第6話 血液型占いって信じる?
理系・文系について語り合うムニとフギ。そこに氷の女王が近づいてたずねる。─ねえ、あなたたち、血液型占いって信じる?
〈登場人物紹介〉
僕=西嶋無二。文学部3年。実は超能力者。
宇沢=宇沢普義。経済学部3年。実は霊能力者。
先輩=司馬朱理。博士課程1年。実は菌を見ることができる。
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「昼から,くだらない話してるね」
振り向くと,司馬朱理がトレーを持って立っていた。ごはん,みそ汁,鶏肉のトマト煮,あと小鉢が3つ。冷奴,おひたし,長いもだろう。いつも同じだ。
信じられないけど,第6話に入っても,僕西嶋無二と友人宇沢普義はまだ学食にいる。3話分まるまる同じ舞台だ。
司馬は博士後期課程1年。僕のゼミの先輩である。
「昼って言っても,もう15時か」
ここいい? と聞くこともなく,僕の隣に座る。
「司馬さん,今日1食目ですか?」と宇沢が聞く。よく僕のゼミ室に遊びに来るので,二人にはすでに面識がある。
「うん。昨日の昼から食べそびれてて。お腹ペコペコ」
「それより,なんでくだらないんですか!」
「食事中に話しかけないで。答えたら,口のニワトリが飛ぶでしょ」
トマト煮を咀嚼しながら言う。ほら飛んだ,と非難するので,僕は無言のまま紙ナプキンでテーブルを拭った。
「文系人間とは何かについて高尚な議論をしていたんです」
「高尚だと思ってたのか」宇沢が割りこむ。言葉の綾だよと小声で言い返す。
「結論が『文系人間はナイツの土屋さん』なのに?」
司馬はしっかり聞いていた。
「ここが川内でよかったね。文系しかいないから。理系が聞いたら,また文系の評判が悪くなるところだった。一応わたしも文系に属することになるから,勝手に文系の評判を下げないで」
川内とは,川内キャンパスのことだ。
川内キャンパスは北と南に分かれ,主に教養課程の講義が行われるのが北側,専門に分かれたあと,文系学生が押しこめられるのが南側だ。文学部や経済学部の研究科棟はこちらにある。今いるのは川内南キャンパスの学食だ。北キャンパスの学食が種類も数も豊富,かつオシャレで華やかなのに対し,こちらはこれこそ学食って感じの学食で,利用するのはだいたい文系学部の3年生以上とタクシー運転手。客層の見た目も地味で,チェック率が急上昇する。もちろん僕も宇沢も司馬も全員暖色系のチェック柄シャツだ。三つ子コーデと言いたいところだけど,閑散とした食堂内だけでも,九つ子コーデくらいにはなっている。
一方,優秀な理系学生が集まるのが青葉山キャンパスで,川内キャンパスよりもさらに山の上。文系学生は羨望とやっかみを込めて彼らを「殿上人」「山の上の住人」などと呼んでいる。文系学生が理系学生に勝てるところは,ただキャンパスに行きやすいという点だけ……だったのに,地下鉄東西線が開通したせいで,この唯一のストロングポイントも消えた。
「ムニくん,血液型は何型? 次の中から選んで」
A:B型 B:O型 C:A型 D:AB型
「それ,ネタですよね。サンドウィッチマンの」
「で? どれ」
「Bです」
「B? Bってなんだっけ?」
「言った本人が忘れてるじゃないですか。BのO型です」
「ちょっと,なに言ってるかわからないんだけど」
「これ,どこまでネタにつきあえばいいんですか」
「とりあえずムニくんはO型ね」
箸を止めて,背筋を伸ばし,あらためてこちらを見る。
「O型の男性は,包容力がある,でも大雑把。親分肌で,困った人を放っておけない。負けず嫌いで,人よりも低く評価されることに耐えられない。でも,その分,努力家で,自分の成長のために日々がんばることができる。ある意味,自信家でもあるけれど,それは低い自己評価の裏返し。どう?」
「どう? って言われても……でも当たってます。人よりも優れているとは思っていませんが,誰よりも努力している自信はあります」
「孔子と同じこと言ってるね」
「『論語』述而篇『吾は生まれながらにして之を知る者に非ず。古を好み,敏にして以て之を求むる者なり』,公冶長篇『十室の邑必ず忠信丘のごとき者有るも,丘の学を好むに如かず』ですね。どっちも好きな言葉です」
丘は孔子の本名。姓は孔,名は丘,字は仲尼。漢文では,自称として自分のファーストネームを使う。たとえば,僕が「ほら,ムニって文系人間じゃないですかあ。だからあ……」という感じ。したがって公冶長篇の一節は「たった十世帯しかないような小さな村にも私と同じくらい忠信の心を持つ人物はいるが,しかし私ほど学問を好む人間はいない」と解釈する。孔子は自分を天才の人ではなく努力の人と認識していた。
