040話 《蓋世王》
「……ちゃんと帰ってきたか」
「あら~、察しが良いわね~? 時間通りでしょう?」
タイラントレックスの上に乗るヒツギの横に、リリスが音もなく降り立った。
「これでホロウとウルルが追いつけば、全員集合だな」
「それで~、アーガス王国とはどう話をつけるつもりなの~?」
「戦後交渉としては、報酬として戦場の死体をもらい受ける。魔の森を巡回させる新たなアンデッドを増やすためだ。あとはそうだな、アーガス王国に貸し一つというところか」
「……そんなに上手くことが済みますかね~? 相手は醜悪な人間だよ~」
確かにこちらは、ヒツギ自身は人間であるが、その仲間は全員『魔の者』である。
「それと~……ちゅっ♪ れろぉぉっ……ぢゅっ、じゅるるぅ~」
「ひゃ、あ……ぁっぁっ! ……っ!」
「ヒツギちゃんはお耳が弱いから~、人間の女の子に犯されちゃうかもね~」
「……それは……お前が俺の躰を開発したせいだろうが!」
いきなり耳にキスをしてきて、あまつさえ舌を入れてきた、リリスの頭を強めに殴る。
「あいたっ! や~ん、もうヒツギちゃん暴力的ぃ~。後でお仕置きだゾ☆」
リリスと無駄話をしているうちに、アーガス王国軍の拠点へとたどり着いた。
ヒツギはゆっくりとタイラントレックスの背から降りる。リリスもそれに続いた。
仮面を付けたヒツギが前に出ると、ルナを筆頭に彼の仲間たちが道を開ける。
それをアーガス王国軍の代表である、ベントレー・フォン・アーガスが出迎えた。
「これはこれは、魔の森の王。戦はもう済んだぞ。すでに貴様たちに用はないのだが?」
「随分とまた強気に出たな、クソデブ。内心ブルッてんだろ、お飾りの王子様よぉ……」
憎き兄、ベントレーを前に、普段よりヒツギの口調が荒くなる。
そんな二人の邪険な空気など構わず、ベントレーの後ろから一人の少女が現れた。
「その声、そのお姿。お顔は隠していますが……ヒツギ兄さん、でしょ?」
ヒツギのことを慕っていた、アーガス王国第一王女、モニカ・フォン・アーガスだった。
「…………ふん、そうだが? それが何か?」
ヒツギはなんでもないといった風に、灰色の仮面をすっと外した。
その整った中性的な顔立ちと、紫水晶のような瞳を見た、アーガス王国兵がざわめく。
それは彼の兄にして、アーガス王国の王子、ベントレーとて同じ反応であった。
「……ひ、ヒツギぃいいい。貴様、生きていたのか。てっきり魔の森で死んだかと……」
「恥ずかしながら、地獄の底から戻って参りました、兄上。なにせ、魔の森では私を裏切らない頼もしい仲間に出会うことができたので。今はそこの《王》を務めています」
そのとき、ヒツギたちの後ろに、ウルルとホロウが遅れてたどり着いた。
「ボス、追いついたぜ」
色々と剥き出しの挑発的なボディに、不敵な笑みを浮かべる人狼の少女。
「主君、お待たせ致しました」
重厚な黒い甲冑を纏いし、首なしの騎士。気高き正義の執行人。
「チッ、また増えたか。ヒツギよ! では、《黒の魔女》も、アーガス王国に魔物を送り込むことを制限していたのも、《魔の森の王》も、すべては貴様だったというわけか」
「そうだ。アーガス王国など、別にいつでも滅ぼせるから、見逃してやっていたのだよ」
「……っ! 口が過ぎるぞ! 人類の敵が! 今すぐこの場で貴様の首を刎ねてやる! その首を以って、この戦に終止符を打つ。父上にとっても良い土産となるだろうなァ!」
「ま、待ってくださいお兄様! 兄さん、少しだけ私のお話を聞いてくださいますか」
興奮するベントレーの間に、深呼吸を一つしたモニカが努めて冷静に入ってくる。
「いいだろう。話すがよい。だが、下らぬ内容であれば、お前であろうと容赦はせん」
「ヒツギ兄さんには、この度の戦でアーガス王国を救った英雄として、アーガス王国第二王子の位に戻ってきて頂きたいのです。お父様には私が責任を持ってお話をつけます」
「モニカ! 貴様ぁあああ!」
ベントレーの叫びを無視し、モニカは力強い瞳で言葉を紡ぎ続ける。
「兄さんのお仲間の魔物さん達にも危害は与えません。いっそ、魔の森の一部と同盟を組むというのはどうでしょうか? よく考えれば、私たちが争う必要などないのです」
「戯け。……王子? バカを言うな。俺は魔の森の王である。王には責任が伴うのだ」
そう言って、ヒツギは愛していた実妹の提案をあっさりと跳ね除けた。
【その通りだ。そこのヒツギ・フォン・アーガスは、もう貴様たち人間のモノではない】
「……なん……だと……。これは《世界式改竄》。さては――《蓋世王》か?」
【然り。私は魔国を治める、魔王の一人、《蓋世王》シークエンス・エンドである】
ヒツギたちのいる戦場と《蓋世王》が接続され、空全体に彼の音声が鳴り渡る。
その場にいたアーガス王国兵だけでなく、ヒツギの仲間にも衝撃が走った。
「《十二界王》の第一席、実質魔王のトップが、人間であるこの俺になんの用だ?」
唯一、ヒツギだけが王としてなんら臆することもなく、宙へと問いを投げかける。




