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Imaginary Solution  作者: 瀬名隼人
第四章 少女の過去
28/31

朱の国 王都レギニータ、再び。 2

3-4

 三年後、魔法歴一四八年。


 アルパと王女シータは結婚した。


 シータのもう一つの想いとは、アルパへの恋心。


 ゼータが彼女に一目惚れしたように、シータはアルパ対し一目惚れしていた。


 年子である二人には外見に大きな差異は無い。むしろゼータの方が城に仕えるメイドや街の女性から人気があったくらいである。それ故、ただ外見だけの一目惚れならいくらでも逆転することは出来た筈だ。


 もちろん、この三年の間に何回もシータに突撃した。


 しかしその度に振られた。


 シータは別にゼータのことを嫌っていた訳では無い。アルパまでとはいかないまでも、彼のことも好意的に見てはいたのだ。


 だからもし彼が振られ続けたことに一つだけ明確な理由を付けるのなら、シータの『一度決めたことを意地でも貫き通す』頑固とも言える性格に因るものだろう。


 だが、ゼータはそうとは捉えなかった。


 彼はアルパと自分との違いを、差を、『魔人であるか否か』であると捉えてしまった。


 結局魔法なのか。


 結局力なのか。


 結局、護ることの出来る者が上に立つのか。


 この時代に飛ばされる直前、あの時と同じ。


 果敢に大勢の軍人に立ち向かったアルパに対し、自分は何も出来なかった。


 ゼータはあの時から、そのことをずっとコンプレックスに思っていた。


 そして、壊れかけていた精神がアルパとシータの結婚を祝う鐘の音と共に、大きな音を立てて崩れ落ちた。



3-5

 翌年、魔法歴一四九年。


 国王となったアルパと王妃シータの間に王女アイが生まれる。


 しかし、その場に国王補佐官ゼータは居合わせなかった。


 彼は二人が結婚した直後に、国の優秀な研究員数名を連れて研究所に閉じ籠ってしまった。たまに城に顔を出してはアイの簡単な遊び相手にはなっていたが、一体何について研究しているのかはその後六年間明らかになることは無かった。


 そして六年後、魔法歴一五五年。


 アイも六歳になり、勉強と共に遊びを覚え始めたのだが、その相手が居ない。


 ゼータは稀に顔を出してはいたが、その頻度も回を追うごとに低くなっていた。


 アルパとシータの間にはアイの他に子供を授かることは無く、唯一の跡継ぎを何時冷戦が終わるかも分からない状態の外の世界に出すことは些かならず不安が残る。


 そこで二人が取った手段が、街の孤児院から一人、養子に迎えることだった。


 そして選ばれたのがカイだ。


 本来はアイと同じ女の子が好ましかったのかもしれないが、彼女と同世代の子供がカイの他に居なかった。


 幸い二人はすぐに意気投合し、目立った喧嘩もせず平和に過ごしていた。


 あわよくばこのままカイが国王として成長することを望んでいた二人だったが、その平和は長くは続かなかった。


 研究所から出て来たゼータがその手に持っていたのは一つの輝石。


 ゴッドクリスタルのコピー、その試作品だった。



3-6

 護る力の持つ者が上に立つ。


 それなら、アルパよりも大きな力を持てばシータも自分に振り向いてくれるに違いない。


 その想いだけを支えに、ゼータは独自にゴッドクリスタルを人の力で生み出そうとした。


 もちろんたった六年だけで時間や空間、果てには生命までもを思いのままにできる筈が無い。その試作品は魔力を増幅させる力しか持っていないが、それでもあの輝石の力の一部を再現することは出来た。今後も改良を加え、いずれは本物と遜色ないゴッドクリスタルを造ることを目標にはしているが、今のままでも彼女を驚かすことくらいは、視界に自分を入れさせることくらいは出来る筈だ。