孔子も血液型はO型にちがいない。
「ムニ,はじめて気づいたけど」宇沢が割りこんだ「目の前で『論語』引用されると,思いのほか引くな。濃すぎて胸焼けする感じ。で,司馬さん,とりあえず,俺もBです」
「俺もB?」司馬の鸚鵡返し。
「ああ。BのO型です。それ,俺にも当てはまってます」
「でしょうね。同じO型だし。日本人の約3割がO型だから,3人に1人はムニくんと同じ努力家ね。つまり,誰よりも努力してる自信はあります,って3人に1人は思ってるの。誰よりも,ってね」
それじゃあ,計算が合わない。3人に1人が自分は1位と言い張っていることになる。1位は1人しかいないはずだ。
「そもそも司馬さん,血液型占いなんて信じてるんですか?」
ここまでネタにつきあってはいたけれど,僕は信じていない。人間を4つのタイプに分類すること自体ナンセンスだ。宇沢の言葉を借りれば,人間は多様性に満ちている。O型を努力家だと規定すれば,A型やB型はみな非努力家=怠惰ということになる。そんなことはありえない。「天才は1%のひらめきと99%の努力」と言った努力の人エディソンは,何を隠そう,A型だ。
IQが2桁ある人間で,血液型占いをまともに信じている人間が日本にいるのか。
「信じてるわけないじゃない」
司馬はシャキシャキの長芋を咀嚼しながら言ってのけた。
「人間を4つのタイプに分類すること自体ナンセンスでしょ」
僕と同意見だった。
「じゃあ」と言いかけて黙る。司馬の言いたかったことに気づいたからだ。
代わりに宇沢が口にした。
「司馬さんは,人間を文系と理系に分類すること自体がナンセンスと言いたいんですね」
司馬は,うんうんとうなづいた。
「A型ってことは神経質なの? とか。あなた,変人のB型なんだー,とか。AB型は二重人格って言うもんねー,とか。血液型占いってただの偏見でしょ。占いの名にも値しない。なんでB型ってだけで,個性的、マイペース,こだわりが強い,自己主張が激しい,熱しやすく冷めやすいって決めつけるの?」
信じていないと言っているわりにくわしい。占いは信じないと言っておきながら,朝の「ごめんなさーい,山羊座のあなた」に傷つくタイプかもしれない。
「文系か理系かってくくりも同じ。文学部ってだけで,論理的な思考が通じないと評価されるのはとっても心外。高度な議論になると,理系の連中はさっぱりついてこれなくなるけど,それは文系が意味不明な非論理的議論をしているからだと決めつけてくる。文系は非論理的でもなければ,あいまいでもない。感情的でもなければ,データを軽視したりもしない!」
どんとテーブルを叩いて司馬は立ち上がった。
「まだ足りないから,パン買ってくる!」
立ち去る司馬を目で追いながら,宇沢が呟いた。
「司馬先輩って,B型なのかな?」
「でも,血液型占いって当たりますよね」
司馬が戻ってくるのを待って宇沢がたずねた。
ピシッと音を立てて僕と先輩が同時にかたまる。先輩に至ってはメロンパンを頬ばろうと大口を開いた状態で止まっていた。
宇沢には狙いも何もないようで,純粋にそう思ったからそう言っただけといった感じだ。
血液型占いに限らず,「占い」という言葉自体が「忌むべき言葉」である。理系・文系を問わない。占いを信じている愚か者に,占いがいかにバカげているかを説明するのは骨が折れる。実際に説明をしてみると,骨が折れたうえ,無効になることも多い。
1954年,マリアン・キーチという女性が宇宙人からのメッセージを受信した。彼女は11人の信者を集め,12月21日に大洪水が起きて地球は破滅する,しかしその前に空飛ぶ円盤がやってきて,わたしたちは救い出されると予言した。地球の破滅! こんな素敵なイベントを学者が放っておくはずがなかった。なにせ予言が外れることは明らかなのだ。信者たちはキーチを見限り,彼女が作ったこじんまりとしたカルト集団はあえなく解散になるはずだ。彼女の予言を新聞で知った心理学者レオン・フェスティンガーはさっそく数人のスパイを送りこんだ。破滅から逃れようと,慌てて彼女との接触を試みる人間は多かったので,それは容易なことだった。
当日,キーチと信者たち(とスパイとただの冷やかし)は全身から金属という金属をはぎとって,宇宙船の到来を今か今かと待ち望んだ。テンションは上がり,顔を見あわせてはくすくすと笑っていた。ところが,約束の時間になっても異星人は現れない。一同の顔から笑みは消え,呆然と座りこむばかり。4時間後にはキーチが泣き出してしまった。予言は外れたのだ(フェスティンガーの予想どおりに!)
