第三章その3
エーデルワイス団は封筒の中に写真を残しており、裏にはご丁寧に日付と番号が書かれていて、それこそ三〇〇枚を超えていた。教室でみんなと見た後、箱は誰が管理するかと話し合いになり、葵はみんなが納得する結論を出してくれた。
「睦美は小さい頃から真面目で責任感が強いし、適任だと思うよ」
「葵がそう言うなら……責任持って管理するわ」
睦美はエーデルワイス団にあまり乗る気じゃなさそうだったが、葵の頼みは断れないのか渋々引き受けてくれた。それから八月の間何をしようかと話し合うと、葵は早速挙手した。
「あたしグアムかハワイ行きたい!」
「無理! パスポート取る時間もないしお金もない! 妥協案として沖縄行こうにも、もうホテルも飛行機も四人分取れないわ!」
睦美はスマートフォンを弄りながらあっさり却下すると、葵は唇を尖らせて「ブーブー」と抗議するが美紀が挙手する。
「ねぇ、もしかして泳ぎたいなら荒尾市にある遊園地のプールならどうかしら? 近くのホテルも安いし空いてるわ!」
「予算的に考えると妥当ね、他に何か意見はある?」
睦美が肯いて訊くと、大地は挙手して言った。
「いいのか花崎、お前の大事な草原があられもない姿になって、嫌いな男たちの注目を浴びることになるぞ」
「葵が行きたいって言うなら仕方ないわ……それに、まだ信用したわけじゃないけど米島君がいるし」
睦美は溜息吐いて肯くと、大地は少し渋く思い詰めた顔になり、涼は大地に耳打ちする。
「どうしたの? 木崎さんの水着姿とか、見たくないの?」
「いや、そう言う問題じゃない。自分の問題だ。それより涼、行きたいところとかイベントとかないか?」
「そうだね……江津湖花火大会とか? 夏休みを締めくくるにふさわしいかも?」
涼は率直に言うと美紀は賛成する。
「いいんじゃない? ねぇねぇ浴衣着ようよ!」
「あたしも賛成! ねぇねぇ睦美、いいでしょう?」
「そうね、いいんじゃない?」
葵や睦美も賛成し、今日のところは解散することにした。
みんなで教室を出ると、まだお昼前で帰るにはなんだかもったいない気がする。睦美は今日の昼過ぎに阿蘇の田舎にある父の実家に行くと言ってたし、大地と美紀も他校の友達と会う約束や家の用事があるという。
となれば二人っきりになれるチャンスじゃないか? ふとそう思うが涼は踏み出そうとした瞬間、足を止める。睦美にバレたら不味いんじゃないか? でも、あの泣いてる葵に僕は何ができる? 足を止めたのはほんの一瞬で、また踏み出して葵に声をかけた。
「えっと、葵!」
「ん? どうしたの? 涼君」
呼び止められた葵は微笑みながら振り向き、首を傾げた。
「……この後、予定とかある?」
「特にないよ、どうしたの涼君?」
葵は涼の意図を察してるようだが、わざと察してないふりをしてるようにも見える。
「えっと……一緒にどこか遊びに行かない? 映画とかさ」
「うん、行こうか!」
葵は満面の笑みで肯くと、睦美は目を見開いて固まった。
「なぁっ! ちょっと米島君!」
「ごめんみんな、先に帰ってて!」
涼は少し気マズイ口調で言うと、美紀はニヤけて大地は肯く。
「ああ、行ってこい! 草原、涼のこと頼んだ」
「はい勿論、任されました!」
葵はビシッと敬礼すると、一緒に学校を出た。
学校を出ると途端、涼は何を話したらいいのかわからなくなった。
今公開されてる映画で見たい作品はあるが、葵はどんなのが好きかわからない。すると葵はニヒヒとした笑みを浮かべる。
「それにしてもびっくりしたわ、まさか涼君の方から誘ってくるなんて」
「僕はただ……その、君に何ができるのかな? って」
あんな泣き顔を見てたら、放っておけないという気持ちが芽生えたのと、同時に抑えようのない心臓の鼓動が速まりだしたのだ。
「それで映画だけどさ、ちょっと楽しそうなの予約しておいたの。涼君こんなのが好きそうなのかな? っと思ってね」
葵は誇らしげな表情でスマホの画面を見せると、涼は思わず声を上げた。
「これってまさか……全国一斉発声可能上映会!」
「ピンポーン! 土谷君が教えてくれたんだ。涼君この映画が好きなんだって?」
「あの野郎……大地の奴、余計なことしやがって」
涼は苦笑するが上映開始時刻は一九時三〇分だ。それまでどこで時間を潰す?
