10:鑑定スキルと、当然の説教
第七東京ダンジョンは、狭い迷宮が複数階層連なったダンジョンだ。
最高到達深度は十二階。最深部は不明。
東京郊外という比較的都会に近く、また規模も備えていたため、姫岸財閥がダンジョン研究に使っているのは、もっぱらここだ。
日本にあるダンジョンの中では現時点で最も深い層まで潜れている、私もよく知っているダンジョンだと言える。
……よく知っているダンジョン、のはずだった。
「やっぱり、強い前衛がいると楽でいいねえ!」
「俺と真白では、どうしてもやるかやられるかの戦いになるからな。助かる」
曲がり角から飛び出し、ゴブリンの集団と接敵した。至近距離だ。
ゴブリンたちが驚きの声をあげる前に大盾で割って入り、集団を分断する。
当然、そのあとに続くのは火力の投射だ。
暁灯くんと真白さんが刃物を投擲し、ゴブリンたちが炎上したり、半身を切断されて崩れ落ちる。
あとはもう事後処理だけだ。止めを刺すまでもなく倒れたゴブリンたちの魔石を回収していく。その間、暁灯くんは早くも次の敵集団を探知すべく集中していた。
「君たちを見ていると、全く助かっているようには見えないんだけどね……」
もうこいつらだけでいいんじゃないかな!?
現在はダンジョン第二階。暁灯くんの先導に従って迷宮を進み、魔物たちを虱潰しに狩っている。
敵がどこにいてどのように動いているか、私たちがどう動けば効率的に倒し、魔石をたくさん回収できるか、計画付きの討伐行脚だ。
「……私、これでも攻撃スキルとか、回復スキルとかもあるんだけど」
思わず、そんなぼやきが口から漏れる。
「そうなのか。聖騎士というからには、守りのスペシャリストで、攻撃はないものかと思っていた」
暁灯くんから、本気で感嘆したような声が返ってきた。
「暁灯くんや真白さんがいるから役立たずなだけで、私の攻撃スキルも結構強いんですからね!?」
自分に対して鑑定スキルを使う。
レベル32(早速もう一つ上がってる!)に加えて、いくつかのスキルが羅列された。
そのスキル群の中から、攻撃用のものを読み上げる。
「打撃に追加ダメージを与えられる《聖なる一撃》、アンデッドやゴースト特攻の《神聖なる接触》、剣装備時用の《斬撃》、棍棒装備時の《打撃》が使えるね」
「多いな。しかも、それを全部、覚醒してから二ヶ月程度で使えるようになったのか?」
「そうだね。ダンジョンスキルは、覚えた時点で使い方も一緒に身体に入るから」
「なるほど。……便利だが、随分と危うい仕組みだな」
暁灯くんが、懸念点を見つけたかのように、唸る。
「そもそも、一夜にして覚醒して強くなるなんてことは、そうそうないんだ。人は、愚直に練習してきたことしか、上手く使えない」
私と暁灯くんは、同い年だ。だが、彼は国の機関で働き、戦ってきたという。
きっと、幼い頃から札を扱い、印を結び、命懸けで術を身につけてきたのだろう。
私が二ヶ月で得た力を、暁灯くんはきっと、何年もかけて積み上げてきた。
私が言えることは、何もなかった。
「そうだねえ。例外は崑崙山脈の『仙化の秘術』くらい?」
「『仙化の秘術』がありなら、バチカンの『天使による祝福』もそうだな」
「北欧神話体系の『狂戦士』は?」
「あれは厳密に言うと伝承系だし、外法だろう。いや、外法というなら『仙化の秘術』ほどのものはないが」
……例外も結構ありますね!?
しかも、二人の口ぶりからすると、都市伝説や創作の類ではない、結構色々と実在するものらしい。
以前なら、アニメかゲームの設定だと笑い飛ばしていただろう。
しかし、今は素直に信じられる。私が生き証人だからだ。
今後は、ダンジョンもその列に入るのだろうか?
「ところで、暁灯くんの術って、おうちで習得したものなの?」
ふと気になって、聞いてみる。
札の爆破に、縛、結界、探知、それに禹歩。彼の手札は、門外漢の私から見ても多彩だ。
「大体はそうだ。宵町の家は、元々『使役』の家系でな」
暁灯くんが、敵の気配を探りながら、片手間のように答えた。
「式神、使い魔、憑き物落とし――他者を式として駆る術が本領だ。突き詰めれば全部、何かを『繋いで、従える』ための基礎技術になる」
「使役の、家系……」
式神を使う家。
脳裏に、学校で襲ってきた白い人形たちがよぎった。顔のない頭部が、こちらを向いていた、あの。
「……じゃあ、あの式神たちも」
「あれは、よく知っている型だった」
暁灯くんの声が、一段だけ低くなった。
「――それ以上は、今は勘弁してくれ」
「……うん、分かった」
喉まで出かかった質問を、私はそっと飲み込んだ。二度目だ。この引っかかりは、いつか彼の方から話してくれる日まで、預けておくことにする。
「ただ、一つだけ例外がある」
空気を入れ替えるように、暁灯くんが続けた。
「例外?」
「禹歩だ。あれだけは、宵町の術じゃない。――千歳から教わった」
「千歳ちゃんから!?」
思わず声が大きくなった。
あの、外に出られない女の子から? ダンジョンを四歩で踏み越える、あの規格外の歩法を?