その後,気を落ち着かせたキーチは,宇宙人から新しいメッセージが届いたと告げた。私たちが世界に光をもたらそうと努力したおかげで,予言された洪水は起きずに済んだと宇宙人は言っているという。自分たちが世界を救ったというわけだ。ある日,渋谷のスクランブル交差点で,ひとりの女性が両手を盛んに振り回し,何やら大声を出していた。それに気づいた警官が「何をされているんですか」とたずねると,彼女は「ゾウを追い払っているんです」とまじめに答えた。警官が「渋谷にゾウはいませんよ」と伝えると,彼女は得意げに答えた,「もちろん。私が追い払ってますから」──というジョークを思い出す。
さて,キーチの出来の悪いジョークを見せられた信者はどうしたのか。
予想に反して彼らは,いっそう信仰を深め,熱心に布教するようになった。エセ予言者を信じたという自分の愚かな過去を認めたくない彼らは,自分の行動を正当化するために,ありとあらゆることをしはじめたのだ。大洪水が起きなかったのは自分たちのおかげだと信じ,自分たちが世界を救ったのだと周囲に認めさせようとした。キーチが違法ギリギリな詐欺師やイカれた宗教家きどりではないとほかの人に認めさせることで,自分を納得させようとした。
占いを信じている人間も同じ心理に陥る。占いを否定されると,占いを信じてきたという真っ黒な過去を正当化するために,占いが当たった事例を盛んに持ち出し,占いを信じている同志と連絡を取り,占いが当たったというブログの記事を探し出す。占い師に高額のお金を注ぎこんできたならなおさらだ。このとき,残念ながら占いが外れた事例は思い出さないし,占いが当たらなかったというブログの記事も見ない。キーチの信者と同じだ。
さあ,宇沢をどう説得しようか。
「うん。当たるね」
司馬がメロンパンを頬ばりながら,あっさり宇沢の言葉を認めた。
「フギくん,星座は何?」
「おとめ座です」
「おとめ座か。うん。フギくんって,何事も頭から否定する態度を嫌ってるでしょ。たとえバカげた考えに思えても,そこに一片の真理があるかもしれない。自分に信じられないことはすべて錯誤だと頭から否定する頑迷な態度は人として誤っている。謙虚さがない。まずは偏見をもたずに虚心に向かいあうことが大事だ,そう考えている。でも時折,自分が頭から否定しているときもあって,そんなときは反省する……」
「そのとおりです」宇沢が認めた。ただ少し怪訝そうな表情を浮かべている。
「先輩って,星座占いにも詳しいんですか?」
僕は単純に感嘆していた。そういえば,さっきの血液型占いも正確だった。
司馬が両手でもったメロンパンを齧りながら,隣の僕を見た。咀嚼しながら言う。
「ムニくん,オーラが紫がかった青色ね。紫は高貴さや気高さ,青は冷静さを表しているの。つまり自分に誇りがあり,かつ理性的ってこと。誇りを表に出すタイプではない。自分に自信がある一方で,驕慢や過信に陥ることを不安に思っている。むしろ自分に自信がないと思っているときもある。冷静だから,人に自分の有能さをアピールすることには慎重だけど,非科学的な誤った考えに出会うと思わず説得したくなる……」
司馬は視線を外さない。
茶色がかった瞳に長いまつげ。言葉は不明瞭でモガモガしていたが,なんとか聞き取った。
そのとおりだ。いまも宇沢の誤った考えを正そうと思っていた。つまり自分が正しいと最初から確信していたことになる。僕は──宇沢を下に見ていたのか。宇沢よりも自分のほうが優れているとアピールしようとしていたのか。
心の中を見透かされた気がした。
「ね? 当たるでしょ,占い」
「確かに。先輩って,星座占いもオーラ占いもできるんですね」素直に言う。
「……ムニくんって,意外にかわいいね」司馬が目を丸くする。
かわいいというのは心外だが,一応は褒め言葉だ。悪い気はしない。
宇沢が首を縦にふって同意する。そうなんです,かわいいヤツなんです,と言った。
うん。悪い気はしない。
「ムニくん,占いができる人はね,血液型でも星座でもオーラでも,タロットでも水晶玉でも守護霊でも,なんでもできるの。全部──ただの小道具だから」
「小道具?」僕は素直に驚く。宇沢は探るような顔で司馬を注視している。
