業務メモ
■音声ログを起動
■思考ログを起動
■記録をーーーするスキルを起動
外に出た瞬間、世界が反転した。
さっきまでまとわりついていた湿った冷気は、容赦のない熱に押し流される。
視界を満たす光の洪水。その陽の光は白く、乾いていて、日本で見たそれとは少しだけ質が違う。
目が慣れてくると、そこには街が広がっていた。
広い。
不自然なほどに。
あの迷宮の上に形成された都市だとすれば、規模が釣り合っていない。
説明はつかないけど、均衡が崩れているという印象。
これが汚染の影響なのかもしれない、と思考が一度だけ形を取る。
すぐに根拠の不足を理由に保留する。
考え込むクセを意識的に抑えなければ、延々と眺めてしまいそう。
先を急ぐ。長居すると日焼けでは済まない。
街には人があふれている。
服装は統一されておらず、素材も時代も混在している。
それでも、どの個体も適応しているように見えた。
生活が成立している。
路傍で獣が低く鳴いた。
形は馬に近いが、目が多く、皮膚は鱗に覆われている。
視線を合わせると、何かが噛み合わない感じがした。
慣れたらかわいいのかな。
観察は中断する。
大通りに入ると、光が柔らぐ。
頭上には石造りの構造物が連なり、通り全体を覆っている。
ところどころに嵌め込まれた色付きの素材が、直射光を分解し、やわらかく拡散していた。
視界の負荷が下がる。
よく設計されている。
足元の石床は滑らかで、歩きやすい。
音も軽い。カツ、カツ、コツ、コツ。
この一帯は整備されている。
店舗の内部には珍しいものが並ぶ。
脈動する鉱石。加工された角。
保存状態を保たれた液体。表面に結露が見える。冷却処理が施されていると推測できる。
迷宮由来の、価値のあるものが集められている。
ここはきっと、選別された領域。
アーケードを抜けると、熱と音が戻ってくる。
空気が荒くなる。
頭上は布で覆われているが、完全ではない。
隙間から熱と砂が入り込む。
環境の制御は部分的にしか成功していない。
人が多い。
言語は理解できないが、熱狂は伝わる。
売買。交渉。
生存のためのやり取り。
声が重なり、連続し、途切れない。
ここは、消費のための場所だ。
人の流れを避けながら、奥へ進む。
視線を向けられることはない。
認識を外す効果がしっかりと効いていると思われる。
さらに奥に進むと、音が途切れた。
不自然なほど静かになる。
陽光を浴びてひび割れた、無骨な日干しレンガの家々が立ち並ぶ。
軒先で熱風に揺れるそのボロ布。申し訳程度の日よけ。
その下が彼らの店先。
誰も声を上げない。
呼び込みもない。
ただ並べられている。
色が少ない。形も整っていない。
価値が剥がれ落ちたものたち。
ここでいい、と判断する。
目的は、こういう領域に残る。
選別から外れたもの。
処理されずに残ったもの。
砂に半分埋もれたそれを見つける。
しゃがんで観察する。
あった。
いた。
砂を払うと輪郭が現れる。
想定よりも小さい。
一致する。
たぶん。
完全ではないが、条件を満たしている。
自分の髪と服についた砂を払い、身なりを整える。
必要かどうかは不明だが、この方が適切だと判断する。
呼吸をひとつ置く。
この最初の一言だけ、少し重い。
対象01-2に向けて、声を発する。
「ルルさんですね?」
†
返事はない。
少しだけ、残念だと感じる。
始める。
■記録をーーーするスキルを停止
■回収プロトコルを起動
ー
対象:01
<全体>
両手に収まる。
光が透ける。
いくつかの色。
中空に自立。
風、重力の影響なし。
<表層>
あったかい。
柔らかい。
押す。
少し変形、すぐにもどる。
つねる 伸びる 千切れない。
強く押す。
斑紋が滲む。
さらに強く押す。
斑紋が手に転写。
感染性を確認。
中間層に接触、見える。
<中間層>
硬い。
金属か鉱物みたい。
安定した形。
表層ごと強く押す。
ズレる。
<内部構造>
どこまで見ても内側が続いている。
同じ形が途切れずに増え続けている。
…
…
…
止まっているのに動いているように見える。
これには終わりがない。
<消去>
一部を剥離。
瞬間的に崩壊。
霧散。
<経過観察>
変化なし。
変化なし。
変化なし。
変化なし。
写した斑紋が消える。
想定よりも、ずっと早い。
ー
対象:01-2
<全体>
一回り小さい。
主な特徴は一致。
<表層>
強く押す。
変化なし。
さらに強く押す。
変化なし。
中間層は出現しない。
表層膜のみ。
シンプルな構造。
<消去>
剥がせそう。
一部を剥がす。
形が保てない。
崩壊。
消滅。
†ごめんね。
はじめての異世界だった。
はじめての仕事でもある。
準備はたくさんしてきたつもりだけど、想定していなかったことの方が多かった。
その場で決めて、その場でやった。
今はこういうやり方しか分からない。
これでよかったのか分からない。
私は何をしようとしているんだろう。
考えようとすると、少し止まる。
分からないことがいっぱい。
でも、始めてしまった。
分からないままでも、続けるしかない。
分からないままでも、進めることはできる。
ここにはもう残るものはない。
次の世界へ。
終端を確定。
業務終了。




