表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
遠い夏の夜空のエーデルワイス  作者: 尾久出麒次郎
28/32

第六章その1


 第六章、失ったものはもう取り戻せない、だけど……


 八月の終わりの土曜日、全ての準備は整った。後はどうにかして涼を奮い立たせないといけない、大地は一人、涼の家の前に立ってインターホンを押した。

「こんにちわ、涼君はいますか?」

『ああ、大地君ね。どうぞ上がって……最近涼の顔色が悪くて話しもしてくれないの』

 母親も察してるのかもしれない。家に上げてもらうと午後一時にも関わらず、涼の部屋に入ったらベッドの布団を被ったままだった。

「いつまで寝てるつもりだ涼……規則正しい生活しないと二学期に響くぞ」

「だい……ち? どうして?」

 起き上がった涼は夕べ寝てないのか目の下に隈ができていて、食事もしてないのか頬は削げ落ち、明らかに顔色が悪く瞳から光が消えている。でも諦めない、諦めたら多分……死ぬまで後悔する。

「お前が全然顔を見せないからだ。もう隠さなくていい……中学の頃、城下高の鈴木って奴にいじめられてたんだろ?」

「うん……中学の頃に、最初は仲良くしてくれたんだけど……ある時期から手の平返しで……いとも簡単に裏切って……それから……」

「典型的ないじめっ子のやり方の一つだな、中学の頃にじゃなくて中学の頃から、じゃないのか?」

「うん……この前の登校日、菊本君に連れられて……もし誰かに言ったら、大地や葵、木崎さんや花崎さんを……酷い目に遭わせるって」

「典型的なクソ野郎のやり方だ。涼……お前に落ち度は一切ない」

「ないって……僕は小学生の頃、身の程もわきまえず。ただ全力で突っ走ってみんなに迷惑かけて、嫌な思いをさせた……その報いをこれから受け続けるんだ」

 涼は俯いてボソボソと、まるで高校入学の頃のように怯えながら言う。

「それは違う!!」

 大地は迷いなく断言した、涼は「えっ?」と顔を上げる。

「あの時のお前は本当に凄かった、失敗も、大人たちにも、何も恐れず全力で立ち向かっていた。確かに身の程知らずだったが……そのおかげで俺や美紀、岡本、沢山の人が救われた! 涼、お前が中学の頃を思い出したなら小学生の頃も思い出したよな! 俺のことも、思い出したか!?」

「うん……あの時、顔色悪くてお腹空いてたから……お小遣い全部はたいて、パンとジュース買って、それからみんなで遊んだよね」

 涼は懐かしんでるようで、やつれた顔で悲しげな笑顔を微かに浮かべる。

「あの時は楽しかった! おかげで中学に入った時に岡本とまた会えて、仲良くなれた……岡本、お前のこと心配してるぞ」

 そう、大地はその後中学に進学して岡本と再会し、仲良く過ごした。

「そうか、大地……岡本君のこと、良くしてくれたんだ」

「ああ、これもお前のおかげであの時……言ってなかったことがある。あの時、パンとジュース奢ってくれて……ありがとう、美味しかった! だから今度は俺が、いや俺たちがお前を助ける!」

 大地はもう迷わなかった、こいつのために何だってやってやる。それに俺は一人じゃない、美紀や岡本、みんながいる。涼は唇を噛み、目から涙が浮かんでボロボロと零れ落ちていき、嗚咽を漏らす。

