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代理店とモラルハザード

「いやー今日はとても大きな収穫が得られた。

まさか代官に保険の代理販売をやってもらえるなんて。」

黒テントから出て自分の声が届かないと思われる距離まで歩いてから俺は喜びを口にした。

今後話を詰めていく過程で条件がどう転ぶかはまだ分からないが、販路の獲得に目処がついたのはとても大きい。

いい商品が作れたところで売る場所がないとなんにもならない。


「山田。

あれはいったいどういうつもりなの?」

代官の言動から代理店手数料は高くつくだろうなー。

なんてことを考えていたらアリスが両腕を開いて俺を通せんぼする。


「え、なんで怒っているの?」

目を三角にしている彼女を見て困惑する。


「大きな収穫って、今日はデータを貰うだけだったんじゃないの?」

どうやら彼女は保険の代理販売のことで怒っているらしい。


「突然聞かされてびっくりしたのかもしれないけど、

どのみち交渉は全部俺がやるんだし、問題も特になかったじゃないか。」

前もって彼女に伝えたところで、代官にも同じ話をやるのだから二度手間である。


「相談がなかったこともだけど、

自分が作ったものなのにそれを他の人に売らせることを私は責めているの。」


「あーーーどういうこと?」


「それってすごく無責任なことでしょ。どうして自分では売ろうとしないの?」


言葉の意味がさっぱりわからない。


「無責任って、代理店なんて仕組みごくごく一般的なものだと思うけど。」

減少傾向ではあるが損害保険の代理店は全国で15万店も存在している。

これら全てを無責任だと断じるならば日本列島は毎日が大変遺憾の意である。


「一般?

それってなんの説明にもなっていないけど。」

手厳しいことを主張しまつね。


「んー。アリスは俺が仕事を丸投げしていると言いたいのか?

でも作る人と売る人が違うなんてごくごくありふれた話じゃないか。

例えばあの市場で購入した果物だって、別にあのおじさんが育てたものでもないんだろ?」


「それはそうだけど…

でも山田が売ろうとしている保険はダーツと違ってすごく複雑なものでしょ?

あの代官はその中身をちゃんと理解してから売るつもりでいるの?」


「鉱夫に契約内容を説明できるくらいには理解して貰うつもりだ。」


「それよりも山田が説明する方が確実じゃん。」


「正論が過ぎるよ!」


なんのこだわりなのかアリスはどうしても俺に保険を売らせたいらしい。

ただ世の中には適材適所というものがあり、ぽっとでの自分がここで営業するよりも、

銀山の事情に明るく鉱夫にも顔が利くあの代官に販売を任せるほうが戦略的に正しい。

ここはなんとしても彼女を言いくるめねば…


「アリスは責任という言葉を使ったけど、

なんでもかんでも自分でやろうとすることの方が実は無責任だったりすることもあるんだ。」


「どういうこと?」


「俺が作る保険は破損状態に応じて給付する保険金が変動する仕組みなんだけど、その鑑定には高い専門性が必要になる。」


つるはしを例に考えてみると、それが真っ二つにでもなっていれば完全破損と素人にでも判断できる。

が、そんなケースは稀なはずだ。

大抵は修理すればその機能は回復するだろうから保険金はその修理の程度によって金額を変えなくてはいけない。


「キャロルが言っていただろ?

保険を契約する人の中にはずる賢い人が存在すると。

そういう人は可能な限り多くの保険金を請求するのが自然だから、破損の程度を過剰に自己申告してくる。」

別にそれを罵るつもりはない。

ただそうした傾向が事実として存在するのだ。


「そういったクレームを正しく処理しないと給付が過剰なものになってしまう。

これをモラルハザードと言ってそれが蔓延するとその分だけ保険料を引き上げなくてはいけない。」

この引き上げの判断が遅れてしまうと保険会社は破産することになる。


「ズルをした人が得をして、真面目な人がお金を負担する状態だとそれは言える。

慣れないことまで自分でやろうとするばかりに、かえって皆に迷惑をかけることになるんだ。」


「そ、それは…」


「だから保険会社は専門的な知識があるところに鑑定を任せている。

そっちの方が責任ある行動だと言えるだろ?」

例えば自動車保険では代理店が破損の程度を鑑定して修理まで担当していたりする。

保険会社はそこで発生した修理費用を保険金として代理店に支払う。


「私たちにはそうした能力がないから、あそこに色々と任せるつもりでいるの?」

アリスは黒テントを見ながら俺に確認する。


「そういうことだね。」


「…分かった。

それが保険を買ってくれた人を守ることに繋がるのなら仕方のないことだね。」


アリスはふっーと息を吐いて体から力を抜き俺に道を譲った。


「でも私は自分の目で事実を確認することも大切なことだと思っているから、

出来るだけ何度もここに足を運んでそれをやってあげてね。」

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