第61話「エピローグ・悪女の終わり。優しいはじまり」
「子どもだって。レクィエスとの子だよ」
「こ……ども……」
実感の持てないレクィエスは立ち上がり、ベッドの端に腰かけるとそっと私の腹をさする。
まだ膨らみのない腹をじっと眺め、途端に涙をこぼした。
私の手を両手で掴み、背中を丸めて嗚咽を耐えようとする。
「ありがとうっ……! ありがとう、ウェリナ」
「うん」
震える彼の手を握り返す。
この皮の厚い手は大事な人に触れることが出来る。
たくましく広い胸は私をやさしく受け止め、腕で包んで抱きしめてくれる。
いつかこの子は私のお腹を蹴って、生まれて、いっしょにクッキーを食べて、たくさん走り回るだろう。
そんな未来を想像して、二人で笑い合った。
「あんたたち、旅人かい?」
ここまで助けてくれた女性がレクィエスの肩を叩き、問いかけてくる。
それにうなずき、私たちは定住地がないことに不安を抱く。
すると事情を察した女性が丸椅子に座り、やさしい目をして笑いかけてくれた。
「うちの隣でよければ一軒、空いてるんだ。息子夫婦が住んでたんだけど、子どもの成人とともに引っ越してしまってねぇ」
ここには華やかなものはないけれど、広い草原と花畑がある。
医者もいるし、農作もしているので食には困らない。
なんだかんだと女性はこの村の暮らしを語った。
「子どもを産むまではゆっくりしてもいいんじゃないかい? その後のことはまた考えればいいさ」
「どうして……」
レクィエスは不安げな顔をして、探るように女性に問うた。
「どこの誰ともわからない俺たちを……なんで」
「名前はあるじゃないか。どんな事情があれ、子どもは大事にしないと。こういうのは助け合いだよ。若い二人には退屈かもしれないが、ここはいい村だ。住んでみないかい?」
――それは張りつめていたレクィエスの心を溶かすきっかけとなる。
静かに涙が頬を伝い、レクィエスは目で私に問いかける。
それに私はうなずいて、女性に「お世話になります」と告げた。
(やっと落ちつけるね。いっしょにいられるね)
これまで私だけが彼のすべてだった。
それが少し、私を通じて世界が広がった。
孤独な幼少期、誰にも心を許せなかった日々。
私を悪女だと石を投げ、英雄にふさわしくないと糾弾する声。
やさしさを実感することのなかった彼が得られた、無条件のやさしさ。
私を通じて、子どもの幸せを願われた。
涙となり、彼の孤独は静かに流れていった。
”ありがとう。ありがとう”
彼は何度も私に言った。
そのたびに私も”ありがとう”と返した。
そしてまた、何度も時は流れ、私たちは繋いでいく。
「「アリア!」」
英雄も悪女も、ましてや魔女も必要としない。
ここにあるのはやさしい想いに満ちた家族として生きる場所。
さよなら、悪女だった私。
いっしょに生きよう。
私の旦那様といとしい我が子へ。
無条件の愛してる。
「了」




