第二章その3
兄である米島隼人は卒業後に不審な死を遂げた、事故死とも言えるし自殺とも言えるような死だ。
「うん、兄さんが残した卒業アルバム……家にあると思う……それを見てみよう」
涼はなんとか湧き上がる「何か」を抑えながら肯くと、大地は見回して言った。
「よし、二手に別れよう。一方は学校に戻って花の絵を調べ、ヒントや手がかりを探す。もう一方は涼の家に行って兄貴の卒業アルバムを調べる!」
名案だ。何かあればスマホで連絡を取り、場合によっては撮影して画像をやり取り等して情報交換もできる。
「涼、俺は学校に行く。美紀と花崎は俺と来てくれ、頭のいい奴が必要だ」
「私は反対するわ! 葵の傍にいないと彼が何をするかわからないわ!」
睦美はキッとした眼差しで大地を睨みつける、今朝多くの男子生徒を萎縮させたあの眼差しだが大地は物怖じしない。
「別に構わないが……汚い野郎の部屋に踏みこむことになるぞ」
それで睦美の表情は固まって、更に美紀が追い討ちをかける。
「そうそう、涼の部屋……結構散らかってるからね。女の子には見られたくない物や見たくない物がそこらじゅうに転がってるかもよ」
「あたしは大丈夫だよ、むしろ涼君はどんなのが好きなのかなってね?」
葵はニヤニヤしながら涼を見つめる、睦美は青褪めながら涼を冷ややかな目で見る。
「なんで僕を見るんだよ、部屋は片付いてるから!」
「そうかな? じゃああたしは涼君と行くわ、親御さんにも挨拶しなきゃね! 睦美も一緒に行く? 大嫌いな男の子のおうちに、決めるなら今決めてね。睦美は優柔不断な男は嫌いって言ってたし」
葵はニヤニヤしながら睦美に決断を迫ると、眉を顰めて決断した。
「わかったわ。米島君、不本意だけど彼氏として頼むわ」
「ああ、そちらこそ……大地と木崎さんをよろしくお願いします」
「葵に破廉恥な真似したら、あなたの人生を滅茶苦茶にするからね!」
そんなに草原さんが大事なんだ。男嫌いということはもしかして……いや、そんなわけない。それからランチを食べ終えると、銀座通りから下通アーケードの交差点で一度解散した。
熊本市電に乗り、涼は何を話そうかと思ってると葵の方から話しかける。
「やっと二人っきりになれたね、涼君」
「う、うん……草原さんは、どうして僕を選んだの?」
「そうね、まず最初に君を見た時にあっ、この人……どこかで会ったことあるって思ったの……それでね、話していくうちに間違いない、この人だって確信したの」
涼は高校入学以前の記憶はない、それでも葵は上目遣いで見つめた。
「ねぇ……あたしのこと……覚えてる?」
唇の動き一つ一つが艶かしくて、思わず性を意識してしまいそうだった。軽い感じの男だったら、嘘でも覚えてると言ってしまいそうになるが、嘘を吐くわけにはいかない。
「うん、僕は……高校入学以前の記憶がないんだ」
「そうか、でも……覚えてないならさぁ、また新しく描いていけばいいよ」
新しく描く、涼の胸に突き刺さる言葉だった。高校入学してからは積極的に誰かと交わろうとせず、怠惰で退屈な日々を送っていた。彼女なら……導いてくれるかもしれない。
「草原さん……こんな弱い僕が……彼氏でいいの?」
「ふふふっ……木崎さんや土谷君の言ってた通り、すぐ卑屈なこと言うわね。いいんだよ、これから一緒に強くなっていけばいいよ……あたしも……弱い子だから」
葵の微笑みは儚げで悲しげで、それでいて澄み切った笑顔だった。
その頃大地たちは一足早く細高に到着すると、平静を装いながら美術部前廊下の壁にかけてある花の絵――さすがにエーデルワイスではなく薔薇と百合の絵だったが、大地は周囲を見回す。ここは三階で窓の外には向かいの校舎もない。
幸い出払ってるのか美術部の人もおらず、鍵もかかってない。
