ルナティック=リバース 第四話 〜魚人の村〜
襲ってきた敵の魚人たちを倒した僕は、深い泥のような疲労感の中にいた。
ああ、お腹が空いた。たくさん運動したし、ズタボロに怪我もした。
「おい! お前大丈夫か!?」
敵を倒すのに必死になっていて、忘れていた。自分を庇ってくれていた魚人の戦士が、信じられないものを見るような目で僕を凝視している。
「おい! お前、怪我は……なんともないのか!?」
それは当然の疑問だと思う。ついさっきまで僕の体は、肉が裂け、骨が見えるほどズタボロになっていたはずなのだから。
「うん、大丈夫。僕も良かったよ。飛び出した僕の目が、魚のエサにならなくて済んで」
……たぶんこいつ、頭もおかしくなったんだろうな。無理もない。普通はあんな目に遭えば、すぐに死ぬ。
「とりあえず、今は無事そうで良かった。礼を言う。俺の名はブレブ。この先の村の戦士だ」
「僕はリベル。肩書きは……今のところ、ない」
「肩書きがない!? いや、そうか、さすがに若そうだもんな。お前、何歳なんだ?」
「二歳」
「いくら人間でも若すぎだろ! というか、お前本当に人間か?」
「失礼な、ちゃんと人間だよ。……たぶん」
「じゃあ、なんでこんな海底に素身でいるんだよ!」
「……確かに」
「まあいい、積もる話はあとだ。俺たちの村はすぐそこだ。来てくれ。歓迎しよう」
僕は彼の案内に従い、巨大な海底洞窟の奥へと進んだ。そこには、岩を精巧に組み上げて作られた家々が並ぶ、魚人の村が広がっていた。
照明なのだろう、宝石や一部のサンゴが、水の揺らぎに合わせるように淡い光を放っている。
入り口の門番たちが、ボロボロのブレブを見て色めき立つ。
「おいブレブ! どうした、その傷!」
「ああ、敵に襲われてな。そこでこの少年に助けてもらったんだ」
「……人間? 子供じゃないか」
「こんにちは。リベルと言います」
「なんで海底に人間が……」
「そのやりとりはさっきやったし、これから村長の前でもやることになる。とりあえず、通してくれ」
村人たちの好奇の視線を浴びながら、僕はひときわ立派な石造りの家に招かれた。
「親父、戻ったぜ」
「おお、ブレブ。……ん、どうしたその傷は」
現れたのは、威厳のある老魚人――村長だった。
「奥の海域へ食糧を獲りに行ったら、急に数人に襲われてな。……ただ、あいつら、正気じゃなかったぜ」
「ううむ。またか……」
「それで俺もヤバかったが、この少年に助けられてな」
ブレブは僕の身長に合わせて膝をついた。そして、大きな手で僕の肩を軽く叩く。
「おお! ……おお? この小さい少年が、か?」
「はじめまして。リベルと言います」
村長は僕の全身をくまなく見た。無理もない。僕だって、二歳の子供が魚人の戦士を救ったなんて話、逆の立場なら信じない。
「こいつが、負傷した俺の代わりに三人の敵を倒したんだ」
「なんと!」
村長は絶句し、彼もまた膝をついて僕の手を優しく取った。
「リベルよ、感謝する。近頃、漁場を荒らす不届き者がのさばっておってな。……息子を救ってくれて、本当にありがとう」
「いえ、どういたしまして」
お礼なんて言われたことがないから、なんだか、むず痒い。
「親父、やはり襲ってきたのは余所者だ。しかも、あいつら『目』がおかしかった。ギラついていて、まるで自分の意思で動いていないような……。力やスピードも、本来の魚人より上だったぜ」
「やはりそうか……。村の者たちにも、警戒を強めるよう伝えねばな」
深刻な顔をする二人を余所に、僕のお腹が「ぐぅ」と鳴った。
「……はは、そうじゃな。腹も減る。小さき勇者が村を救ってくれたんだ。今宵は宴じゃ!」
村長の一言で、村は一気に活気づいた。
並べられたのは、新鮮な海の幸。色鮮やかな魚や、見たこともない海藻。
海底だから火は使えないけれど、熱した石の板で魚を焼いたり、大きな貝殻をフライパン代わりにして味を整える調理法があるらしい。差し出されたのは、秘伝のタレに漬け込まれた魚の切り身と、香ばしく焼き上げられた貝の身だった。
「リベルがあいつらを倒してくれたから、こうして俺も飯が食える。たっぷり食え!」
「いや、僕こんなに食べられないよ……」
「ははは! 小さいからな。だが食わなきゃ大きくならねえぞ」
宴の中、魚人の女性たちが踊りを披露してくれた。魔術で水の抵抗を制御しているのか、その動きは優雅で、かつ信じられないほど素早い。
魔法力がないと言われた自分の特異さを改めて噛み締めながら、僕は温かい焼き料理を頬張った。
宴もたけなわという頃、ブレブが真剣な顔で僕の隣に座り直した。
「リベル、折り入って頼みがある」
「うん?」
「実は、敵はこの前の奴らだけではないんだ。あいつらは突然現れて、俺たちの仲間を無差別に襲うようになった。このままじゃ漁場が潰され、村は干上がっちまう」
「なるほど……」
「お前は、この通り小さいが、誰よりも強い。……無理を承知で頼む。俺たちと一緒に、あいつらを壊滅させてくれないか? もちろん、俺たち戦士も死ぬ気で戦う。頼む!」
筋骨隆々の戦士が、小さな僕の前で深く頭を下げた。
僕は料理を飲み込み、口元を拭った。
誰かに頼りにされること。お礼を言われること。温かい食べ物。
今の僕にとって、断る理由はどこにもなかった。
「もちろん!」
僕は、満面の笑みで答えた。




