミナル駅に滑り込み、この最悪な長旅から(不本意ながら、そして一時的に)解放されているはずの時間だった。


だが現実は1分たりとも時間を巻くことはなく、きっちり3時間遅れたまま夜の荒野をガタゴトと這い進んでいた。


最悪なことは重なる。この日は昼間の途中停車駅の売店が混み合っており、俺は食事を調達することができなかったのだ。極度の寝不足に空腹が重なり、苛立ちは最高潮に近い。


高級寝台に乗っていれば、毎日フルコースだったというのに!


日が完全に沈み、車内を照らす魔導ランプが薄暗く揺れる中、俺は腕を組み、静かに怒りを煮えたぎらせながら目を瞑って耐えていた。

そのときだった。


「きゃあっ!」

突如として、先頭のほうから女性の鋭い悲鳴が上がった。

跳ね起きる。半分寝ぼけた頭が状況を理解するより早く、黒ずくめの男が車両の前方に立ち塞がるのが見えた。


「動くな!!」


覆面で顔を隠した男が、野太い声で怒鳴り散らす。強盗だ。

度重なる機材トラブルで生じた運行スケジュールの隙と、深夜の乗客たちの疲労を狙いすました犯行だった。手慣れている。男の手には、ギラリと鈍く光るナイフが握られていた。

一瞬にしてパニックに陥った車内は、苛立った強盗が見せしめのように近くの座席の背もたれにナイフを突き立てると、一転して水を打ったように静まり返った。乗客たちは恐怖に顔を引きつらせ、息を潜める。


その異常に張り詰めた空気に驚いたのか、後方で赤ん坊が泣き出した。俺が前の晩にあやしていた、あの母親に抱かれたオークの赤ん坊だ。それに神経を逆撫でされた強盗が、怒鳴り声を上げる。


「うるせえ!泣き止ませろ!!」


無理だって。


母親のオークは顔面を蒼白にして、必死に赤ん坊をあやそうとした。しかし、恐怖の伝播は火に油を注ぐだけで、泣き声はさらに大きくなっていく。


舌打ちをした強盗が、大股でオークの親子に近づいていくと、ナイフの切っ先が母親の顔前に向けられた。

「うるせえっつってんだよ!!」

強盗は強引に母親の腕から赤ん坊を奪い取ると、必死に取り返そうとする母親を無情にも足蹴にした。車内に小さく悲鳴が上がる。服を掴まれ、宙吊りにされた赤ん坊が、悲痛な声で泣き叫んだ。


……ああ、クソ!


俺の中で、完全に何かが切れた。

即座に座席から立ち上がり、強盗の背後から近付いて強引に赤ん坊を奪い返す。


「うるせえのはお前だろうが!!!!」


強盗よりも幾分でかい声で、限界を超えた苛立ちを爆発させるように怒鳴り散らした。


うるせえ。俺は今、世界中の誰よりもお前にイラついてんだよ。


「てめえクソガキ!!」

虚を突かれた強盗が振り返りざまに持っていた果物ナイフを突き出してくる。反射的に繰り出された鋭い刃先が、そのままの勢いで俺の腹部に浅く突き刺さった。


死ねよ。


熱いものが流れ出る感覚。だが、怒りとアドレナリンが全身を駆け巡り、痛みを一切感じない。


俺は抱き抱えた赤ん坊を近くの乗客に投げ渡して、空いた右手を素早く強盗の顔面に突き出しながら、思い切り手を開いた。


「痛えんだよ、クソッタレが!!!!」


一瞬、膨大な魔力が吸い上げられた反動で車内が停電する。

真っ暗闇の中、俺の右手から溢れだした青白い閃光が一気に膨れ上がると、瞬時にビー玉ほどの極小に凝縮され、強盗の顔前で炸裂した。


まばゆい光と破裂音が熱波と衝撃とともに車内を駆け抜け、乗客たちの悲鳴が上がる。


数秒後に停電が復旧すると、俺の足元には白目を剥いて完全に失神した強盗が倒れ伏していた。

その額には、一点集中で魔力を叩き込んだ痕跡が、直径10センチほどの焼け焦げた跡としてくっきりと残っている。


死ね!!この程度で済ませたことを感謝しやがれ!!!


倒れた男に向かって内心毒づきつつ、荒い息を吐き出した。


「――─お見事」

直後、背後から鼓膜を打った低い声に、全身が粟立った。


「卓越した魔力操作だ。咄嗟の判断力も悪くない。……ただ、隙だらけだ」


気付かぬうちに背後を取られていた。


複数いたのか!


弾かれたように振り返ると、俺と背中合わせになるようにして、仕立ての良い外套を着た老人が音もなく立っていた。


そして老人の向こう側には───俺を背後から狙っていたであろうもう一人の強盗が、ピクリとも動かずに倒れていた。


男の額には、針の先で突いたかのような、ほんの数ミリの小さな焦げ跡。


俺が今使ったのとまったく同じ理論だった。

魔力を極限まで圧縮し、瞬間的な衝撃を脳に与える無詠唱魔法。

だが、この老人は精度が次元の違う域にある。一切の無駄を削ぎ落とし、周囲への影響を最小限に抑えつつ、確実に相手の意識だけを刈り取っているのだ。


「あんたは一体……」


呆然とする俺を置き去りにしたまま、けたたましい非常ブレーキの音が車内に鳴り響いた。火花を散らしながら、列車が激しく揺れて廃駅舎に急停車する。

窓の外で警邏隊が待ち構えていた。

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