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再保険

荷物が括り付けられたロバがまた一頭倉庫の前に到着する。

「袋に入れたままでいいから奥に置いていってください。」

ロバを引っ張っていた荷役人が俺の指示を受けて慣れた様子で積荷をほどく。

袋が地面に着くとガラガラと金属が崩れていく音がしたので中身は金槌みたいな小物だろう。


「ちょっと!

なにこれ?一体なんの騒ぎ!?」

次々と荷物が倉庫の中に運び込まれるもんだから、ちょっとした人だかりが前には出来ていたのだが、その群衆の中から聞き馴染みのある声がする。

その声の持ち主はぴょんぴょんとジャンプしながらこちらに近づいているらしく、

人ごみの中から時折顔だけがこちらにのぞくので、それを見て俺はモグラ叩きのモグラを連想した。


「やっぱりだ。また何か勝手に始めてる。」

強引に人をかき分けてここに来たもんだから、全体的にアリスの服装はぼろぼろになっていた。


「会社を危機から救う為に色々とやったんだ。

あ!そこに置いといてくれたら後はいいんで。」

最後の荷物を運び込んだ荷役人は「それでは」と言い残してロバを引っ張って行った。


「その色々をこっちは詳しく聞きたいの。

もうそろそろ慣れてきたけれど事後報告が多すぎ。」

ぷんすかしている彼女を倉庫の中へと促す。


「うわ!なにこの荷物の山?鉱山で使っている道具?」

開口一番。

倉庫の奥にうず高く積まれた金属のツール群を見て彼女は目を丸くする。


「殺風景だったこの店にも商いの雰囲気がでてきただろ?

次は店の看板でも作って軒先に吊るしてみようかしら。」


「これ全部山田が買ってきたの?」


「まさか!それも含めて今から説明しましょう。

一文無しに追い込まれてしまった保険が不死鳥のように蘇ったそのカラクリを。」

名探偵気取りで俺は椅子をひいてそれに腰掛ける。


「イリアスが差押を仕掛けてきた後、『保険会社も保険に入れたらいいのに』って言ってたことを覚えているか?」


「ん〜。そんなこと私言ってたかな?」

彼女の頭の中のハードディスクがきゅるきゅると音を立てて回転する。


「あれが凄くいいヒントになったんだよ。

というのもその仕組みは実際に存在していて代表的なのが海上保険だ。」


「海上?」

砂漠の隊商を見事に率いてみせた人が首をかしげる。

ふと思ったが砂漠と海の移動ってよく似ているかも。


「船やその積荷を保証する保険のことだよ。海上輸送は自然を相手にするから保険と相性がいいんだ。」

というかそれこそが保険の起源だ。

共同海損は積荷が海に放棄されたらその損失を荷主全員で負担したし、

冒険貸借は船が沈んでも乗組員はその負担を免除された。保険のご先祖様は紀元前にまで遡れるのだ。


「ただ海難事故には厄介なところがあって積荷が一つ海に落下した。

なんてシナリオは得意なんだけど、極稀に積荷が全ロストするような特大イベントが発生する時がある。

代表的なのがやはり船の沈没で、普段はそれほど心配しなくていいけれど、超低確率で会社が潰れるほどのリスクを海上保険は抱えているんだ。」


「もしもの時に備えるのが保険なのに保険にももしもの時があるんだ。」


「もちろんそうした問題を解決する手法を人類は既に考案している。」


「それでどうやったの?」


「保険と同じ事をしたんだ。

再保険といって保険にまた保険をかけたんだよ。

一人で負担出来ないリスクが保険に存在するなら、そいつを外部化。つまり皆でまた負担すればいい。」


「皆って登場人物がいきなり増えたけど、山田はそれをしたというの?

具体的に誰と?」


「鉱夫に道具を販売している商人たちとだよ。

彼らが再保険を引き受けてくれたおかげで、俺の保険は窮地を脱したんだ。」

蒸気浴によって復活してから俺は、この数日間その交渉に明け暮れていたのである。


「その結果この道具の山が生まれたと?」


「うん。これは商人達が受再した分の保険金。

つまりは鉱夫に給付する予定の現物というわけだな。」

保険の責任を背負ったのだから、当然商人は保険金を準備しなくてはいけない。

その代わり保険料を後で受け取ることが出来るし、マージンもいくらか貰える。


「だいたい話は分かったけど、そうなると今度は皆よく山田のことを信頼してくれたね。

商人なんて疑り深い人たちなのに、再保険なんて珍妙なものにお金を出したわけでしょ?」


「それがあっちもすごく乗り気だったんだ。

というのも道具の販売は分割払いが基本で、店主達は鉱夫からそれを自力で回収する必要がある。

その仕事が彼等にとって凄く負担だったらしい。」


これは保険は作る際にも強く懸念していたことだ。

なんせ便利な口座引き落としがないこの世界では毎月保険料を直接集金する必要がある。

血の気の多い鉱夫を相手にするのだ。そこで何かトラブルが起きるのは火を見るよりも明らかである。


「保険の仕組みを説明したらその原理よりも代官が鉱夫からお金を天引きしていることにみんな興味を持ってね。

保険金という形で俺に商品を先に提供して、保険料でその代金を回収すれば面倒な仕事から解放されると彼等は考えたらしい。」

図らずも再保険は商人たちに代理決済の機能を提供したことになる。

それならこちらも遠慮せずに手数料でも請求すれば良かった。


「山田の話を聞いていると、金融ってなんだか魔法みたいだね。

なにもないところからお金を生んで、それが本当にあるみたいに動かしているわけでしょ?」

摩訶不思議といった顔を彼女はする。


「そんなすごいものじゃないよ。

再保険は債権と債務を付け替えただけで、流動性は確保出来たけど手元にお金が生まれたわけじゃない。」

もっともその時間稼ぎが今はなによりも必要だったわけだが。


「付け替えか…

なんだか物事がどんどん複雑になっていって、自分の手から離れていく感覚になる。」


「別にそうしたくてしているわけじゃないんだけどね。」

イリアスの差押がなければ本来この行動をとる必要はなかったのである。

だいたいなんだあの札の文言は?

(仮)?

仮があるならこの後に本番があるとでも言うのか?


「ん〜そうなると砂糖のお金がやっぱり一番の問題になるわけだ。」

アリスは腕組みをしながら頭をひねる。


「今更だけど猶予が二ヶ月ってちょっと厳しくない?

保険の儲けが確定するのは一年も先なんでしょ?

なんか色々と噛み合ってない気がしてきた。」


「大丈夫。その件については既に考えがある。

保険が破産しかけて棚上げになっていたけれど、銀貨はあるところにはちゃんとあるんだ。」

俺はジャケットではなくキャロルが贈ってくれた茶色のポンチョを羽織る。

今から会おうと思っている人物に、服装のことでマイナスの評価を受けたくない。


「えっと、もしかして金利は時間の壁を乗り越える。とかいうのをやるつもりなの?」


「俺、そんなカッコいい言い方してたの?」

気取ったセリフを言うもんだから少し困惑。


「とにかく砂糖の問題にいい加減決着をつけにいこう。

この交渉は信金マンである俺が一番得意としている領域だ。」

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