「美紀、花崎、見張っててくれ……俺が外す」
美紀と睦美は肯くと、周囲を警戒する。大地はその間に埃かぶった絵を外して裏側を覗くと何もない。
「何もない、外した方がいいな」
大地は美術室に入って、絵を裏返しにして置くと裏板を外すが何もない。
「何もない、何もないぞ!」
「その板の裏は? 何かあるわ!」
美紀が指摘してひっくり返すと、どんぴしゃだ! 透明なテープで覆われた紙にメッセージが書かれていた。
『この学校のどこかにあるエーデルワイスの本を探し、次世代のために残せ』
大地はスマホで写真を撮って保存すると、すぐに絵を元の場所に戻す。大地はメッセージに残された意味を考える。
「この学校のどこかにあるエーデルワイスの本……次世代のために?」
「学校中を手当たり次第探してたら、怪しまれるわ……どこか手がかりがありそうな場所を絞らないと……本っていうから……図書室にあるのかも、あと資料室」
さすが美紀だ、こういう時になると頭の回転が非常に速い。すぐに図書室に向かって入ると幸い生徒の数はそんなにいないが、注意しないと怪しまれる可能性もある。だがこれほど大量の本を一冊ずつ調べるとなると、日付が変わってしまう。
他に何か手がかりはないか? 大地が見回すと、カウンターにある一台のパソコンが目に入った。すぐに図書委員の女子生徒に訊いた。
「もしかして、すいません! これで本を探すことできます?」
「はい、どうぞ。使い方わかります?」
図書委員の女子生徒はにこやかな笑顔で言うと、睦美が礼を言う。
「ありがとうございます、ちょっとお借りします!」
大地はすぐにパソコンのマウスを握って動かすとスリープ状態から復帰させ、図書委員が使ってる管理ソフトをクリックして立ち上げ『エーデルワイス』で検索した。
検索の結果は四〇冊以上あり、骨の折れる作業になりそうだと大地が顰めるが、美紀はあることに気付いた。
「ねぇねぇ、学校が購入した日はバラバラだけど……寄贈された本は全部同じ日よ」
「ちょっとこれで絞ってみよう」
大地は『寄贈』で絞り込むと四冊の本が出てきた。
『さよならおじさんが愛した映画集』
『アカデミー賞年鑑』
『マリア・フォン・トラップの生涯』
『ナチス・ドイツと戦った青少年たち』
この四冊を検索すると本棚の場所が見事にバラバラで、睦美が推理する。
「さよならおじさん……淀川長治のことね?」
「淀川長治? 聞いたことないな、有名人?」
大地が訊くと睦美は肯く。
「ええ、一九九八年に亡くなった人でお父さんが彼の大ファンなの、二〇世紀最高の映画解説者で凄い人だったって。アカデミー賞年鑑……マリア・フォン・トラップ……ミュージカル映画、サウンド・オブ・ミュージックのことね。第三八回アカデミー賞で五部門受賞して、淀川さんも生前推してたし劇中にエーデルワイスの歌があるわ……ナチス・ドイツと戦った青少年たち……エーデルワイス団の元になった海賊団のことね」
美紀が言った通り「2006.01.04」の日付が縦に並び、四冊とも同じ日に寄贈されている。つまり、先輩たちはこの日以前から記録を残して、この日に暗号を残したのかもしれない。睦美は更に言った。
「日付からみて、初代エーデルワイス団は平成一八年に卒業したということね。お祖母様がまだ理事長をしていた頃よ」
「ああ、とりあえずこの四冊を見つけよう!」
大地は印刷すると、図書委員にお礼を言って捜索に取り掛かった。
一方、涼は高鳴る胸の鼓動を抑えながら家の扉を開けて小さく「ただいま」と言いながらドアを開ける、会社員の父親は留守中だが母親のスリッパがない。
「おっじゃましまーす!」
葵は何を思ったのか通るような声で挨拶すると、母親が慌てた足取りで出てきた。