「どうして……今の僕は弱くて、一人じゃ……何もできない……弱い奴なんだよ」

「それでも、草原はお前のことを好きだと言ってくれた。草原もきっと昔、お前に会って……そして、助けられた……今のお前は、あの時の俺だ!」

「あの時の……大地?」

「ああ、みんながお前に手を差し伸べている。後はお前が……手を握るだけだ!」

「大地……少し話しをしていい?」

「ああ、勿論だ。洗いざらい話せば楽になる」

 大地は肯いて涼の机の椅子に座った。



 午後四時、美紀は家を出た鈴木の姿を確認すると、幹線道路に出る前に声をかけようと追いかける。

 美紀は今日、大地に見せるのと、鈴木良一の気を色香で気を引くのを兼ねてホットパンツにオフショルダーの半袖ブラウスで露出は多めにし、深呼吸して接近する。

「ねぇねぇ鈴木君、鈴木君だよね?」

「あ、あれ? えっと君は?」

「あたしは睦美の友達の木崎美紀、これから睦美たちと遊ぶんだよね?」

「う、うん……そうだけど」

「ならさ、これから一緒に行かない? 初対面だから今のうちに仲良くすれば気兼ねせずに遊べるかなぁなんて」

 美紀はアニメの美少女キャラクターのようにあざとい演技をする。鈴木は露出の多い服装をジロジロと舐め回すように見ながら肯く。

「い、いいね! それじゃあ木崎さん、よろしく!」

 よし食いついた! 露出の多い服装にあざとい演技、男に媚び売るビッチに思われるというリスクはあったが、とりあえずこちらの第一段階は成功だ。次は街に到着するまでこいつの悪行を白状させてやる。

 美紀はショルダーバッグに仕込んだICレコーダーを作動させ、録音する。

「それじゃあ行こうか、えっと鈴木君はどこの中学?」

「ああ、川尻中だよ」

「中学は何か部活とか面白いものとかやってた?」

「部活はやってなかったけど……そうだ、面白い奴がいたな!」

 鈴木は思い出したかのように言うと、美紀は身構えて訊く。

「面白い人?」

「ああ、そいつ米島って奴なんだけどさぁ……中学の時の同級生なんだけど――」

 鈴木の話しに耳を傾けてる間、美紀はこの世の悪が人の姿をした者を挙げるなら、間違いなく鈴木だろうと思うくらいに戦慄と怒りを感じた。こいつが涼を……まるで、玩具のように……壊れても壊れても、弄ぶ……美紀は市電に乗って鈴木の言う「武勇伝」を聞きながら平静を装うのがこんなに大変だとは、と睦美の気持ちが少しわかった気がした。

 こいつは人が壊れていくのを見て楽しんでるクソ野郎だと、美紀は今すぐにでも引っ叩くどころか、のしかかってボコボコにしてやりたい気分だった。



 同じ頃、市内のカラオケ店内で睦美は小倉さん、笹本、菊本の四人で表面上はカラオケを楽しんでいた。もうすぐ、合流時刻だとスマホを見るとみんな店の前で待機してるというメッセージが届いた。

「みんな、葵が来たからちょっと迎えに行くね」

 睦美は部屋を出ると、一階のカウンターに向かう。岡本の付き添いでやってきた六人の女の子たちを招き入れ、睦美は扉を開けて小倉さんとアイコンタクトを取ると肯いた。

「今日はさ、笹本君にサプライズとして会わせたい人がいるの!」

「ええどんな子? 可愛い子?」

 それには思わず岡本は「ぷぷっ」と噴いてしまい、睦美は睨むと岡本は片手だけで合掌してスマンと言いたいようだ。六人の女の子たちは苦笑するか、呆れるか、睨むかの三通りだった。

「それではどうぞ!」

 小倉さんの合図で六人の女の子たちが入る、一人、また一人と入るたびに笹本の楽しそうな表情が一変。今まで見たこともないほど青褪めていく、だが菊本の表情は変わらないのが不思議なくらいだ。

「な……なんで……なんでお前らがここにいるの?」

「そりゃあ私が笹本君に一泡吹かせたい? って聞いたら喜んで協力してくれたわよ」

 睦美は思わず笑みを浮かべる。さっきまでとはうって変わって目を見開き、ガタガタと震えさせ睦美は思わず高笑いしてしまいそうだった。

 女の子の一人が睨みながら恨みの言葉でぶちまける。

「あんた……熊本に引っ越したかと思ったら、ここでもヤリ捨てにしてたのね……おかげで高校ではいじめられ、友達もいなくなったわ! 全部あんたのせいよ!」

 一人が言い放つと、みんな鬱憤や恨みを晴らすかのように次々と罵声が飛ぶ。


「そうよ!! 私だってもう人生滅茶苦茶よ!! 返してよ!!」「あんたのせいであたしも彼氏もどんな思いしたかわかる!!」「学校のみんなに後ろ指差されて!! 親や親戚からも白い目で見られて!! もう誰も味方がいないのよ!!」「あたしたちにしたこと、どう責任取るつもりなの!?」「あんたさえいなければ!! お前さえいなければ!! 今頃はみんなと楽しい夏休みを送ってたのに!!」


