恐ろしくてしっかり者のお師匠様
休息を含めて移動に三時間半。マロン達はようやく目的のキャンプ場へと辿り着いた。
「マロン」
「ティト、言いたいことはわかる」
マロンとティトは、目の前にあるテントに入るのを躊躇っていた。それを不思議に見つめるフィーネ。
一体何を恐れているのだろう、と考えながら二人のやり取りを見守る。
「リリル先生、絶対に怒っているよね?」
「怒っているだろう。だが、これ以上待たせる訳にもいかない」
「こ、殺されちゃうかな?」
「覚悟はしておこう」
マロンとティトは、意を決した様子だった。
二度ほど深呼吸をし、そしてテントの入り口にかけられているのれんを上げる。
「ただいま到着しました!」
「遅れて申し訳――」
マロンが何かを言い切る直前に、円盤らしきものが顔面に飛んできた。
それが何なのか認識する前にマロンは、後ろへと吹っ飛んでいた。
転がっていくマロン。そんな状態になっている相棒に遅れて気づいたティトは、身体がガクガクと震えていた。
「遅いですよ、マロンにティト」
フィーネは転がっているマロンから視線を移す。
耳に入ってきたのは丁寧な口調だが、浮かべているその笑顔はどこか恐ろしく、怒っているような雰囲気が溢れ出ていた。
「こんなにも私を待たせるなんて、どういう神経をしているのですか?」
ポニーテールにされた黒髪をなびかせながら、女性はティトに問いかけていた。ティトはそれに対して、ただ震えるだけだ。
「ご、ごごご、ごめんなさい! その、その、バギーが、壊れちゃって……」
「それは災難でしたね。ですが、遅刻は遅刻ですよ?」
女性は右手を広げた。ティトは途端に逃げようとしたが、恐怖と緊張のせいか上手く飛ぶことができなかった。
「ひぃー! 許してー!」
そのまま握られるように捕まってしまうティト。女性はニッコリと笑いながら、こんな言葉を囁いた。
「今日はかわいい服を用意しました。たっぷり遊びましょうね」
「や、やだー!」
懸命に暴れるティト。だが誰がどう見ても、首を激しく振っているだけにしか見えない。
「あ、あの」
今まさに、お人形として遊ばれそうになっているティトに助け舟が現れる。
こっそりと様子をうかがっていたフィーネが、恐る恐る顔を覗かせていた。
「あら? あなたは?」
女性の興味がフィーネに移る。これはチャンス、とばかりにティトが言葉を並べた。
「あ、あの子だよ。先日遺跡で見つけた女の子は。マロンからの手紙は見たでしょ? 先生」
「あら、そうなのですか?」
女性はティトを離して、フィーネに近づいた。
離されたティトは、どこか安心したかのように息を吐く。そして、倒れているマロンの元へと駆け寄った。
「失礼」
まじまじと髪を、顔を、身体を見つめる女性。フィーネはどこかくすぐったさを覚えながら観察が終わるのを待った。
「なるほど、私達とあまり変わりがありませんね」
観察が終わると、女性は一度わざとらしく咳払いをした。どこか気品さが見える女性の顔は聡明で、凛々しくもあり、なんだか頼りがいがありそうな雰囲気が感じ取れる。
着ている服装はマロンと同じワイシャツに、動きやすそうな緑色のズボン。懸命に働いているのか、シャツは土の色がこびりついている。
そんな女性が、フィーネに優しい笑顔を浮かべた。
「初めまして。私はマロン達の師を務めているリリルと申します」
「あ、は、初めまして!」
とても丁寧な挨拶をされるフィーネ。マロン達とは違い、常識があるようだ。
その証拠に右手を差し出されている。
フィーネは自分の右手を出して手を握った。その瞬間、リリルは鋭い目をする。
「あなた、大丈夫?」
「え?」
言葉の意味がわからなかった。身体のどこか悪いのかな、とつい思ってしまう。
しかし、リリルはその言葉を取り下げるようにこんなことを言った。
「全く、こんな女の子を歩かせるとは。我が弟子が失礼しました」
どうやらフィーネの状態に気づいた様子だった。長く寝ていたために、体力があまりない。
リリルは相変わらずダメな弟子に、呆れを抱く。
「あ、いえ。バギーが壊れたのは仕方ないことで――」
「そういってもらえるとありがたいです」
呆れ顔でリリルはマロン達に顔を向ける。どこか頼りない弟子。それに罰を与えるようにこんなことを言った。
「マロン、それにティト。あなた達、鍛練が足りないですよ? そんなことでは、命がいくつあっても足りません」
「っ――。そう言われても、不意打ちをどうにかできる訳が――」
「言い訳は無用。そうですね、私のバギーを貸しますから夕ご飯までに近くの村で情報収集をしてきなさい」
「そんなぁー!」
「もしいい情報を掴めなければ、わかっていますよね?」
その笑顔は、鬼だった。
マロン達は「行ってきます!」と元気よく返事をし、テントの外へと走っていく。さすがにフィーネもこの様子に、リリルの恐ろしさを感じ取った。
「全く、私の弟子は」
何か言いたげなリリル。だが、その言葉を口にする直前に、身体がふらついていた。
思わず身体を支えるフィーネ。つい「大丈夫ですか?」と訊ねると、リリルは笑った。
「なんでもありませんよ。少し、疲れているだけです」
フィーネはリリルのその笑顔に、違和感を覚える。だがその違和感が何なのか、ハッキリとわからなかった。
マロンとティトの師、リリル。
恐ろしくもしっかりしていて、頼りになりそうだ。




