第二章その2
終業式の日、明日から夏休みだが正直学校を休みたい気分だった。もし、クラスメイトたちとLINEしてたらたちまち誹謗中傷のメッセージが四六時中送られ、ネットリンチされてたのかもしれない。
涼の家はJR川尻駅の近くで、電車通学してる。川尻駅で鹿児島本線に乗って熊本駅で豊肥本線に乗り換え、新水前寺駅で降りる、梅雨明けした夏は死ぬほど暑くて市電で楽しようかと思うが、財布の中を無駄にするわけにはいかない。
結局歩いて細高に行き、校門を通って昇降口を通った辺りから視線や舌打ちが聞えるような気がする。
自意識過剰と言われても文句言えないが、そんな気がしてた時だった。
隣のクラスにいる坊主頭が少し伸びた野球部の生徒が、自分からぶつかってきた。
「おい、いてぇじゃねえかよ」
「あっ……ご、ごめんなさい!」
「ごめんなさいじゃねぇだろ、お前……昨日見たぜ、どうやって草原を落としたか知らんが調子に乗るなよ、お前……身の程をわきまえろ」
胸倉を掴まれ、そいつのねっとり絡みつくような言葉で心臓に極めて強い刺激が与えられたかのように、吐き気が込み上げ、全身から冷汗が噴き出てガタガタと全身を震えさせる。
「おいおいビビッてんじゃねえぞ、そんな奴一捻りでやっつけてみろよ」
「そんなんで草原守れると思ってんのか?」
男子生徒の誰かが見ていて楽しんでるらしい。周囲を見回すと悪意に満ちたニヤけ顔に、これから涼がボコボコにされるのを楽しみにしてた。と言わんばかりにワクワクしてるような奴までいた。
「おい、なんとか言ってみろよ男だろ!」
野球部の男子生徒は口答えしたら殴り飛ばすつもりなのか、左手をグーで殴る準備をしていた。
「やめなよ、みっともない嫉妬でいじめるのは」
女子生徒のハッキリと通る声に、男子生徒たちの視線は一斉に登校してきた葵に集まると、野球部の男子生徒は慌てて手を放した。
「い、いやいやいやいや草原さん違うんですよ! こいつが勝手に――」
「言い訳しなくていいわ! 私がちゃんと見てたわ。ふんっ! 本当、これだから男は嫌いなのよ!」
全てを見ていた睦美は教室から出て、凛とした声で言い放つと、名指しで非難する。
「岩崎君、調子に乗るなって言ったのハッキリ聞いたわ。それ、いじめっこが言いがかりをつける時に言う決まり文句よ! あなた、野球部でレギュラー入りした一年生の子をいじめてるでしょ? 先輩にはいい顔して、後輩には威張り散らしてるのも!」
「そそそそ、そんなことないですよ! 頼むから先輩には言わないで!」
「そうして欲しかったら、今後二度と米島君に言い掛かりをつけないように、見ているあなたたちもよ!」
睦美は周囲にいる男子生徒たちにも言い放つと、岩崎と言う男子生徒は悔しそうに睨みながら引き下がると、全身の力が抜けてその場で両膝着き、葵はすぐに駆けつける。
「涼君、大丈夫!」
「草原さん……ごめん、僕……僕……」
無様な姿を晒してしまい、恥かしいというよりは申し訳ない気持ちだ。すると、気だるげに登校してきた大地の目の色が変わり、慌てて動揺した口調で駆け寄った。
「涼! どうした! おい、大丈夫か!!」
「大地、おはよう……」
「どうした? お前顔が青いぞ」
「大丈夫、大丈夫だから……」
涼は大地たちを気遣って教室に入ると、間もなく美紀も登校してきた。
「ちょっと涼! どうしたの! 朝から顔青いよ!」
「木崎さん、土屋君も聞いて、朝学校に来たら――」
葵は涼に起きたことを全て話した。
「酷い!! 自分に彼女ができないからって言い掛かりつけるなんて最低!!」
美紀は憤りをストレートに露し、大地も表情はいつものように無愛想な無表情だが静かに憤ってるようだ。
「ああ……人はいつから、人の幸せを妬むようになったんだ?」
そんなの簡単だ、涼はもうどうにでもなれと言いたい放題言う。
「ははははは、僕みたいにスクールカーストの下位の人間が、可愛い彼女作っちゃ上位の人間に目をつけられて……いじめられて当然さ」
感情的な美紀を怒らせるには十分だった。
「何馬鹿なこと言ってるのよ涼! そんな卑屈だからいじめられるのよ!」
「待て、美紀……涼、こいつの言うことは正しい……だが、昨日草原が言ってたようにお前が何をしようが、それはお前の勝手だ。それに、明日から夏休みだ……あいつらの目や手の届かないところに行こう、五人で!」
大地の目は真剣そのもので、あまり見たことのない眼差しだった。やっぱり大地と美紀は本気で自分のことを心配してる。それなら彼らに報いることをしないといけない、と涼は力なく肯いた。
