第11話 アンデッド
外縁区画西側から歩いて少し経ち、低い丘を越えたところで、街道脇に傾いた案内板が立っていた。
雨風に削られた板には、かろうじて文字が読める。
――覇道の乱、決戦地。
その案内板の脇を、槍を背負った二人組の兵士が通り過ぎる。一人が、アルクを横目で追う。
「間引きか。決戦地の中央まで行くなら、紫の霧が濃い所は避けろよ。瘴気の吹き溜まりだ」
「ああ、分かった……一つ聞きたいんだが、覇道の乱ってのはいつ頃に起きたんだ?」
「…たしか60年ほど前の話だったか?あの戦で何万人も死んだ。馬鹿な話だよ、魔物という脅威があるってのに。
今じゃ瘴気によって戦争と関係ないアンデッドまで出てきやがる。気をつけるんだな」
兵士はそう言って去っていった。
アルクは大剣を肩に担ぎ直し、街道から外れる。
空は灰色に濁り、陽の位置がぼんやりとしか分からない。乾いた土を踏むたび、靴底の下で小石とはまた違う硬い感触と音。目を落とせば、土から白い指骨が覗いている。
荒野には、終わりが見えなかった。
折れた槍の穂先。半ば土へ埋まった錆びた甲冑。旗だけを失った旗竿が、斜めに突き刺さったまま風に軋んでいる。地面に染み込んだ黒ずみは、所々を不自然に暗くしていた。
低い窪地には、骨と骨が重なって小さい丘を作っている場所すらある。風化しきれない白骨の間から、薄紫の靄が細く流れ出し、地を這っていた。
腐った肉と湿った鉄の匂いが、鼻を伝って喉の奥にまとわりつく。
「とんでもない場所だな」
前世で人間だった頃の感覚が、ほんの少しだけ胸の奥を引っかいた。名も知らない死者が、ここに何万と横たわっていたのだろう。
歩いていると、二つの影が立ち上がった。
片方は、膨れ上がった肩と腕を持つ巨体だった。腐った皮膚の隙間から筋肉が露出し、頭だけを不自然に傾けている。
もう片方は錆びた全身鎧の隙間に骨を収め、丸盾と長剣を構えている。
アルクは息を吐き、懐から鑑定虫眼鏡を取り出してレンズを向けた。
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マッスル・ゾンビ Lv.121
闘士:格闘家:大喰らい:力自慢
スケルトン・ナイト Lv.118
騎士:兵士:釣り人:料理人
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「120前後か」
マッスル・ゾンビが、地面を抉るように踏み込む。太い腕が横から振るわれ、腐肉の臭気が一気に近づいた。
アルクは半歩だけ後ろへ退いた。腕の先が胸元を掠め、大剣を下から振り抜く。
左手の指輪が白く光った。
刃がゾンビの脇腹へ入った瞬間、切り口から白い光が広がる。巨体は声にならない唸りを漏らし、二歩よろめいた後、膝から崩れた。腐った肉は灰に変わり、風に散っていく。
続けてスケルトン・ナイトが盾を構えながら、剣を突き込んできた。
アルクは突きを大剣の腹で外へ流し、すぐさまスケルトン・ナイトの肩に大剣を振り下ろして、上半身を破壊した。
骨の鎧が、白い光に包まれる。盾を持つ腕が先に落ち、次いで全身が細かな灰になった。
「……あっさりだな」
大剣を見下ろす。聖者ノ指輪が付与した聖属性は、予想以上に効果を出しているらしい。
(最下位種寄りのアンデッドだから、より耐性が低いのか)
考えながら、アルクはゾンビが残した胸骨の奥から黒い魔石をほじり出し、スケルトン・ナイトの頭蓋の内側からも一つ取り出す。
アイテムボックスから、使い込まれた革袋を一つ引っ張り出す。革袋を開き、二つの魔石を放り込んだ。ころり、と乾いた音が返る。
それからは、ひたすら同じことの繰り返しだった。
骨の丘の陰から現れたスケルトン・ナイトを三体、横薙ぎの一撃でまとめて浄化する。残った頭蓋から魔石を抜き、革袋へ。
旗竿の根元に潜んでいたマッスル・ゾンビを二体、距離を詰めさせずに斬り倒す。胸の中心から魔石を抜き、革袋へ。
地面に伏せていた人型の獣のようなアンデッド、グールが足首へ飛びつこうとすれば、刃を返して首を落とす。白い光が腐肉を浄化し、魔石を抜き、また次へ。
何体目かを数えながら歩いているうち、革袋は少しずつ膨らんだ。腰へ下げた袋が揺れる重みは、今のアルクにはそのまま宿代と飯代に思える。
「しかし便利だな、この指輪。カオファンのときはPK対策で装備枠空いてなかったからなぁ」
ChaosFantasyではプレイヤーキラーを行うと懸賞金がかかり、カルマ値が低下する。カルマ値が下がることで、一部NPC施設の利用ができなくなったり、それこそ懸賞金の受け取りなどが出来なくなる。
しかし人類側のプレイヤーが人外プレイヤーをキルしても懸賞金がかかることも無いし、カルマ値も下がらない。つまり人外プレイヤーは狙われやすい立場にあるわけだ、何だったら普通に一般プレイヤーに狙われることも少なくない。