「そう。小道具。オーラ云々とか守護霊が云々といった言葉に意味はないの。ただの演出。私がいきなり『ムニくんってさあ,野菜苦手でしょ』と言うよりも,『この方は……あなたの祖母,あるいは,叔母かしら。ここ何年かの間にお亡くなりになった年配の女性に心当たりはない? 生前親しくしてくれた人……そう。あなたが気づいていないだけで,実は気にかけてくれていたみたいね。今は守護霊となって,時折そばで見守ってくれてるわ。その方がね,野菜をもっと食べてほしいと心配してる。あなた,野菜苦手でしょ』と言ったほうが,神秘的で説得力が上がると思わない? 最後の一文以外,全部ただの飾りだけど」
「飾り!」
「そう。虚飾」司馬が手のひらにアマガエルを隠しもつ悪戯っ子の顔をしている。
「コールド・リーディング──ですね?」
宇沢が静かに言った。
司馬は微笑みで応じた。無言なのは,メロンパンの最後の咀嚼をしているからだ。しばらく僕と宇沢は黙って司馬がモグモグしているのをただ見つめることになった。咀嚼音が聞こえる。何を見せられてるんだろとふと思う。司馬がようやくパックの牛乳で,メロンパンのパテみたいなのをのどの奥に流しこんだ。
「そのとおり」
コールド・リーディングは,人を欺く心理テクニックだ。初対面の人の心を読み,信頼を得るため話術でもある。占い師,超能力者,スピリチュアル・カウンセラーなど,人の心を読み,過去を透視し,未来を予言して,心の弱い人間から金をむしりとる連中が多く用いている詐術だ。ほんのわずかな手かがりから相手の心を読み,巧みな話術で情報を引き出し,仮に誤った推測・予言をしても,それをなかったことにできる。
そう簡単に説明してから,司馬がつづけた。
「フギくんも,おそらく血液型占いはバカげていると思ってる──と推測したの。バカげているはずなのに,なぜ当たっていると人は思いこむのか。『血液型占いって当たりますよね』という問いかけはそう意味でしょ? そこからフギくんは,何事も頭から否定せず,真摯に検討する性格だと推測した。しかも,その性格が正しくて,頭から否定する態度は誤りだ,と言葉を重ねることで,フギくんがそう認めるしかないように追いこんだ。『ちがいます,俺,けっこう頭から否定するタイプっす』と否定するのは難しかったでしょ」
司馬が微笑んでみせる。話の内容もあって,妖艶さがただよった。
宇沢が感心した顔をする。
「僕の場合は?」
「ムニくんは,日頃から冷静なタイプとわかっていたから,そこを突いただけ。あとの内容はだいたい誰にでも当てはまるもの。出来の悪いそこらの占いと同じレベルね。自信がない人間なんて,この世にはほとんどいないの。でも──自信を失ってることもあるでしょ。だから,『自分に自信がないときもある』って付け加えたの。どっちでも大丈夫なようにね。これもコールド・リーディングの基本的なテクニックよ」
確かに,司馬の占いは,具体性があるようでない,宇沢や僕の話をしているようで誰にでも当てはまる,そんな内容だった。
──人は,反証ではなく確証を求める。
司馬はそう言った。
「あなたは理性的だ」と言われたとき,人はこの言葉に喜び,そして理性的だった過去の自分を思い出す。感情に溺れたときの自分は思い出さない。もし「あなたは自信家だ」と言われたら,反発して反証を探すはずだ。肯定的な言葉を使うというのも,コールド・リーディングのテクニックなのだろう。
人間のアイデンティティなど,あいまいなものである。完璧主義であると同時に大雑把なところもあるのが人間だ。そうしたあいまいなところを利用するのがコールド・リーディングというわけである。
理系・文系の区別も同じかと僕は気づく。
数字に強い文系もいるし,言葉に強い理系もいる。理性的な文系もいるし,感情的な理系もいる。司馬の言うとおり,理系・文系のくくりには意味がない。でも,ある程度当たっているように感じるのは,血液型占いが当たっているように感じるのと同じ仕組みなのか。
文系人間などという言葉に意味はない。
だとすれば──文系人間をテーマとする,この小説の前提が崩れる。
──これは,僕が真の文系人間として再生するまでの物語だ。
という言葉をどうしてくれるのか。宣言しちゃったじゃないか。
【参考文献】
リチャード・ワイズマン著『超常現象の科学 なぜ人は幽霊が見えるのか』(文藝春秋)
イアン・ローランド著『コールド・リーディング―人の心を一瞬でつかむ技術』(楽工社)




