数年後。
1
数年後。連合王国『藍』。
かつてスティグマ城と呼ばれていた城の一室、その窓際にアイは佇んでいた。
「何をしているんだ?」
一仕事終わり、豪奢なソファにくつろいでいた公爵がそんな彼女に話し掛ける。
「カイか……いや、少し昔を思い出してな」
「昔――――あの四日間のことか?」
「それも含めて、全部だよ」
アイ女王は頬笑みを浮かべてそう返した。
結局、アイが求めていた物は最初からずっと隣に在った。
世界の醜さを知ったあの四日間。失うだけ失い、最終的には自分だけが生き残った地獄のような四日間。
その中で苦楽を共にした『カイ』は、彼女の父親であり失踪したはずのアルパだった。
十数年前の国王失踪事件。アルパは暴走したアイからカイを庇って攻撃を受け、そのまま死んだ――――はずだった。
しかし、偶然にも彼の懐に隠されていた本物のゴッドクリスタルにカイが触れ、それと同時に『アルパを助けたい』と願ってしまった。
そんな奇妙な偶然が重なり、結果として『生命』を司る輝石の力が働いてしまったのだ。
いくら神の力とは言え死んだ生命を蘇らせることは不可能らしく、そのカイの願いは『アルパの精神をカイの身体に移し替える』と言う形で叶えられることになった。その為それからあの四日間までの十年間、身体だけはカイのものだが意識と記憶がアルパの状態で過ごしていたと言うことになる。
となると必然的にアルパがゼータに話した『ゴッドクリスタルの消失』も真っ赤な嘘であり、ゼータが『カイ』にゴッドクリスタル捜索を命じたあの日の会話は互いが真面目な顔して嘘に嘘を重ねたとんだ茶番劇だったと言う訳だ。
そしてゼータの野望が潰えたあの日、アイの一撃によってアルパの精神が死に、それまでゴッドクリスタルに宿っていたカイの精神が元の身体に還ってきた。
そう、あの失踪事件の時に消えていたのはアルパの身体だけではない。カイの願いに因りカイ自身の精神も共に、アルパの持っていたゴッドクリスタルに吸収されていた。
「でもあの時は本当ギリギリだったよ。僕の精神が還ったところで、身体の方が絶命寸前だったんだから」
「それ言うのももう何回目だよ。だからあの時ちゃんと全部『回復』して、こうしてそこに偉そうに座れているんだからいい加減許せよ」
「別に怒ってるわけじゃないけどさ」
最も特筆すべきは一度記憶を失くしながらも、その全てを取り戻してアルパの精神とゼータに文字通り必殺の一撃を決めたアイだろう。
まず、『創造』とはカイではなくアルパの固有魔法である。その辺りはすでに大体想像が付くだろう。つまり固有魔法とは使う者の身体では無く、人格に宿ると言うこと。
次に、彼の娘である王女アイの、本来の固有魔法も同じく『創造』である。
二人の固有魔法が同じことについては明確な理由がある訳では無く、ただの偶然だ。
魔法を『無力化』するラムダの固有魔法に対し、双子の姉であるミュウの固有魔法、その効果の一部が『「無力化」の無力化』だったりしたことと似たようなものである。
そして何故記憶を失くしている間、アイの固有魔法が変化していたか。
そもそも人格とは何か。
もちろんその人の性格やパーソナリティだったりするのだが、それらは一体どのようにして形成されるのか。
そこで挙げられる分かり易い例が『多重人格』だ。
一般的に多重人格とは精神的負荷を回避する為に自身の感情や記憶を切り離し、その切り離した部分が成長して別の人格となり表に現れるものだと言われている。
つまり、これを言い換えれば『人格は記憶に依って形成される』と言うこと。
記憶を失くした段階でアイの人格は一度リセットされ、新たな人格として生まれ変わった。その時に彼女の固有魔法も変化したと考えられる。
そしてゼータと対峙した際、記憶を取り戻すと同時に本来の固有魔法『創造』をも取り戻した。
それに因って『カイ』の正体に気付いたアイは、彼の思惑通りに『盾』の刺を突き刺したのだった。
「なあ、アイ。でも何でお前はあの状況で僕の中身が父親だとすぐに分かったんだ?」