「ねぇ草原さん、上映開始は一九時半だから終わるのは夜中だよ、この制服姿で町を歩いてたら間違いなく補導員の人に捕まるよ」
「そうねぇじゃあ……ランチを食べてそれから遊んで一度解散して、それからまたここで合流しようか?」
涼は葵との会話を楽しみながら決意した。
僕たちは今付き合ってるけど、ちゃんと言ってないことがある。僕はもう草原さんのことが、本当に好きになったことを。
美紀と一緒に睦美の心配事を聞きながら大地は昼食を食べ終えると、解散してまたいつものようにマクミラン・バーガーでオレンジジュースを注文し、岡本の所に向かう。
「よぅ、どうだ涼の様子は?」
「ああいい方向に向かってる――」
大地はいろんなことを話した。終業式の日に嫉妬した他の男子生徒に言い掛かりをつけられたこと、細高に隠されたお宝をみんなで探し出したこと、お宝を隠したエーデルワイス団のことまでを話すと、岡本は関心を示す。
「エーデルワイス団……随分中二臭い名前だな。うちのクラスの担任、細高のOBだがその頃の細高をふざけて暗黒時代って呼んでたな……でもまさか先生や大人たちの目を掻い潜って楽しんでた奴がいたとは驚きだな」
「ああ、初代エーデルワイス団は卒業前に暗号を残して後輩に託した。託された後輩が見つけていき、世代交代しながら受け継がれ……理事長が変わって校則も緩くなり、存在意義は薄れていったが、草原たちにとっては衝撃的なものだった」
「その草原さんがどうして衝撃を受けたんだ?」
「いいか、ここからは話すことは内密にして欲しい……お前のことを信用したうえだ」
大地は躊躇いながら険しい表情になり、岡本も唾をゴクリと飲む。
「草原はガキの頃から中学まで、自分を押し殺していたんだ。自分の、自分だけの大切な時間を犠牲にして……大人たちと同様に振舞うことを強いられたんだ」
「強いられた? 大人たちと? まさか」
「ああ、草原葵は……元天才子役と呼ばれた平田七海だったんだ」
「おいおいおいおいマズイぜ! 俺の兄貴、東京で出版社の仕事してるけどよ……兄貴の知り合いのジャーナリストによれば……パパラッチたちが今の平田七海の行方を血眼になって探してるらしい、しかも今の写真を送れば数百万で買うってよ」
大地は思わずゾッとして背中が凍り付きそうだ。
この話し、誰かに聞かれてないか? テーブルの下に盗聴器や、壁のどこかに隠しカメラかテレスクリーンがあるかもしれない。それはまるでビッグ・ブラザー率いる党が支配するオセアニアか、チャウシェスク政権下のルーマニアや東ドイツにいる気分だった。
大地は神経がピリピリするような感じがした。
「たかが女の子一人を、何故そこまでして追いかけるんだ?」
「さぁな……芸能――大人の世界というのは人間の醜い野望と欲望、金やしがらみがひしめき合い、複雑に絡み合う世界だからな……大人たちが本気出せば俺たちが束になっても叶わない。それにナナちゃんだった頃は幼いながらお淑やかで礼儀正しい大和撫子なキャラクターだったからな……誰もがモノにしたいと思ってたんだろう」
「ああ、草原は小学生の頃、大切な時間を犠牲にして俺たち以上に、人間の深い闇の面を見てる」
「小学生の頃にそんなものを目にしたら……性格が歪んで捻くれちまうぜ」
「ああ、だが草原は明るくて性格もいい、真っ直ぐで強い子だ。今しかない今を懸命に楽しもうとしてる、あいつならきっと涼を救ってくれる……来週俺たち、五人で荒尾の遊園地に遊びに行く予定だ」
「ああ、あそこか! 懐かしいなガキの頃家族で行ったなぁ……プールもあるしよ」
岡本は懐かしそうに微笑むと、大地は渋い顔をする。
「それが、ちょっと問題がある」
「ん? どうした深刻な問題か? もしかして草原と一緒にいる花崎のことか?」
「いや俺自身に問題がある……プールで遊ぶことになったんだが、岡本……実は俺……泳げないんだ!」
大地は歯切りして苦しい口調になる。
「ま……マジか? せっかく可愛い水着の女の子と遊べるのに?」
「ああ、こんな無様な姿を美紀に見せるわけにはいかない!」
「お前さぁ……前から思ったけど木崎のこと好きだろ?」
「否定はしない、だから美紀の前にこんなことがバレたら……」
「大丈夫さ、木崎は泳げないからって笑うような奴じゃないさ。むしろ……泳げるように手伝ってくれると思うぜ、もし泳げるようになったらさ……かけがえのない、大切な思い出になるぜきっと」
「ああ……わかった。少なくとも……逃げないようにはする」
大地の不安は拭えないままだった。




