第五章その4
時計を見ると、そろそろ涼の見舞いに行こうと立ち上がった。
「そろそろ涼の見舞いに行ってくる……なぁ草原のこと、伏せておくべきか?」
「それは俺よりお前が判断した方がいい……でも、草原さんを助けられるのは涼だけだが、今の涼では恐らくは無理だろう」
岡本は首を振って言う。確かに今の弱り切った涼に葵が笹本に言い寄られてると知ったら? どうなる? 大地は苦虫を噛み潰したような表情になる。
「わかった……見舞いに行ってくる」
大地は睦美の家を出てJR水前寺駅で豊肥本線に乗り、熊本駅で乗り換えようとした時に涼とすれ違った。
「涼! お前もう大丈夫なのか?」
「大地……うん、僕はもう大丈夫だよ……これから、用事があるから……」
振り向いた涼の頬は削げ落ち、瞳からは完全に光を失っている。七分袖の青い上着から出てる腕の皮膚に痣ができてるのを見逃さなかった。
「待て、涼! お前……いじめられてるだろ? 草原も心配してるぞ!」
「……ごめん、草原さんのことお願い……一緒にいても僕が迷惑かけるだけだから」
涼は背を向け、葵のことを名前ではなく出会ったばかりの頃のように呼んだ。駄目だ、今の涼は完全に打ちのめされて一人で抱え込んでしまっている。下を向いて歩み去っていく涼のあんな姿を見るのは初めてだった。
俺は……親友を救えないのか? 俺一人ではどうにもできないのか? 改札を出て雑踏の中に消えた涼、あいつが辛い思いしてるのに俺は何もできないのか? 大地は苛立ちのあまり拳を握り締め「ちっく生!!」とコンクリートの壁に叩き付けた。
更に数日が経った。
通町筋にある下通アーケード入口で、睦美はいつものようにポケットにFMラジオマイクを仕込み、バッグにGPS発信機を仕込んで小倉さんと葵と出かける。数十メートル後方、及び周囲には尾行する追跡班が待機している。
葵はいつバラされるかわからないという状況なのか、怯えている様子だ。
「大丈夫よ葵……私たちが守るから」
「涼君は大丈夫? 親や先生たちにバラされてない?」
葵は震えた声で訊くと、睦美は涼がいじめられてることは伏せて肯いた。
「大丈夫よ、米島君には……ちゃんと私があなたを守るって言ってるわ」
そう言うと笹本たちが来た。
「やっほーお待たせ、みんな! 待った?」
笹本が馴れ馴れしく挨拶すると、睦美は露骨に嫌な顔を見せ、葵は震えながら愛想笑いして小倉さんも楽しそうに装う。
「ううん、全然! 今日はどこ行くの?」
「カラオケだよカラオケ! ガンガン歌おうぜ!」
「いいね、行こうよ! 笹本君!」
鈴木が提案すると菊本も賛成し、葵はビクッとして震えると笹本は馴れ馴れしく葵に肩を組む。
「いいじゃん! 歌いまくって気持ちよくな――」
言い終わる前に睦美は笹本の手首を掴み、鬼の風紀委員の名に恥じない眼光で睨む。
「言っておくけど、葵に淫らな真似はさせないわ」
「そう言うなよ花崎さん、俺と葵は――」
「私のこと聞いてないの? 男子からは……鬼の風紀委員と呼ばれた女よ! それと、気安く下の名前で呼ばないで……夏休みは何かと浮かれやすい時期だからね、勝手なことはさせないわ!」
睦美は笹本の手首を握り締めると、渋々離した。
「わかったよ……それじゃよく行くカラオケに行こうぜ!」
笹本に案内されてカラオケ店に入ると、最近流行の人気アイドルグループ、確かMBT48と姉妹グループのIFV48とかAPC48とかAFV48とかだった。しかも小倉さんは本来の任務を忘れたかのように超ノリノリで歌ってる。
しかも葵や私より上手い、悔しいけど。睦美は思わず眉を顰めて言う。
「小倉さん……本来の目的忘れてない?」
「ええでも、こういう状況楽しまなきゃ!」
確かに美紀はそう言ってたが葵は全然楽しむ余裕も欠片もないのだ。
するとスマートフォンが震えるが、下手に取り出せば怪しまれる可能性がある。睦美は小倉さんと目を合わせると順番を待ち、小倉さんがノリノリで歌って注意をひきつけてる間にスマホを取り出し、メッセージを読むと睦美は戦慄して青褪め、背筋が凍り付くような感覚だった。
