大きな闇と小さな光
「くそ! もっと早く気づいていれば!」
マロンは思わず石で敷き詰められた地面を殴った。
フィーネの様子がどこかおかしい。薄々そう感じながらも、黒い何かに連れ去られてしまった。
「一体、俺は何をしてたんだ!」
大切なヒント、いや仲間を失ってしまった。これではリリルに顔向けができない。
マロンは悔しさのあまり、もう一度地面を殴ろうとした。だが、それをギブソンが止めた。
「落ち着きなさい」
「しかしっ!」
「自暴自棄になってもどうにもならん。それに、お前さんの仕事は冷静さが一番必要だろ?」
マロンはその指摘に奥歯を噛んだ。
溢れてくる悔しさ。だがそれをまともに感じている暇はない。
今はとにかく、フィーネを見つけ出さなければならない。
だが、そうしようにも手がかりが……。
「ねぇ。フィーネがさっきこいつの名前を言ったけど、何だったんだろう?」
ティトの指摘を受けて、マロンは転がっている機械人形の頭部に目を向けた。
確かに先ほど、フィーネはカルと名前を呼んでいた。なぜあのタイミングでそんなことを言っていたのかわからない。
「あの黒いの、何だったんだろうねー?」
「ねー? とっても怖かったよねー」
ハミィとイールが、とても不思議そうにしながら感想を零していた。
確かにあれは、他の存在と違ってとても不気味だった。いや、その他にも妙な恐ろしさと威圧感があった。
「あ、道が!」
何となくわかっていた通路が、消えていく。
闇がマロン達を飲み込もうと迫ってくる。これはもう、時間がない。
「チッ」
舌打ちをしてマロンは機械人形の頭を手に取った。
このまま何もしなければ終わってしまうかもしれない。そうなるとリリルを助けるなんてことはできない。
なら、選択肢は一つだけだ。
「マロン、何をする気?」
マロンはそティトに一度だけ微笑みを送る。そして覚悟を決めたかのように機械人形の頭を被った。
「――――」
何とも言えない痛みが、頭を刺激する。まるで自分が拒んでいるかのような、そんな痛みだった。
叫び声を上げてしまう。気がつけば頭を振っていた。だけどここで本当に拒めば、何もかも終わる。
負けるな。負けるな俺!
何度も言い聞かせた。何度も戦った。でも、痛みは消えない。
何がダメなのか。どうしてなのか。わからないまま、その瞬間が迫ってくる。
「マロン!」
懸命に呼びかけるティト。でも、マロンは頭を抑えて暴れるだけで、ちゃんとした反応をしない。
「くそ、がっ!」
頼む、頼むから!
マロンは叫ぶ。願いを請う。祈りだって捧げた。
でも痛みは消えない。このままじゃ全てが終わるかもしれないのに、なのに消えないのだ。
奇跡が起きて欲しい。そうしなきゃ、何も救えない。
「お前は、このままでいいのか!?」
そう、何も救えないのだ。
リリルも、傍にいる仲間達も。そして、フィーネも。
「このまま、終わる気か!? カル!」
終わってはいけない。そんな想いがマロンを支配する。
こんな所で、こんな場所で! 何も守れないなんて、情けないだろ!
「フィーネのことが大切じゃないのか!? お前はァァ!」
闇が、マロン達を飲み込む。途端に身体が、消えていく。
何もかもが、食われようとしていた。だけど、それを壊す声が、鼓膜を揺らした。
『なら、僕を受け入れろ』
マロンは気づいた。戦ってはいけないのだと。
勝手に苦しんでいるのは、自分のせいなんだと。
『はははっ。なんだ、できるじゃん』
マロンの目に入ってきたのは、優しく笑っている小さな男の子だった。黒髪で、飾り気のない笑顔。どこからどう見ても普通の男の子だ。
『一緒にみんなを助けるよ、マロン』
闇は、一気に悲鳴を上げて逃げた。
消えようとしていた身体に、青い光が溢れる。
湧いてくる力は何だろうか。
明確な答えはわからない。わからないけど、どんなものにも負ける気がしなかった。
「これは――」
ギブソンが言葉を失っていた。
打ち払ったはずの闇。それは大剣として形となり、マロン達の前に立ち塞がっていた。
『お前は、邪魔だ!』
鉄兜を、鉄の鎧を、身にまとった剣士が現れる。その手で大剣を手に取り、そしてそのまま石で造られた通路を切り裂きながら刃を振る。飛び散る破片なぞものともせず、ただ振り切った。
だが、その攻撃をマロンは、左手一つで受け止める。
『――――』
剣士は驚いたのか、言葉を発しなかった。しかし、マロンは大剣を容赦なく握り砕く。
剣士は思いもしないこと悲鳴を上げて後退りをした。だが、マロンは逃がさない。
右手に拳銃を持ち、トリガーを引く。発射されるのはただの銃弾。それは大剣をいとも簡単に撃ち抜いた。
『バカ、な――』
大剣にヒビが入っていく。大きな亀裂は、鉄の身体にも入っていき、最後には大きな音と共に破裂した。
剣士が消える。それと同時にマロン達を飲み込もうとしていた闇も晴れた。
「助かっ、た?」
「助かったんだ」
「やった、やったよ!」
妖精達は喜んでいた。互いにハイタッチをし、生きている実感を噛み締める。
だが、ギブソンは素直に喜べなかった。
「お前さん……」
マロンが手にした力。それを近くで見ていたからこそ、大きな不安が過る。
しかし、マロンは気にすることなく振り返った。
「助けに行くぞ」
目的はハッキリしている。だからこそ、突き進む。
力を手にしたマロン。
その力でフィーネを助けることができるのだろうか?