 そう思い久方ぶりに城に戻ったが、連日の徹夜の疲れや試作品完成に因る気持ちの緩みが災いし、不用心にも試作品を自室の机の上に置いたまま寝入ってしまった。


 そして、タイミング悪くそこに現れたのがカイとのかくれんぼの最中、隠れ場所を探しに訪れたアイだった。



 机の上に見知らぬ光り輝く石がある。



 年端も行かぬ子供なら触ってしまっても仕方の無いことだろう。



 仕方の無く、取り返しのつかないことになった。



 それはあくまでも試作品。実験も魔法のコントールが出来る大人の魔人である研究員でしか行っていない。


 異変に気付いてゼータが跳び起きた時にはもう遅い。



 アイは、力を暴走させていた。



 傍には偶然近くを通りかかったのだろう、アルパがアイを止めようと躍起になっている。


 しかしアイの勢いを抑え切れないまま、騒ぎを聞き付けたカイ、そしてシータがゼータの自室に集まった。


 結果として、アイの暴走は時間の経過に因って収まった。


 とても多くの犠牲を支払って。



 まず、真っ先にアイの暴走を止めようとしたアルパ。



 彼は遅れて部屋に駆け付けたカイを庇おうとして、アイの攻撃を受けてしまう。



 次にシータ。



 彼女は驚くべきことに、その身を挺してゼータを護ったのだ。そしてアルパと同じくアイの攻撃を受け、その生命を落とした。



 最後にアイの記憶。



 暴走が収まり、目を覚ました彼女からは一連の事件はおろか生まれてからこの瞬間までの、六年間の記憶を失くしていた。


 最終的に残ったものは、ゼータと、カイと、空っぽになったアイと、そして失敗作のゴッドクリスタル。


 このことが明るみになれば最悪アイに何らかの形で被害が及んでしまうかもしれない。そう判断したゼータは一連の事件を隠蔽し、アルパは失踪、シータは城に侵入した不審者によって殺されたと言う形にし、事件の当事者のアイ、そしてカイの二人をアルパの管理していた、常に目の届き警備の厳重で安全な魔法軍学校へと入学させた。


 アルパを『失踪』としたことには事件の隠蔽の他にもう一つ理由があった。


 否、このことだけは隠蔽の為の嘘ではなく紛れも無い真実だ。


 カイを庇って攻撃を受けた後、彼の身体は何故か跡形も無く消えてしまった。


 確かに城とクリスタルは隣接していたが『生命のリサイクル』が行われるほど距離が近かった訳でも無い。それに『生命のリサイクル』が行われるならシータの死体も共に消えている筈だ。


 結局ゴッドクリスタルの試作品が生み出した副作用と言うことで無理矢理納得したゼータだったが、あれから十年経った今でもはっきりとしたことは分かっていない。


 そしてそのことさえ『それより』と片付けられる程度にはシータの最期は彼の崩壊した精神により深い傷を負わせた。



 どうして、彼女は自分を庇って死んでいったのか……?



4

「私はアルパが死んだとは思っていない。死んだと確認する前に消えてしまったし、あいつはあの程度で簡単に死ぬような奴ではない。だから私はあいつのはっきりとした生死が分かるまで、お主には黙っていようと思っておったのだ」


 ゼータは最後にそう説明したが、もはやアイにその言葉は聞こえていない。


「私、が……自分の両親を……殺した……?」

「アイちゃん、落ち着いて!」


 わなわなと震えるアイに、カイの声は届かない。


 そして彼女に変化が訪れる。


「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……………………!!!!」

「アイ……ちゃん?」

「――――思い、出した」

「!!」

「やっぱり、私が悪いんだ。あの時、あの石さえ迂闊に触らなければ……!」


 そのまま頭を抱えて地面に座り込んでしまうアイ。


 完全に心を閉ざしてしまった。


「……弱い奴め」


 そんな彼女を見て、酷にもゼータはそう吐き捨てた。


「ゼータ様、貴方も一体どうなされたのですか? 先ほどから明らかに様子がおかしいです」


 アイへの呼び掛けを諦め、ゼータと対峙する。


「どうなったかって? 私がどうにかしているのはもう十年も前からだよ。私はシータが死んでも尚諦め切ることが出来なかった。だから、今度こそ『生命』を司るゴッドクリスタルを造ってみせたのだよ。意外にもアルパの失踪がヒントになってな……こうしてシータをこの世に呼び寄せることに成功したよ」

「生命を……王の失踪がヒントに、…………! まさか貴方――――」


 カイは全てに気付き、憤怒の形相を浮かべる。


 それは普段からへらへらと笑う彼からは全く想像も付かないような表情だったが、それを絶望に打ちひしがれたアイは気付かない。



「――――この国の、朱の国の人全員を、ゴッドクリスタルに変えたな!?」



「ふふ、さすがは軍学校一の優等生。頭の回転が速い。でも失敗したよ、これはシータじゃない。私の言うことには何でも従うが、自分の意志を持ち合わせていない。スティグマから聞いたぞ。これを琥珀の国じゃ『召喚獣』と言うのだろう?」

「一緒にするな!!!!」

「そう激昂するでないぞ、カイよ。お前達の不在のタイミングでこの実験をしたのには訳がある」


 そう言ってゼータが右腕を横に広げると、シータはその姿を変え――――


「それは……僕!?」


 カイと全く同じ姿になった。


「召喚獣『コピーロイド』……機械的な要素は無いから『コピーマジシャン』、いや『コピーウィザード』と言った方が正しいかな?」


 まあ呼び名なんて何だっていいのだがな。


 不敵に笑うゼータ。


「なんせこの国中の魔人、人間を餌にしているのだ。誰にだって成れるし、何人にだって増やせる」

「餌……だと? ふざけるなよ、お前……!!」


 カイは両手に盾を構え、ゼータに跳び掛かる。


「遂に礼儀まで忘れてしまったか。そんなやつには――――」


 ゼータは横に伸ばした腕を正面に構え、言い放つ。


「――――お仕置きだ」


 カイは空中でバランスを崩して勢い良く地面に顔を打ちつける。


 それが、右腕を肩から『盾』に依って切断されたからと気付くまでに数秒掛かった。


「……………………!!」

「驚きで痛みすら感じぬか。言ったであろう、この国中の魔人を餌にしていると」


 つまり、目の前に佇む『カイ』の中には、国中の魔人分の魔力が込められている。


 いくら優秀と言えど、一人分の魔力しか持たないカイなど敵では無いと言うことだろう。


「なら次は、もっと分かり易く、ゆっくりと痛みを味わわせてやろう」


 地面に倒れるカイの左肩に、盾が『嵌め込まれる』。


「……! やめ――――」

「ブレイク」


 すとん、とまるで包丁で豆腐を切るかのように軽い音を立てて、カイの左腕がその体から離れる。


「ぐっ、があああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ふはあはははははは! 惨めだなあ、カイよ」


