序
「『スウィム』!」
僕は一気に泳ぎ出した。
水の抵抗を無視した驚異的な加速。
僕はサメの懐へと突き進み、叫んだ。
「『バイト』!!」
その瞬間、僕の視界を覆い尽くすほどの、巨大な光の『顎』が出現した。
――ザンッ!!
僕よりはるかに巨大だったサメの上半身は、その『顎』に一飲みにされ、咀嚼する間もなく消失した。
Lunatic Rebirth
―ルナティック=リバース―
「ごめんね。私を恨んでね」
そう言われて僕は捨てられた。
(ハッ!!)
僕は目を見開いた。
(ハァ、ハァ、ハァ……)
激しい動悸。冷や汗も滲んでいる。
僕はいったん目を閉じ深呼吸。そして、またゆっくり目を開ける。
夢だったのか? それにしてもやけにリアルな夢だ。突拍子もない上に現実味もない。
目の前には、いつもと変わらない光景が広がっている。天井、モニター、生命維持装置の管。
聞こえるのは電子音と、規則的な自分の呼吸音――ずっと変わらない、これが僕の空間。
モニターを見つめると、カーソルが僕の目線を追って動いた。
物語でも読もうか。漫画でも読もうか。動画でも見ようか。あるいは何か調べ物しようか。
いや、悪い夢を見た後だし、ぼんやりとネットサーフィンをしようか。
体はほぼ動かない。首から上だけがかろうじて動く。これが僕の時間だ。
物心ついた頃からずっとこの状態。物理的な自由など、僕にはない。
でも、ネットの世界は違う。たったこれだけの操作しかできなくても、時間をかければ知識は得られるし、娯楽もある――僕は幸せだ。
……と、自分に言い聞かせ続けてきた。
外に出たい? それは出たいに決まってる。友達と遊びたい? 遊びたいに決まってる。
やりたいことはたくさんある。でも叶わない。そんな身体は僕にはない。
ネットで画像や映像を見れば、誰もが自由に歩き、運動を楽しんでいる。羨ましい。僕には決してできないことだ。
それより、生きているだけでもありがたいと思わないと。こんなモニターもあるのだから。
……でも、これって、本当に「生きている」んだろうか?
もしかして、僕はもう「死んでいる」んだろうか?
ガチャ!
突然、部屋のドアが開いた。
「あら、起きてたのね。」
女性の声――僕の母さんだ。
首をどうにか回して視線を向けると、少し笑っているように見えた。
……? 何か、変な感じがする。
実は母さんは僕をあまり良く思っていない。それどころか、邪魔だとさえ思っている。それは、僕もとっくに気づいている。
他の兄弟は愛されている。でも、僕は違う。だから、母さんが笑顔なのは、おかしいはずだ。
母さんはゆっくりと僕の周りを歩きながら、小さく口を開いた。
「……母さんね、もう疲れちゃった。」
そう言うといきなり、装置のスイッチに手をかけた――
(まさか――!? やめて!!)
心の中で叫んだ。でも、声にはならない。
パチン、パチン――
次々と切られるスイッチ。冷や汗も涙も止まらない。機械音が減っていく代わりに、苦しさが増えていった。
「じゃあね。ごめんね」
母さんは僕に背を向け、部屋の電気を消して出て行った。
その後ろ姿は、まるで肩の荷が降りたようだった。
目の前が暗くなっていく――
でも、考えてみたら、こんな僕を今まで生かしてくれたこと自体、奇跡なのかもしれない。
本当は、もっと愛されたかった。
でも、結局、こんな最期を迎えるんだね。
もう少しだけ、動いてほしい――僕の目線。
もし生まれ変われるのなら、今度こそ生きることを思い切り実感できるといいな……
そして、誰かに愛されたい……
それが叶ったら、僕も誰かを愛せるのかな……
――ついに、僕のまぶたは閉じられた。
まだ開いたままのデバイスの画面には、
ありがとう
あいしてた
さようなら
そう映し出されていた。