「禹歩の元祖はね、夏王朝の開祖――禹王だって言われてるんだよ」
先を歩いていた真白さんが、振り向きもせずに解説を挟んでくる。
「禹王は、ざっくり四千年前、治水のために天下を端から端まで歩き回った王様でね。その足運びが、そのまま術になったと言われているの。世界で一番古い歩法ってわけ」
「よ、四千年前……」
西暦が始まるより、さらに二千年も前。
そう言われても、正直、遠すぎて上手く想像できなかった。
「千歳の禹歩は、その大元に限りなく近い」
暁灯くんが、頷いて引き取った。
「俺のは、千歳の足運びの見様見真似だ。本物は、もっと――」
そこで、暁灯くんは言葉を選ぶように少し黙った。
「……綺麗だ。歩くだけで、世界の方が道を譲る」
へえ、と思う。
あの部屋着の女の子に、そんな顔で語られる一面があるのか。
外に出られない千歳ちゃんが、世界最古の「歩く術」を得意とする。
なんだか、皮肉な話だ。
……いつか、あの子が思いっきり歩けるようになるといいな。
「まあともかく、ダンジョンのスキルは実感なく人を超人にするんだ。現状、咲希さんたちが良識ある人間だから、問題ないが、今後、探索者が増えるとなると、危険だろうな……」
脱線話が盛り上がっていたことに気づいた暁灯くんが、気まずそうに話題を修正する。
「と、その前に接敵だ」
曲がり角だ。その先に、普通のゴブリンより一回り大きい影が三つ見えた。まだ気付かれていない。
私が鑑定を使うより早く、暁灯くんの瞳が青く光る。《鑑定》スキル。
「ホブゴブリン。レベル十八。盾と長剣、長槍、弓だ。盾持ちから崩す」
「了解!」
私が盾持ちを止め、暁灯くんが槍持ちを縛り、真白さんが後衛を斬る。
戦闘は、十秒とかからず終わった。
「そもそも、《鑑定》ってのが規格外もいいところだな。彼我の戦力差の見極めなんて、達人の域に達してようやく辿り着くものじゃないか」
暁灯くんが遠い目をして言う。
「というか、暁灯くん、鑑定使えるんだ」
「ああ、学校裏庭のダンジョンをクリアした時に、覚えた」
「ふぅん。まあそれなら、私が危険を冒して盾役やったことも報われるかな」
「そうだな、感謝している。次からは、事前に相談することにする」
「危険なことをしないってわけにはいかないんですね!?」
暁灯くんと、二人して笑う。
ダンジョンの中とは思えない、楽しいひとときだった。
……前方で振り返り、青筋を立てている真白さんに気づくまでは。
†
真白さんの説教は、数分続いた。
普段、飄々としている人が怒るの、超怖い!
お説教の題材は、学校の裏庭に発生したダンジョンで、暁灯くんが私を検証に巻き込んだ件についてだった。
「つまりね、暁灯」
真白さんは、穏やかに言った。
だけど、目が全然笑っていなかった。
「咲希ちゃんが守れる子だったからよかった。度胸もあるし、判断も早い。そこは私も認めるよ」
「ど、どうも、ありがとうございます……?」
「でも、それは結果論だよね」
真白さんの視線が、暁灯くんへ戻る。
「あの時の暁灯は、咲希ちゃんのことをまだ何も知らなかった。どこまで耐えられるかも、どこで折れるかも、どんな判断をするかも分からなかった」
「……」
「その相手を前に立たせて、自分はダンジョンの制限を検証した。危ないよ、それ」
「……必要な確認だった、と思う」
「その判断の是非は問わないよ。でも、必要なら、なおさら相手を選びな。少なくとも、説明しな」
「あ、それは確かに。説明は欲しかったです」
お、暁灯くんと目が合った。ちょっと恨めしそうに見ている。
でも、まだ昨日の今日なのだ。普通に怖かったぞ、【人の姿をけがすもの】は。
「まあ、暁灯がそうなるのも分かるけどねえ。大抵は私か千歳が一緒で、大規模な作戦の際もサポートの人員がたくさんついたからねえ」
「おお、エースなんですね」
「まあね。でも、それを普通のことだと思ってはいけないわ。甘えん坊。甘えんBOYよ」
「甘えんBOY……」
おお、暁灯くんが恥ずかしそうにしている。少し頬が赤い。
真白さんに怒られているのが恥ずかしいのだろうか。
まあ、当事者なので甘んじて受けてもらおう。
「……咲希さん」
暁灯くんが、こちらを向いた。
「危険を事前に伝えず、検証に巻き込んだ。すまなかった」
真白さんではなく、私に。
おお。何を怒られているのか、ちゃんと理解できているようで嬉しい。
「分かりました。許しましょう。でも、次からは相談してくれると助かります」
「分かった」
「よろしい!」
真白さんが、満足そうに頷いた。
張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ緩む。
「それじゃあ、魔石も大体集まったし、一旦ダンジョンを抜けて千歳のところに戻りましょうか」
「そうだな」
暁灯くんが、集めた魔石の入った袋を確かめる。
その横で、真白さんがいつもの調子で笑った。
「陰陽寮にいた頃から、千歳はずっと飢えてたようなものだからねえ。きっと喜ぶよ」
そう言った、次の瞬間だった。
真白さんの背後の影が、細く伸びた。
黒い線が走る。
真白さんの左腰から、右肩へ。
音はなかった。
黒い線が、赤い線になる。
「あ゙」
短い声が漏れる。
次の瞬間、細い黒線が、赤く滲んだ。
長巻を握っていた真白さんの指から、力が抜ける。
刃の切っ先が、石床を掠めた。
かつん、と。
その音だけが、やけにはっきり聞こえた。
それから一拍遅れて、真白さんの身体が傾いた。