 ゼータは激痛にのたうち回るカイの傍まで近づき、右手で乱暴に首を引っ掴み持ち上げる。


「がはっ、はあ……っ」

「どうだ、苦しいだろう。どうだ、悔しいだろう。どうだ、虚しいだろう。これが、これこそが……私の味わった屈辱だ」

「どうして……僕、に……」


 首を絞められ切れ切れになりながらも、カイは言葉を吐く。


「『どうして僕に』? 自惚れるな。お前単体にそんな価値など無い。誰だって良いのだよ。とにかく、私は誰かに私と同じ思いをさせなければ気が済まぬのだ」

「そう、か……良かった……」

「は?」


 痛みのあまり気でも狂ったか、とゼータは次にアイに言葉を投げ掛ける。


「先ほど言った通り、このゴッドクリスタルも失敗だ。だが、それは使用者である私が力の持たない人間だからやも知れぬ。どうだ、アイよ。自分の罪を償う気は無いか? 何、召喚獣と何ら変わらぬよ。ただ『母親よ、出でよ』と念じるだけで良い」

「だめだ……言うことを、聞くな……」

「お主は黙っておれ」


 ゼータの腕に力が加わる。


「がはっ……」

「どうだ、アイよ」


 しかし、アイは座り込んだまま返事をしない。目も虚ろであり、何処にも焦点を合わせていない。


「ちっ、どいつもこいつも……。まあ良い、次は蒼の国の民を全員餌にして再挑戦といくか。そう言う訳で、お主等はもう用済み――――」

「……せ」


 トドメを刺そうとしたゼータだったが、カイの漏らした言葉に手の力を若干緩める。


「今、何と?」

「僕を……殺せ」


 その一言に思わず目を丸くするゼータ。遂には吹き出し、


「ふふ、そうかそうか。いやあすまんかったな。お主がそんなに苦しんでおるとは、つい意地悪が過ぎたか。安心しろ、すぐに楽に――――」

「お前じゃ……ない」

「?」


 肺に残った僅かな酸素を全て使う勢いで、カイは、


「自惚れるな。お前単体にそんな価値など――――無い!!」


 ゼータの顔から笑みが消え、再び冷酷な表情になる。


「……何を考えておる? 言っておくが、お主が魔法で私に傷一つ付けるまでの間に『カイ』はお主を百回は殺すぞ」


 そう言うとカイの首に盾が嵌め込まれる。


「そう、だろうね……それに、もう血を流し過ぎたみたいだ。頭がまともに働いちゃくれない…………」


 いくら魔法を使うのに体力を消費しないとは言え、この状態ではもはや何もされなくたってゼータに傷を付けることは出来ないだろう。


 まさに絶体絶命。


「だから、もう殺してくれ……アイちゃん……!」

「本当に頭が働いていないようだな……何を言ったところであやつには何も聞こえやしないと言うのに。もう良い、私もいい加減飽きた。さっさと死――――」


 ゼータはその瞬間を見逃していた。


 カイの最後の呼び掛けに、アイの身体がぴくりと反応していたその瞬間を。


 ゼータがその言葉を最後まで言うことは無かった。


 その胸部を、『回復の盾で出来た刺』が貫いていたから。


 そして、その刺はカイの背後、アイの手元から彼の身体を貫く形で伸びていた。


「どういう……ことだ……?」


 口の端から血を流しながら、ゼータは驚きに満ちた表情を浮かべる。


「さすが、僕の愛したシータの子だ……『一度決めたことを意地でも貫き通す』、頑固な性格は変わらないね…………」



『精々背中を刺されないよう気を付けるんだな』



 確か、そんなことを言っていたか。


「お主、まさか――――」


 ゼータはやはり、その言葉を言い切る前に事切れた。



5

 どれくらい時間が経っただろうか。


 アイは、地面に倒れている二人分の死体の傍に立っていた。


「――――結局求めていた物は全部、最初からずっと隣に在ったのかよ……」


 その言葉に返事をする者は居ない。


 このグラウンドにも、軍学校にも、朱の国にも、居ない。


「どうして……一体どうして…………!」


 その頬には涙が伝う。


 こんなこと、こんなことって……!


「ざまあ……ねえな……」


 その一言は果たして、無様にくたばっている馬鹿親父に対して放たれた言葉か。


 それとも、そんな父親の馬鹿娘である自分自身に放たれた言葉か。



 アイは、自身の魔法によって粉々に砕かれた本物のゴッドクリスタルを握り締めていた。

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