第8話 王宮の断罪劇と、崩れ落ちる傲慢
王宮の最高法廷を兼ねる白磁の間は、冷徹な静寂に包まれていた。
高い天井から降り注ぐ陽光が、磨き抜かれた床を白く照らしている。
その中央に、場違いなほど着飾ったゲオルグ男爵とカミラ夫人が、勝ち誇った笑みを浮かべて立っていた。
「殿下、本日こそはこの忌々しい窃盗犯に正当な裁きを下していただきましょう!」
カミラ夫人が扇子でミアを指差し、金切り声を上げた。
「我が家に伝わる家宝『人魚の涙』を盗み出し、あろうすることか王宮に潜り込んで殿下方をたぶらかすなど……。万死に値する罪ですわ!」
ミハエルの背後に控えるミアは、震える拳をぎゅっと握りしめた。
隣に立つカイルが、安心させるように彼女の肩を軽く叩く。
「ほう。それが、その盗まれたという家宝か」
ミハエルが冷淡な声で問いかけると、ゲオルグ男爵は仰々しく一粒の大きな真珠を差し出した。
「左様でございます。これこそが男爵家に代々伝わる至宝、ブローチ『人魚の涙』の真珠そのもの。この女の荷物の底から見つかったのです!」
ミハエルは無言でその真珠を受け取った。
そして、窓から差し込む光にかざし、目を細める。
「……カミラ夫人。本物の『人魚の涙』は、海神の加護により、並の剣では傷一つ付かぬほどの硬度を持つ。決して、人の指先で壊せるような代物ではない」
パキッ、という乾いた音が静まり返った広間に響く。
ミハエルが掌を開くと、そこには粉々に砕け散った「薄い硝子の破片」と、中から流れ出た「安価な魚の鱗の粉」が散らばっていた。
「なっ……!?」
「ただの合成ビーズではないか。カミラ夫人、王族の前で安物の偽物を家宝と偽り、無実の者を陥れようとした罪……。どれほど重いか分かっているのか?」
ミハエルの碧の瞳が、絶対零度の殺気を放った。
男爵夫婦は蛇に睨まれた蛙のように硬直する。
「そ、それは……何かの間違いで……!」
「間違いなのは、貴様らの存在そのものだ」
ミハエルは冷酷に言い放つと、傍らの机に置かれた一冊の煤けたノートを手に取った。
「真珠のブローチなどという小細工はどうでもいい。これを見ろ。ミアが長年、貴様らの横暴に耐えながら克明に記してきた男爵家の全記録だ」
ミハエルがノートを開き、ページをめくる。
「領民たちが数年は飢えずに暮らせたはずの重税。その大半が、国への報告から消え、貴様らの隠し口座へと流れている。共謀した業者の名前も、裏金の受け渡し場所も、すべてこの『不器用なメイド』の筆跡で完璧に証明されているぞ」
「そ、そんな……!あんな役立たずの女に、そんなことができるはずが……!」
ゲオルグ男爵が絶望に顔を歪め、ガタガタと膝を震わせた。
「役立たず?笑わせるな。ミアは私の最高のパートナーだ。貴様らのような無能が使いこなせる器ではなかったというだけのことだ」
ミハエルが合図を送ると、控えていた衛兵たちが一斉に二人を囲んだ。
「ゲオルグ男爵、およびカミラ夫人。公金横領、公文書偽造、虚偽報告。そして王族の専属職人を侮辱した大罪により、直ちに爵位を剥奪し、全財産を没収する」
「嫌よ!離して!ミア、あんたが何とか言いなさいよ!」
カミラ夫人が狂ったように叫びながらミアに縋り付こうとしたが、その前にカイルが音もなく立ち塞がった。
「おい、汚い声で呼ぶな。お前らが泥水の中に放り捨てたのは、ただのメイドじゃない。俺たちが世界で一番大切にしている宝物だ」
「あら、お似合いですわよ。その泥まみれの心が、よく見える格好ですもの」
シャルロッテも扇子の隙間から冷たい視線を送り、無様に床を這う二人を見下した。
「……連れて行け。二度と日の光を拝めると思うな」
ミハエルの宣告とともに、男爵夫婦は衛兵たちによって引きずられていった。
嵐が去った後の白磁の間で、ミアは力強く、けれど優しく自分を守り抜いてくれた三人の姿を、涙で見つめていた。
長年彼女を縛り付けていた悪意の鎖が、今、完全に砕け散ったのだ。