人類側のプレイヤーにとって人外プレイヤーは、経験値が美味しく、その種族のレア素材ドロップも狙える鴨なのだ。もはやPKですらなく、少し報酬の美味いエネミーを倒すのと変わらない。
特に良い狩り場だとプレイヤーも多く、奇襲をかけられることも多いため、タナカの場合は感知系と移動系のスキルがある指輪を付けていた。
(懐かしいな〜。近くで同じように狩り回ってたゴブリン種の人と即席パーティー組んだりしてたっけ)
思い出に浸りながらも、アルクは足を進める。
少し離れた場所には、白い杭が何本も打たれている。杭に吊るされた木札には、浄化の進捗を記す線が刻まれていた。何度も削られ、書き直されてきたらしい跡がある。
昼を過ぎた頃、骨の丘の向こうから冷気が流れてきた。
肌に触れる前に、革鎧の表面へ白い霜が浮かぶ。アルクは足を止め、目を細めた。
灰色の空気の中に、人の形をした暗がりが立っていた。輪郭は半透明で、地面を踏んでいるはずなのに足音がない。瞳のあるべき場所には、底の見えない二つの闇が揺れている。
鑑定虫眼鏡を向けると、文字が浮かんだ。
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レイス Lv.123
魔法士:呪術士:解体屋:料理人
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「おっ。これはちょっと珍しいな」
レイスが腕を伸ばす。指先から黒い霧が噴き、視界の端を覆おうとした。
アルクは一歩踏み込み、大剣を横から振り抜く。
普通の物理攻撃なら、あの霧の体をすり抜ける。レイス系が面倒なのはそこだった。
だが、剣が届く寸前、聖者ノ指輪が眩く輝いた。白い光を纏った刃が、黒い霧を真横に断つ。
レイスの形が大きく歪んだ。甲高い叫びが荒野に響き、闇と冷気が細く裂ける。二度目の一撃を振り下ろすと、その体は白い光へ飲まれ、数息の後には冷たい霧を出す古びた布切れと、掌ほどの魔石だけが残った。
アルクは布切れを剣先でつついた。霧は布の繊維から湧いているように見える。
「これは、売れるのか?」
依頼書に細かな記載はなかったが、あまり見ない個体なら持ち帰って損はない。魔石と布を革袋に放り込んだ。
その後も、何度か瘴気の溜まりを覗いて回った。だが現れるのは、剣を握った骨と、ゆっくり腕を振る腐肉ばかりだ。
危なげはない。
大剣を振るい、光が走り、灰が残る。魔石を抜き、袋へ入れる。数をこなすほど、作業の手順は短くなっていった。
やがて、灰色だった空の端に鈍い橙色が混じり始めた。
アルクは腰の革袋を持ち上げる。ずっしりと重い。袋の中で魔石同士が擦れ、かすかな音を立てた。
「この辺で切り上げるか」
瘴気の向こうには、まだいくらでもアンデッドがいるのだろう。だが日が傾けば西門の確認が厳しくなると、職員は言っていた。
(臭いは最悪だったけど、全然割りの良い仕事に感じたな。金に困ったらこれやろう)
そう考えながらも来た道を戻ると、西門の前にはすでに帰還した冒険者が何人か並んでいた。アルクは兵士に依頼書と冒険者証を示し、問題なく門を通る。
西側外縁区画の冒険者ギルドは、石造りの倉庫に挟まれた小さな建物だった。扉を押すと、薬草と紙の匂いが腐臭を少しだけ押し流す。
受付にいたのは、淡い金髪を後ろで束ねたエルフの男性だった。長い耳をぴくりと動かし、依頼書を受け取る。
「大戦跡地の間引きですね。お一人で行かれたのですか」
「ああ。魔石を持ってきた」
革袋をカウンターへ置く。職員は袋の中身を一つずつ取り出し、確認していった。
途中で、別袋の布切れと大きめの魔石を見つけた職員の手が止まる。
「これは……レイス系の個体ですね」
「ああ、布切れはいらなかったか?」
「いえいえ、これも素材として買い取りますよ」
職員は納得したように頷き、帳簿へ細いペンを走らせた。査定を終えると、硬貨を数えて木皿へ載せる。
「確認いたしました。報酬は、金貨3枚と銀貨8枚です」
金色の硬貨が三つ、鈍い銀の硬貨が八つ。
アルクはそれを見下ろした。
銅貨一枚をだいたい百円と考えれば、三万八千円くらいになる。半日で稼いだ額として高いのか安いのか、元いた世界の感覚ではよく分からない。
ただ、銀貨二枚で一泊できる宿なら、しばらく食うには困らないはずだ。
「助かるな」
革袋へ硬貨をしまい込む。
職員は帳簿を閉じかけたところで、はっとした顔をした。
「……そうだ、ギルド本部からアルク様に指名依頼が入っていますよ。この後、時間があれば冒険者ギルド本部に寄ってください。明日でも大丈夫です」
「指名依頼?」
「はい。本部でご案内するよう、申し送りを受けています。内容までは、こちらには……」
エルフの職員は申し訳なさそうに、けれど興味を隠しきれない目で首を横に振った。窓の外では、西日に照らされた石畳が赤く伸びている。
アルクは革袋の重みを確かめ、大剣を背負い直した。
「明日まで待つ理由もない、か」