ソファにくつろいだまま、アイの方を見もせずにカイは訊く。
「それだよ」
「?」
「その呼び方と態度」
記憶を取り戻す前のアイが初めて外の世界を目の当たりにした時、商業都市エリアスで二人はこんな言葉を交わしていた。
『あと、その「アイちゃん」って呼び方もやめろ。幾つだと思ってんだ。呼ばれたこっちが恥ずかしい』
『いいじゃんそれくらい。それに十年前と同じ呼び方をしていた方が、アイちゃんも何か思い出せるかもしれないでしょ?』
『十年前と同じ呼び方』。しかし十年前、アルパが健全だった時代、カイは彼女のことを『アイちゃん』などとは呼ばずに呼び捨てにしていた。
逆に、当時『アイちゃん』と呼んだのは父親であるアルパその人のみ。
彼は最初からアイにヒントを与え続けていた。
「それにしたってだよ。ようやく再会できた父親を自分の手で殺めるなんて判断、普通出来ないでしょ。ミュウの時でさえあれほど躊躇っていたのに」
あ、別に責めている訳じゃないよ、とカイは続けた。
ゴッドクリスタルに封じられていたカイの精神だが、意識自体が途絶えていた訳ではなく外で起きていたことは大体把握している。
むしろアルパと行動を共にしていた分、アイよりもあの四日間で起きたことについては詳しいくらいだ。
「あいつの時はまだ迷えただけ余地があって、幸せだったってことだよ。私も、あいつも」
ミュウの時だってアルパは『ミュウを爆破するしかない』とは言っていたが、それでも『ミュウを生き延びさせる』と言う選択が出来ないでもなかった。
だがアルパの時はどう足掻いたって彼が生き延びることは出来なかったことくらい、あの時のアイにも分かっていた。もちろんアイ自身冷静に考えられる余裕は無く、ほとんど無我夢中でやった部分もあった訳だが。
「つまり『あんな奴に父親を殺されるくらいなら自分が』ってこと?」
「確かにそれも無かった訳じゃなかったが、それ抜きにしたってあの時はやっぱりあの選択以外無かったと思う……っていかにも私が自分で考えて殺したみたいになってるけど、最後の最後まで全部あいつのシナリオ通りだったんだよ」
むかつくことにな。
アイは吐き捨てる。
「お前も見ていたなら分かるだろ。魔法を使って闘う奴の弱点というか、法則みたいなもの」
「法則?」
朱の国でのアイ。
蒼の国でのラムダ、ミュウ。
琥珀の国でのガンマ。
アルテミシア戦場跡での女剣士、ラムダ。
そして朱の国でのゼータ。
「全員、『正面からの奇襲』に弱かった」
ゼータの使ってきた魔法を召喚獣と同じ物だと考えた場合、見える場所からの攻撃は召喚者からの命令、又は召喚獣の行う『最善』によって阻止されてしまう。
阻止だけならまだ良い。
だがあの召喚獣は朱の国に居た魔人全員の魔力を内包していた。
つまり、決定打を与える為には召喚者と召喚獣、両方の死角から攻撃する必要があった。
「でも生憎にもあの場は見通しが良く、隠れる場所の無いグラウンド」
「だからあの時点で二人の死角は、お前の背後のみだった」
不幸中の幸いにもゼータはアイを全く脅威だと思っていなかった。
実際、あの場でカイが自分の父親だと気付かなければ戦意喪失したまま殺されていただろう。
『でもお前、かなり危ない橋渡ってるからな。結果全部お前の思惑通りになったから良かったものの、何時か身を滅ぼすぞ』
彼は最後まで危ない橋を渡り続け、結果思惑通りに身を滅ぼした。
アイがあの場でカイごとゼータにトドメを刺すことを決心した以上に、彼は彼自身にシビアだった。
「……本当、最後まで何考えてるか分からない奴」
アイは誰にも聞こえないような声で呟き、話題を変える。
「そう言えば何であいつはゴッドクリスタルを隠し持っていたんだ? お前と入れ換わってからはお前の精神を護る為――――ってのは大体想像付くが、それ以前から嘘を吐いていた訳だよな?」