 今にも跳びかかって八つ裂きにしてしまいそうな剣幕だ、当然と言えば当然だろう。この男の欲望、一瞬の快楽のためにたった一度しかない青春を踏み躙られ、穢され、いつか出会うはずだった白馬の王子様と出会うこともなく、傷だけを背負わされるのだ。

 笹本は釣り上げられた魚のように口をパクパクさせて見苦しい言い訳をする。

「ま、ま、ま、待ってくれ……みんな、お、俺だって、悪かったと思ってる!! だ、だけど、お、お、お、お前らだって……さ、誘いにの、乗って――」

 言い訳をやめさせようと睦美が思った瞬間、誰かが跳びかかってテーブルに着地した瞬間、胸倉掴んで頬に思いっ切り殴り飛ばした。

「言い訳してんじゃねぇぞこのヤリチン野郎が!! てめぇは男の風上にも置けねぇクソ野郎中のクソ野郎だ!! ち○ぽこ引き抜いて潰して去勢して二度と女とパコれねぇようにしてやろうか!! ああっ!? 潔く認めろや!!」

「岡本君落ち着いて! 殴ったらいかんよ!」

 殴った岡本を小倉さんが何とかなだめるが怒り心頭の様子だ。いきなり殴るのはどうかと思うが気持ちはわかる、睦美もなだめようとした時。

「いいかよく聞け、世の中にはなぁっ!! 女とヤりたくてもヤれねぇ奴が、大勢いるんだ!! それどころか、女と付き合うことも話すこともできねぇまま大人になっちまう奴なんかそれ以上いるんだ!! 俺の兄貴なんか二五なのに未だ童貞なんだよ!! それなのにテメェはまるで美味しいとこだけを食い散らかすかのように女を下半身の食い物にしやがって!! 今度は涼の彼女を下半身の食い物にする気か!? ああっ!?」

 ただの僻みじゃないの! 睦美は呆れると笹本も負けじと反撃出る。

「うるせぇ!! 童貞に言われたかないわ、我慢できねぇもんは我慢できねぇんだよ!! だいたいなんでお前が米島のこと知ってるか訊かねぇけど!! あいつはクラスの隅っこで勉強してりゃ良かったんだ!! なのに草原を彼女にしやがって生――」

 言わせんと言わんばかりに岡本は思いっ切り笹本の股間、確か男の人にとって一番大事な部分を思いっ切り蹴りを入れた。

「俺のことを侮辱するのは構わねぇが、涼のことは別格だ! 涼のことを馬鹿にしたら一番苦しむ方法でテメェを殺してやる!!」

「岡本君、そろそろこれくらいにしとかない? あんまり騒ぐとマズイよ!」

 小倉さんに諭されて岡本は露骨に舌打ちすると、ようやくソファーに放り投げるように座らせ、岡本はガン飛ばして菊本に訊いた。

「ったく、おい菊本とか言ったな……お前はどうなんだ?」

 岡本はドスの利いた声で言うと、菊本は妙に落ち着いた様子で逆に不気味だ。

「俺? 俺はただ傍観者さ、でも面白かったから手伝っただけだよ。そりゃあ汚れ仕事もしたさ、盗撮とか尾行とかもしたし……全部笹本君がして欲しいって言ってたから」

 菊本は何食わぬ笑みで言うと、笹本は青褪めていた表情が更に悪化して泣きじゃくりながらガタガタと震えだす。

「き……菊本、お前……何言ってるんだよ……裏切る気か?」

「裏切る? いいや、報酬を貰うだけだよ……ほら、これ……花崎さん、君が見た方がいいかもよ」

 菊本は何食わぬ顔でポケットからスマートフォンを取って睦美に渡す。

「暗証番号は一九八四だよ、写真のフォルダを見て」

 菊本は何故か教えてくれた。まるでこっちに寝返るつもり? と思うくらいに。

 睦美はジョージ・オーウェルの「一九八四」とパスワードを入力、写真のフォルダを見ると盗撮した葵や涼、それから女の子たちの写真がいっぱいだった。

 まさかと思ってるとあの日、阿蘇から熊本へとんぼ返りした日付のフォルダを見る。盗撮したのは彼ね、睦美は確信しながらも更に調べると楽しそうに映画館でデートする涼と葵の写真だ。

