第15話 市場に舞う春の知らせと、甘い嫉妬
春の陽光が王都の石畳を優しく照らし、通りには色とりどりの花が咲き乱れていた。
ミアはいつものように、シャルロッテと護衛のカイルを伴って、城下町の市場へと買い出しに訪れていた。男爵領での泥まみれの生活が遠い過去のように感じる、穏やかな日常だ。
「ミア!見てくださいまし、あそこのレース、わたくしの新しいドレスの襟元にぴったりだと思いませんか!?」
「ええ、とても素敵です、シャルロッテ様」
シャルロッテはミアの手をしっかりと握りしめ、目を輝かせながら露店を巡っている。ミアはその隣で、オドオドしながらも、新鮮な食材が並ぶ市場の熱気に胸を躍らせていた。
「おい、シャルロッテ。あまりミアを振り回すな。食材の入ったカゴは重いんだぞ」
二人の背後を歩くカイルが、ぶっきらぼうに、けれどミアのカゴを代わりに持ち直しながら忠告する。
「うるさいですわ、カイルお兄様!わたくしとミアの楽しいお散歩を邪魔しないでくださる?」
シャルロッテが扇子をパッと広げ、カイルを牽制する。
ミアは、いつもの賑やかな兄妹のやり取りに、心の底からふわりと微笑んだ。
その時だった。
どこからか、柔らかな春の風が吹き抜けた。
風に乗って、淡い薄紅色の花びらがひらひらと市場の通りを舞い踊る。
「……あら?」
ミアが顔を上げた瞬間、一枚の花びらが吸い込まれるように、彼女の柔らかい頬にぴたりとくっついた。
「おっと。ミア、じっとしてろ」
カイルがミアの変化にいち早く気づき、足を止めた。
彼がミアの顔に大きな手を伸ばすと、ミアは心臓を跳ね上がらせて硬直した。
「……カ、カイル殿下?」
カイルは普段の乱暴な口調からは想像もつかないほど、優しく、繊細な手つきでミアの頬に触れた。彼の指先が、ミアの頬にくっついた花びらをそっと拭う。
カイルのぶっきらぼうな優しさに、ミアの頬が林檎のように熱くなる。
「ひぃっ、カ、カイルお兄様ぁぁっ!!」
突然、シャルロッテが鼓膜を劈くような悲鳴を上げて、ミアとカイルの間に体当たりで割り込んできた。
「どさくさに紛れてミアの頬を撫で回さないでくださる!?不潔ですわ!卑劣ですわ!」
「……撫で回してなんかいねえだろ。花びらがついてたから取っただけだ」
カイルが嫌そうに顔を顰め、掴みかからんばかりのシャルロッテを片手であしらう。
「言い訳なんて聞きませんわ!ミアに触れていいのは、わたくしとミハエルお兄様だけですのよ!カイルお兄様は、向こうで馬の世話でもしていればいいのですわ!」
シャルロッテはミアを背中に隠し、扇子を剣のようにカイルへ向けて威嚇する。
ミアはシャルロッテの後ろで、頬を赤くしながら、カイルの手の温もりを思い出していた。
「……あれ?」
シャルロッテに隠されながら、ミアの視線はカイルの指先に残された、一枚の花びらに注がれた。
淡い薄紅色の、少し切れ込みのある、見覚えのある形。
(……間違いない。これ、前世の記憶にある『桜』の花びらだわ)
和菓子屋の娘だった頃、春になると父と一緒に、この花びらを使って桜餅を作った。あの甘酸っぱくて、春の香りがする思い出。
その記憶は唐突に、けれど鮮烈に蘇った。
「あの……、カイル殿下。その花びら、どこから飛んできたんでしょうか?」
ミアがシャルロッテの後ろから恐る恐る尋ねると、カイルは自身の指先を見つめ、それからミアの真っ直ぐな瞳を見て、ぶっきらぼうに笑った。
「ああ、これか。春になると一斉に咲いて、街全体を薄紅色に染める『幻桜』の花だ。……お前、こういう花が好きなのか?」
カイルの言葉に、ミアは弾かれたように顔を上げた。
「はい!大好きです!あの、その花がたくさん咲いている場所に、私を連れて行っていただけませんか?」
ミアは緊張も忘れ、カイルの手を握りしめんばかりの勢いで身を乗り出した。
彼女の脳内では今、猛烈な勢いで「幻桜」を使った新しいお菓子の構想が組み立てられ、スイッチが入ろうとしていた。