「うーん、こればかりは本人が居なくなった今、はっきりとしたことは分からないけど……もしかしたらあの時から弟の不安定さに気付いていたんじゃないか? 自分に力が無いことをコンプレックスに思っていて、その上ゴッドクリスタルには人間でも魔法が使えるようになる力があったんだろ? だから間違ってゼータ様が力を手にし、暴走しないように隠していた……。うん、多分そうだ。だって昔、アルパ様がシータ様にこっそり言っていたことを偶然聞いてしまったことがある」
――――もし私や周りの誰かに何かがあって、ゼータにも危険が及んでしまった時。どうかあいつを護ってやって欲しい。
それを聞いて、アイは「救われない話だな」と言った。
「最後の最後まで、身を挺してあいつを護って、それで生命を落としたあの瞬間まで、母さんにはあの男のこと眼中に無かったってことだろ?」
「結果的にそう見えてしまうだけで『実は以前からゼータ様に対して冷たい対応をしていたことを気に病んでいて、あの自己犠牲はその罪悪感の顕れ』とも取れなくはないけど、それも確かめようが無いんじゃ、やっぱり救われないことには変わらない、か」
「…………」
アイが黙っていると、外から扉を叩く音が聞こえてきた。
「入れ」
「はっ、失礼します!」
この城に仕える兵の一人が入ってきた。
「女王陛下、魔具の設置が完了致しました!」
「御苦労、下がれ」
「はっ!」
兵が完全に部屋を後にしたのを確認すると、
「はあ、もうそんな時間か。少し話し込みすぎたみたいだな」
と自分の左手首に巻かれた時計を見た。
「まだ付けてるんだ、それ」
カイはそんな様子のアイに声を掛ける。
「ああ。四日間とは言え、あんな形とは言え、それでも確かに私の隣に父さんが居た唯一の証だからな」
そう言ってアイは自分の腕に装着されている『方位磁針付き腕時計』を軽く指で弾く。
あの四日間から数年。世界は大きく変わったようにアイは思う。
アイとカイの二人は琥珀の国を傘下に収めた蒼の国の協力を得て、『超魔法』と『召喚獣』の力で翠の国を占領した。
こんな風に言うと簡単そうに聞こえるかも知れないが、二つの国の力を以ってしても完全に手中に収めるまで二年を要し、これもやはり多くの犠牲を支払った。
それでも無事世界を一つに纏め上げ、連合王国『藍』としてその頂点にアイが君臨することで、第二次魔法大戦は幕を閉じた。
だが、これは結局最初にゼータがカイの姿のアルパに提案したことであり、ガンマがやろうとしたことであり、アルパが危惧していた力で力を押さえつける『バネ』の状態に他ならない。
放っておけばいずれ大きな争いが巻き起こるだろう。
だから、その前に『力』を消す。
アイとカイはその後の数年で翠の国の基礎魔法『武器強化』を解析し、遠隔で魔法を行使する為の道具『魔具』を造り出した。
簡単に言えば琥珀の国で使われていたクリスタルの延長ケーブルを武器に応用したような物なのだが。
それを使えば、女神の言っていた魔法を消し去る条件である『四つのクリスタルを同時に破壊する』ことも可能だろう。
たった今、蒼の国、琥珀の国、翠の国のクリスタルにそれぞれ魔具が設置された。
あとはアイ自らが無人の朱の国に出向き、魔具を発動させて四つのクリスタルを破壊するのみ。
「本当にアイ一人でいいのか? クリスタルを壊すことで、この世界から魔法を消し去ることで、何が起こるのか。正確なところは一切分からないんだろ?」
カイは心配そうに訊く。
「分からないからこそ一人で行くんだよ。それでもし私の身に何かあった時、この巨大な王国を一体誰が纏めるって言うんだ。大丈夫、ふざけた死にたがりの知り合いと軽く会って話をしてくるだけだから」
「アイがそう言うならこれ以上言葉を挟む気も無いけどさ。……気を付けて」
「はいはい――――じゃあ、行ってくる」
言葉こそ軽いそれだったが、アイの顔には不安と緊張、恐怖、そして希望が見て取れた。
やっと、今度こそ終わる。
父親が生命を落としてまで為し得なかったことを、自分が代わりに果たす時が来た。
待ってて、父さん。
そう呟き、アイは部屋の扉を開けた。
2
数十分後、世界は滅びた。