「どうして盗み撮りなんてしたの?」

「そりゃあこいつの依頼だったからさ、前にもそこの三人の弱みを撮ってくれって」

 菊本の視線の先には笹本の毒牙にかけられた女の子たち三人、睦美はキッと睨みつけてなんという卑劣な! 岡本も同感なのか今にも殴りかかりそうな形相で問い詰める。

「やっぱり金か!? 端金のために、この子たちを――」

「目的は金じゃないよ」

 あっさり否定した。じゃあ何? 目的は一体何なの? 菊本は察したかのように鼻で笑って立ち上がったかと思った瞬間、ニタリと生理的な気持ち悪さに満ちた笑み。

 睦美はゾッと背筋が凍って本能的にこの人は危険だと感じた。

「ふふふふふふふふ……ははははははははっ! あーっひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 菊本はまるで危ない薬を打ったかのように、高笑いするとニヤけながらゾクゾクと震わせ、身振り手振りをまじえて話す。

「俺はねぇ……幸福の絶頂から不幸のどん底に陥る瞬間、幸福から絶望に塗り替えられた時の表情を見るのがたまらなく好きなんだよ……ついさっきまで、つい昨日まで、ついこの前まで、幸せの真っ只中にいたのに!」

 菊本はまるで抑えきれぬ興奮を徐々に解放していくかのように震える。睦美は生理的な嫌悪感、キモイのではなく気持ち悪くて心臓を鷲掴みにされた気分だった。

「なんで自分が? なんで僕が? なんで私が!? 希望に満ちた無垢な笑顔が、次の瞬間には理不尽な現実によってどん底に叩き落され、蹂躙されて絶望する!! その時のギャップ!! それがもう!! それがもうたまらないんだよおぉっ!! ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

 菊本は甲高い笑い声を上げると、見開かれた目は血走って口元から涎が垂れて顔は歪んだ欲望に歪んでいた。

「草原葵!! あの子は一目で俺のハートをガッチリ掴んだよ!! そして笹本と付き合うかな? と思ってたら……米島と付き合いやがった! そんなことはどうでもいい!! あの時に見せた笑顔、あんなに綺麗で純粋で澄み切って希望に満ちた笑顔!! 嗚呼……絶望のどん底に叩き落して、完膚なきまでに、穢して、粉々に砕いて、壊してしまいたい!! もう笑いを堪えるのが無理なくらいだったよ!!」

 狂ってる。この人は倒錯した方法で快楽を得るサイコパスと見てもいい。笹本が性欲に支配されたケダモノなら菊本は『他人を不幸は蜜の味』と言うように、こいつは他人の不幸という蜜を搾り取るゲテモノだ。

 笹本もさすがにドン引きしていた。

「お……お前、それじゃあ……四組の担任が変わったり、中学の頃、六回も担任が変わったというのも……まさか」

「うん! 全部おーれ! でもそのおかげで草原と付き合えたからよかったじゃん! まあもうちょっとでヤれるところだったのに残念だったね! もうちょっと楽しみたかったなぁ……」

 菊本はまるで夏休みはもう終わって、明日から学校だとがっかりしてるかのように。

 岡本は首を横に振りながら言った。

「花崎、こいつ……まともじゃないぜ!!」

「ええ、二人とも……今までの悪事、全て話してもらうわ。お母さんと高森先生に連絡する、笹本君は勿論だけど……菊本君は私たちの手に負えないわ」

 睦美はスマートフォンを取って家にいる母親と、学校にいる高森先生にも連絡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