クリアデータ
何処でも無い場所。
「コングラッチュレーション!」
漆黒のローブを身に纏った女神がアイを讃える。
「おめでとう! 君は見事全てのクリスタルを破壊した! これで無事に『神殺し』のゲーム終了だ!」
「…………」
それに対しアイは一言も答えず、冷静な顔つきで女神を睨んだ。
「なんだよ、折角こうして褒め称えているんだから少しくらい喜んでくれたっていいんじゃない?」
「聞かせろ。本当にこれで世界から魔法は消え去るんだな?」
「……はあ、本当君はアルパとは違ってつまらない奴だな」
くっだらない、と。
女神はアイの口癖を真似て悪態をついた。
「そうだよ、これで私も魔法もお仕舞い。ゲームオーバー」
「なら無駄口叩いてないでさっさと失せろ。そして私を帰せ。待ってる奴が居るんだ、お前と違ってな」
そう吐き捨てて神に背を向けるアイだったが、それに対し女神は
「帰せって……何処に?」
と笑顔で訊いた。
「ふざけるな。私が居た、そして魔法の消えたあの世界にだよ」
「消えたよ?」
さらっと言われたその一言の意味をアイは理解出来なかった。
消えたよ?
魔法のことか?
だがこの流れでそれは意味が分からない。
「き、消えたって何が……」
恐る恐る女神の方を向き直るアイに、彼女は笑みを崩すことなく告げた。
「何って、世界」
「はあ!? 消えるのはお前と魔法だけなんじゃなかったのかよ!?」
「確かに私と魔法が消えることは言ったけど、別に消えるのはそれだけとは言ってない。世界が消えれば必然的にそこに存在する魔法だって消えるよね」
楽しそうに語る女神。
「それに、世界の所有者である私が消えたらそりゃあ世界だって消えるでしょうよ」
「ふざけるな! 聞いて無いぞ!」
「お前こそふざけるなよ」
一体いつ表情を変えたのだろう。
アイの目の前に立つ神の顔は、憤怒の形相に変貌していた。
「言っただろ、『立場が対等でない以上、何でも教えてもらえるとは思うな』って」
「嘘……だろ……」
「世界は神の消耗品だ」
衝撃の事実に戦々恐々とするアイを無視し、一人話し続ける女神。
「使うにつれて傷付き、摩り減り、醜くなり、飽きる。だから私は捨てることにした。もしかして、お前は『ゲームに勝った』とか思ってたんじゃねえだろうな? 勘違いするなよ。プレイヤー側の勝利条件は『世界を護る為に所有者を死なせないこと』。逆に言えば、私の勝利条件は『世界を捨てる為にプレイヤー側に殺されること』だった。そして私はそれを満たし、お前達に勝った。思わなかったのか? 『この世界があまりにも自分に都合が良い』と」
「都合が、良い……?」
「その様子じゃ思わなかったみたいだな。おめでたいことだ。だから負けたんだよ」
教えてやるのも面倒だと言わんばかりに、女神は呆れたように首を振る。
「お前の周りに限って奇妙な偶然が連続していただろ。国王失踪事件の際、カイがアルパのゴッドクリスタルに触れたこと。それと同時にアルパを助けたいと願ったこと。ミュウの固有魔法がラムダの固有魔法である『無力化』の無力化であったこと。お前の本来の固有魔法が父親と同じ『創造』だったこと。他にも数えきれないほどあるが、最も顕著なのはこれだ――――お前の消えた記憶が、タイミング良く戻ったこと」
「ま……さか……」
「そう、私がやった」
『私から君達の世界に干渉することは出来ても、君達が私や私のいる此処に干渉することはできない。それどころか私に何をされたところで気付かずに「そういうものなんだ」と受け入れるしかない』
過去に女神の放った言葉が脳裏をよぎる。
「あれもこれもそれもどれもぜーんぶ私がやった。滑稽だったよ、私の干渉のお陰で負ける筈のない戦いを、死に物狂いで勝ち抜いているお前達の姿は」
滑稽だったと言う割にその表情は微塵も笑っていなかった。
「てめえ!!」
怒りに身を任せてアイは腕を振ったが、
「無駄だよ、魔法は世界ごと消えた。君のお陰でね」
「魔法が使えねえなら……!!」
アイは女神に跳び掛かり、その右拳を彼女の顔面に叩きつけようとしたが
「だから無駄だって」
女神が右腕を前へ伸ばして宙空を軽く弾く動作をしただけで、アイの身体は見えない力で後方へ吹き飛ばされる。
「がはっ……!?」
「落ち着きなって。今更殴らなくても私は死んだんだから」
言いながら女神は地面に転がるアイに近づく。
黒いローブの裾を引き摺りながら。
「……私は」
「?」
痛みで冷静さを取り戻したアイはゆっくりと身体を起こし、女神に問いを投げる。
「私は、どうなるんだ? 世界は消えた。お前も消える。だが、私は何処へ行く?」
「何処にも行かないよ。お前はこの何処でも無い場所に、永遠に取り残される。死ぬまでね」
「私は、死ねるのか?」
「さあ、それはお前次第だろ」
そうか……。
分かっているのかいないのか、アイはどっちつかずな返事をした。
「最後に良いことを教えてやる」
女神はそう言うと、右手で袖を捲って隠れている左手――――左手首を晒した。
「そ、それって……」
目を剥くアイに、冷淡な声で女神は言葉を続けた。
『方位磁針付き腕時計』が巻かれた左手を見せながら。
「私の名は『イマジナリィ』――――女神イマジナリィだ」
イマジナリィ。
それが意味するのは『虚数』。
すなわち“ i ”だった。




