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明美をぶっ殺す  作者: 麻青
第一部
8/174

19歳・2

 あまりに集中していたため、十数秒だったのか、数分だったか、経過時間がよくわからない。


 ただ、目的の物体が視界に入った途端、私の総毛が逆立った。

 明美が所有する真っ白なアウディの車が、山の斜面の向こうから現れたのだ。私はすかさず双眼鏡を目に持っていき、運転席を注視する。


 首元の広い黒シャツを着ている女が、右の運転席でハンドルを握っている。

 顔はよく見えないが、黒いジャケットが助手席に放ってあるから、喪服姿に違いない。GPSの信号は間違いなくあの車から発信されているし、万に一つも人違いはありえない。


 明美だ。とうとう明美が乗っている車がやってきたのだ。


 私は双眼鏡を投げ捨てた。明美の車が進んでいる道を、肉眼で確認する。

 軽くガッツポーズした。この時点での最大の懸念要素――後続の車がなかったのだ。

 もしも明美の真後ろに別の車があったら、そこそこの確率で事故に巻き込んでしまう。どんな絶好の機会だろうと、そうした場合は作戦決行を諦めなければならなかった。

 が、その心配は運よく杞憂に終わった。それどころか、前後には一切の車がない。これなら通報も遅れるだろうし、色々と都合の良いことこの上ない。


 運がきている。

 ここで明美を抹殺すべしと、神や仏が私に命じているかのようだ。


 足元のかばんから、急いで信号発信用のスマホを取り出す。

 苦労して身分を特定されないよう手に入れた端末で、中には海外のプリペイドSIMが入っている。明美の車に仕掛けた二つの罠は電話によって作動させるが、これならばたとえ通信記録を調べられても私には辿り着かない。


 一回目のスマホの発信でフットブレーキを使えなくさせ、二回目で車下部の爆弾を爆発させる。

 誤作動や動作不良を起こさないよう、何度も実験や改良を繰り返したので、機器の信頼性は極めて高い。数百メートル離れた場所を走る明美の車にも、問題なく信号は届くはずだ。


 私はスマホを両手で持ち、目で白い車を追いながら、ひたすらにタイミングをはかった。事故に見せかけ、かつ確実に殺すには、ブレーキ阻害と爆発を上手く連動させなければならない。


 アウディが右手前側のカーブを曲がり、私の正面の直線へと差し掛かる。私は車を凝視し、息を止めつつ、スマホの発信アイコンを親指で押した。

 ……目に見える反応はない。が、これでフットブレーキはまもなく使えなくなるはず。

 私は即座にスマホの通話を切り、もう一つの登録番号を開いた。散々練習した手順なので、二秒もかからない。


 車は直線を半ば過ぎた。普通の運転手なら、あのあたりで急カーブへ向けて減速を始める。

 確かな力を込めて、再度スマホの発信アイコンを押した。ほぼ同時に、ボンッと空気を振るわす破裂音が響く。


「よしっ! よしっ!!」


 忍ばなければならない立場を忘れて、つい叫んでしまった。まあ、私は道から外れた山林の斜面にいるから、誰にも聞かれる心配などない。

 とにかく、爆弾は爆発した。順調だ。

 あとはこのまま車が減速せず、曲がらずにカーブへ突っ込めば――。


 そうして私が見守るなか、明美の車は下部から火を噴き、勢いを止めずに走り続け、やがてガードレールを突き破って空中へとダイブした。


 スローモーションを見ている気分だった。

 オモチャのように車が空を飛び、あっさりと重力に負けて落下して、崖下の林の中へと消えていった。


「………………」


 私は半ば茫然としたまま、車が落ちていった林を見つめていた。

 鬱蒼としているので落下した車体は見えず、また爆発音も聞こえてこない。映画なんかと違って、車は炎上してもすぐに爆発するわけではないが……。

 と思ったら、すぐに空気を振るわす大音量が響いた。まもなく、落下地点の林から火が上空へ向けて吹き上がる。


 ド派手な爆発だった。引火するものを車内に積んでない限り、普通の自動車事故であそこまでの爆発は起きない。

 事前にバッテリーを爆破したのが影響したのだろうか? 予想外だったが、あの規模の爆発なら仕掛けの証拠は残らないだろうし、当然乗っていた明美は……。


「はぁ」


 力が、空気の抜けた風船のごとく抜けていった。ズボンが濡れるのにも構わず、その場で地面にへたり込む。



 殺した。

 とうとう、明美を殺した。



 実のところ、ヤツを車ごと崖から落としたとしても、確実に命を奪えるとは限らなかった。落下の衝撃を木に吸収されたり、エアバッグがしっかり作動したりしていれば、一命を取り留める可能性は十分あったのだ。

 だから、落下後にトドメを刺しに行く用意も私はしていた。それゆえ、作戦が上手くいっても気を抜かず注視していたのである。


 しかし、あの爆発規模なら絶対に助からない。

 落下時に生きていたとしても、普通に焼け死ぬだろう。消防隊が駆け付けたときには、すでに黒焦げ死体が出来上がっているはず。


 ――ならばもう、私にすることはない。

 無論、死んだかどうかをこの目で確かめたいが、その姿がなにかしらに見られないとも限らない。無用のリスクを負う必要などないのだ。


 そう、だから終わった。

 すべてが終わったのだ。

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