終業式が終わって帰りのホームルームになり、その頃になると涼はなんとか落ち着きを取り戻し、玲子先生の和気藹々とした雰囲気で話す。
「それじゃあ明日から夏休みだけど、勉強はしっかりやるように! くれぐれもハメを外したりしないように、恋愛するなとは言わないけど……くれぐれも不純異性交遊は慎むように!」
「はい、玲子先生! それは僻みですか?」
美紀が言うとクラスメイトたちから笑い声がこぼれる。
「うーんそうね、少なくとも羨ましいとは思うね。学生の時に恋愛したり、何か夢中になることしてなかったら後悔することは確かよ。だから夏休み、楽しんでらっしゃい!」
玲子先生が苦笑しながら言うと、ロングホームルームは終わっていよいよ明日から夏休みだと席を立ち、教室前の廊下で睦美と合流すると早速葵は提案する。
「それじゃあみんなで何か食べよう! あたしはモスバーグ行きたい」
「ええあたしはマクミラン・バーガーがいいわ」
美紀も言うと、涼も食べたいのはファーストフードだった。
「僕はハスコック・フライドチキンかな?」
「ファーストフードは栄養が偏る、俺は定食屋に行きたい」
大地は和食派で特に毎日ご飯と味噌汁を食べないと気がすまないという。
「それなら、私がとっておきの美味しいお店……教えるから、ついてきて!」
纏まらない意見に、睦美は有無を言わせないという口調で言った。とっておきのお店ならと睦美を先頭に涼たちはついて行った。
ついて行った先は制服姿の学生で賑わう市内繁華街の下通から外れた場所で、銀座通りにある、ホテル入り口横にある紅茶専門の喫茶店だ。
「このホットサンド美味しい!」
葵は幸せそうにホットサンドを頬張り、涼も美味いとホットサンドを食べながらアイスティーを飲む。
「うん、美味い」
「たまにはこういうお店もいいよね、なんか大人って感じがして」
美紀はリラックスした様子でアイスティーを飲み、大地はダージリンを飲んでいる。
「ああ、よく見つけたな花崎」
「ええ、ここならゆったり落ち着いて過ごせるからね」
睦美は少し自慢げに微笑む、一段落したところで葵は話しを切り出した。
「それじゃあそろそろあの話しをしようか、エーデルワイス団の」
大地は肯いてみんなに言う。
「ああ、綾瀬先生はエーデルワイス団とは少なくとも友好的ではなかった……それに当時を知る先生たちに記録を探してると知られれば妨害されるか、先に奪われて処分される可能性もある」
「つまり、先生たちには知られないようにお宝を探し出すというわけね」
美紀は珍しくと言っては失礼だが、真剣な表情になる。
「ねぇ……その記録って代々受け継がれてきたんだよね? ということは見つけたらまた戻さないといけないんじゃない?」
涼が恐る恐る言うと、みんなの視線が集中する。
「あ、ごめん……何か不味いこと言った?」
「ううん、涼君の言う通りよ。あたしたちがエーデルワイス団の記録を見つけたら、いずれは元の場所に戻しさないと……あたしたちが断ち切ることになっちゃうわ」
葵の言う通り責任重大だ、大人たちに知られれば容赦なく捨てられてしまうのかもしれない。睦美は腕を組んで考えながら美紀に訊いた。
「でも、問題はどこに隠したかよ。木崎さん、何かその先輩言ってなかった?」
「ううん……記録の中身は沢山の写真とMDとか言うのと、それから記録したノートだって……ノートには最初のエーデルワイス団が卒業した一年後に新しい記録ができていて、一年から三年おきに写真やメッセージとかが書かれてたって……つまり、あたしたちにしかわからないヒントが隠されてるんだと思う」
「だとしたらどこかにヒントが隠されてる……もし僕が卒業生だったら、どこにヒントを隠す?」
涼はもし自分が先生に内緒で後輩にヒントを残すとしたら? エーデルワイス団は卒業アルバムに残ってるのだろうか。待てよ、エーデルワイス……花ならどこかで見たことがるある……思い出せ……確か、花の絵画。
「そうだ、美術室の廊下に飾ってある花の絵!」
涼が閃くと、睦美もパン! と手を叩いた。
「そうよ! 花の絵よ。エーデルワイスは花の一種だから花の絵にヒントを隠してもおかしくないわ!」
そして涼はもう一つ、確率は低いことを承知のうえで言った。
「もう一つ、卒業アルバムにヒントを隠してるかもしれない……卒業式の後に仲のいい後輩に見せてヒントを残せば……あるかもしれない」
「なるほど、お前の兄貴も……細高だったな」
大地の言葉で涼の胸にズンと圧し掛かった。