肥後商業高校の倉内加奈子です。鹿児島の友達から笹本滝雄の情報が入りました。彼は中学時代に四人の女子生徒と体の関係を持ち、そのうち二人は彼氏持ちでした。
四人のうち三人を妊娠させ、責任を彼氏に擦り付けて進学に悪影響を及ぼし、進学先でもいじめを受けて今は引き篭もったり、通信制の高校に通ったり、彼氏と一緒に自殺した子もいるそうです。
直接会って話しを聞きたいと送りました。そしたら関係を持った三人とも応じてくれたそうです。明後日、細高の木崎さんと一緒に鹿児島へ行って話しを聞きに行きます。
それから、細高でも彼が入学して今日まで妊娠によって退学した人も調べましたが、細高でも同じように彼氏がいるにも関わらず三人の女子生徒と体の関係を持っていたそうです。
三人のうちの一人から聞きましたが、脅迫を受けて散々弄ばれた後、秘密にする約束を反故にされて退学に追いやられたそうです。残りの二人も、今現在他の人が話しを聞いてるそうです。
睦美は何とか平静を装いながらスマホを直した。
今目の前にいる笹本滝雄は人間ではない! 下劣な欲望と一瞬の快楽のために一度しかない青春を壊し、描くはずだった見ていて恥かしくなるほどの甘酸っぱく、青臭い青春物語の台本を無理矢理書き換え、滅茶苦茶にして、一生ものの心と体の傷を負わせる醜いケダモノだ!
恐怖を通り越して怒りが湧き上がるのを抑えるのが、こんなに大変だなんて……。
美紀は倉内さんと二人で新幹線に乗って鹿児島中央駅にある複合商業駅ビルで会い、簡単な自己紹介を済ませるとカラオケ店に向かい、重苦しい雰囲気の中で話しを聞いた。笹本は中学時代、明るく気前のいいイケメンキャラだったが裏ではこっそり女子生徒と体の関係を持ち、責任を取ることなく逃げたという。
聞いている美紀も話してる間に怒りが込み上げてきた。
まさか、自分の性欲を満たすのために女の子を使い捨てにするなんて……イケメン無罪だとか勘違いしてるわ。
「――それで……私……高校でもいじめられて……」
話してるうちに一人が泣き出し、倉内さんが必死で慰める。
「ねぇ……そいつに仕返ししたいと思わない? あなたたちだけじゃないの、笹本は今熊本に住んでるんだけど、そいつにやられた子たちがいるの!」
抑えなければいけないと思ってるのに、つい強気な口調になってしまうが構わず続けた。
「このまま泣き寝入りするくらいなら、これ以上自分のような人間を出したくないと思わない!?」
「木崎さん、確かに気持ちはわかるけど」
倉内さんはなだめるが、抑え切れない怒りをどうすればいいかわからなくない。
「倉内さん、わかってるよ……でもね、このままじゃ葵……あたしの幼馴染の友達……米島涼が、中学の頃……あたしたちの手の届かない場所でいじめられ弄ばれ、高校で再会した時は別人のようになっていた。そんな時、葵が涼の彼女になって少しずつ凍てついた心を溶かしてくれたの……あたしはあの子を助けたい、だからお願い! 力を貸してください! お願いします!」
美紀は頭を下げた、すると泣いていた女の子が優しく諭した。
「あの……頭……上げてください……私にもできることがあれば、やります」
「私にもやらせてください! その代わり、あいつを殴らせてください!」
「あたしにもあいつを一発引っ叩いてやりたいです!」
三人は話に乗ってくれた、よし! これならいける。するとメッセージが来たのか倉内がスマートフォンを取り出して見ると、倉内はガッツポーズした。
「木崎さん! 熊本の方もOKが出たわ! 二人とも来てくれるって!」
「わかったわ! みんな、聞いて! あなたたちだけじゃないの! 笹本に仕返ししたい人、熊本にもいるわ……みんなで一泡吹かせてやろう!」
美紀が一言一言力強く言うと、四人の女の子たちは微かに光を見出したかのようにハッキリと肯いた。
だけど、葵を助けられるのは涼だけだ!