「あらまあ、いらっしゃい! いつも涼がお世話になってるわ!」
「初めまして草原葵です、このたび米島涼君とお付き合いすることになりました」
ちょっと何言ってるんだよ! 草原さん! 涼は「ギョッ」とすると、母親はニヤけながらジロジロと涼を見る。
「何が言いたいんだよ母さん!」
「ええ涼……あんたもやるわねぇ、きっと隼人もびっくりして喜ぶわ!」
確かにきっと兄さんもびっくりするだろう、葵は少し気を遣った表情になる。
「あの、お兄さんの隼人さんって」
「ああ、隼人ね……さあ上がって」
母親は少し暗い顔になって葵を中に案内する。和室にある亡くなった仏壇にある隼人の遺影に、涼は葵と正座してお参りした。兄さん、今日はガールフレンド連れてきたよ。少し変わってるけど、とても可愛い子だよ。
お参りを終えると、涼はドキドキしながら葵を閉め切った蒸し暑い部屋に入れ、エアコンのスイッチを入れた。
「へぇここがここが涼君の、あっ! 凄いプレイステーションVRがある! ねぇねぇ終わったら遊んでいい?」
「いいよ……じゃあ、兄さんの卒業アルバム探してくるね」
涼は机の上に鞄を置いて、部屋を出てドアを閉めるととりあえず一度緊張を解し、隣にある兄の部屋に入る。部屋はだいぶ整理されてるがまだ遺品は大量に残っていて、処分されないままだった。卒業アルバムはすぐに見つかり、部屋に戻った。
「草原さんあったよ、兄さんの卒業アルバム」
「涼君、こっちも見つけたよ! ほら!」
葵が満面の笑顔で見せたのは四冊のエロ本だった。
「ああああああーっ!!」
「ふふふふふっ……やっぱり涼君も男の子だねぇ」
なんて奴だ! 本棚の裏、クローゼットの扉の隠しポケット、組み立てたロボットのプラモの箱、全て極短時間で見つけてしまうとはしかも、いじった痕跡も残してない。
「ふぅ~ん涼君、なるほど涼君……おっぱいの大きいのが――」
涼は慌てて秘蔵のエロ本を奪い、それをベッド下に一時退避させた。
「これを見に来たはずだよね!」
「ああ、そうだったよね。大丈夫、お母さんや睦美には内緒にしておくから!」
葵は無邪気な笑顔で言う。思わず可愛いから許すと言ってしまいそうだが、気を取り直して兄の卒業アルバムを開く、兄は一組で写真から見て部活動はやっていなかった。
「涼君のお兄さん……無理して笑ってる、なんか……深い悲しみを背負ってるみたい」
「わかるの?」
「うん、どれも作り笑いしてる……目が笑ってないの」
凄い洞察力だと葵に驚くと同時に、もしかすると兄はこの時から既に死を考えてたのかもしれない。だが今はエーデルワイス団の手がかりを探さないといけない、修学旅行や宿泊研修、体育祭や文化祭の写真を探すが見当たらない。
結局それらしい物は見つからなかった。母親が気を利かせてウーロン茶とケーキを持ってきてくれたのはありがたいが、わざわざ別行動したのにみんなに申し訳ない。
「徒労に終わっちゃった。ごめんね草原さん……わざわざ家まで来てくれたのに」
「落ち込まなくていいよ。今日は涼君の家に来れたし……せっかくだから遊ぼっ!」
するとスマホが鳴る、メッセージが来たらしく涼はそれを取る。
『それらしいヒントや暗号は見つかったか? こっちはヒントを掴んだ、画像を送る』
大地からだった、画像には木の板に透明テープで覆われたメッセージ『この学校のどこかにあるエーデルワイスの本を探し、次世代のために残せ!』に涼は何のことだろう? と首を傾げながら保存、申し訳ないと思いながら返信する。
『ごめん、結局見つからなかったよ』
『気にするな。せっかく二人の時間ができたんだから、ゆっくり過ごせ』
『ありがとう、また何かあったら言ってね』
返信すると、置いてあったPS4とVRを起動させた。




