記録03 第三の女②
「……ア、アルヴィさん、あの。……アレだよね。
人じゃなくて……ま、魔族……だよね?……」
「あ、いや、えっと、責めてるとかじゃなくて!
むしろ、その、
私、みたいなのをちゃんと見てるのは、
人間じゃないかなって、ふひ、思って……」
「あ、ごめんなさい! 勘違いだよね!
私、頭おかしいよね! ごめんね?……ごめんね?」
この世界に来てからすっかりコミュ障になってしまった私の、精一杯の会話がこれ。
気がついたら、一対一でもうまく話せなくなってた。
言い終わったあと、変な間があった。
でも、ちゃんと考えてくれてる時間というか。
あ、これちゃんと拾われるやつだ、って分かるやつ。
魔族——アルヴィと名乗る魔法剣士は、数日前に急遽パーティーに加わった。
私も魔法剣士だから、正直「うわ、終わった」って思った。
居場所なくなるなって。元からないけど。
でも実際は逆で、なんか、自然に私を輪に入れてくれたんだよね。
戦闘中も、気づいたら横にいて、タイミング合わせてくるし。
装備を新調しようって話のときも、なんか私の名前出してくれてたし。
あ、いる扱いされてる、って思った。
自己紹介のときも。
「あ、あ、あああさしろっそっそらでですぅ」
「フフッ。それ、どこからどこまでが名前なの?」
笑ってるのに、ちゃんと待ってる。
ちゃんと、こっちに向けて言ってる感じがする。
マジでイケおじ。
……けっこうタイプだった。
で、魔力の色がちょっと変だなって思って。
あ、これ人間じゃないやつだな、って、なんか分かった。
夜に、呼び出した。
焚き火から離れたとこ。
静かで、他のみんなには声が届かない場所。
問い詰めようとか思ったわけじゃない。
何となく、お話ししたいなって思ったら、そうなっただけ、みたいな。
少しだけ間があって。
アルヴィは、普通に頷いた。
「……つらいだろう」
それ聞いた瞬間、なんか、全部見えてる感じがしてさ。
昼のこととか、さっきのやつとか。
うまく言えないけど、ああ、バレてるなって。
……で、泣いた。
なんでか分かんないけど。止まんなかった。
彼は何も言わなかった。ただ見ててくれた。
それが、なんか、普通で。
——翌朝。
アルヴィはいなかった。
リーダーが言う。
「奴は魔族だった。斬り捨てた」
夜のうちにやったらしい。
「危なかったな」
「寝首かかれなくてよかった」
「さすがリーダー、よく見抜いた」
みんな、普通に安心してた。
……うん。
魔族の王を倒す旅、してたんだっけ。そういえば。
ー
で、さっきの話の続きなんだけど。
なんかさ、こっち来てから、ちょっとじゃなくて、明らかに変なんだよね。
まず宿ね。
五人で宿に入ったのに、通された部屋、普通にベッド四つしかなくてさ。
みんなササっと選ぶんだよね。なんかもう、いつもの感じで。
で、私だけ「あれ?」ってなって、ちょっと止まるじゃん。
しばらくして、やっと「あ、足りなくない?」ってなって。
「すみません、もう一部屋お願いします」って、普通にフロントに言ってくれて。
あ、ちゃんとしてるな、って思ったの。優しいな、って。
……でさ。
朝起きたら、やっぱり誰もいないの。先に出てるの。
二部屋取った意味、あった?ってなるじゃん。
そのあとも同じようなこと何回かあって、もう床でいいよって言うようにした。
で、戦闘中。
普通に削られてるのに、回復が来ないんだよね。
いや、まあ、タイミングの問題かなって思うじゃん、最初は。
でもさ、戦闘終わったあとに聞いたら「全体指定でかけたよ……?」って。
他の四人はちゃんと回復してるの。こっちはしてないの。
で、「あれ?」ってなるじゃん。向こうも「え?」ってなってて。
ちょっと気まずくなるんだよね。
……いや、私、パーティーメンバーだよね??
あと、これ。
どこかの街でさ、魔物退治したあとに、吟遊詩人が来て。
「この活躍、ぜひ詩にさせてください!」って。
なんか、一人ずつ話聞かれてさ。ちゃんと、私も聞かれたの。
どう戦ったとか、何を見たとか。
普通に答えたし、普通に会話も成立してた(と思う)。
で、しばらくして、他の街にいる時にその詩人と再会して。
みんなで聞いたのね。「おお、いいじゃん」みたいな感じで。
……でさ。
私、出てこないの。一回も。
名前も、エピソードも、存在自体も。
「五人の英雄」じゃなくて、普通に“四人”の話になってるの。
いや、さすがにちょっと待って、と。
でも、みんな普通に聞いてるの。誰も違和感ないの。
で、なんか言えなくてさ。
あと、これも地味に怖いんだけど。
五人で動いてるはずなのに、作戦会議してると途中から四人の配置になってるの。
誰も減ってないのに。あれ?って思っても、そのまま話進むし。
私もレベルあがってきたし、そこそこ強いですよ~……働きますよ~……。
なんて軽く言えないくらい、コミュ障は進行してた。
一回だけ、本気で怒ったことがある。
魔の森っていうとこで迷ったから、高いとこ登って道見ようと思ったのね。
で、このパターンは置いてかれるやつだって分かってた。
で、確認して、よし降りようって思って飛んだらさ。腰やっちゃって。
動けなくてさ。
で、見てたの。仲間の方。そしたら普通に、スタスタ先行くの。
一応声出したんだけど、届いてないっぽくて。
そのまま置いてかれて。
夜になってさ、一人で戦ってたんだけど。
魔物は普通にこっち認識してるの。
ちゃんと戦いにはなるし、普通に痛いし、普通に死ぬかもって何度も思った。
一晩戦って。
朝になって戻ってきたみんなに「気づかなかった」って言われて。
さすがに、その時は、言った。
「ま、待っ……ちょ、ちょっと待って、あの、ちが、違くて、
それ、その、さすがに、それは、ない……です……」
止まれない。
どこから話せばいいのか分かんないまま、口だけ先に出る。
「だ、だって、いた、いたし……いた、よね? いた、の。
すぐ後ろ、すぐ後ろに、いて、さっき、昨日、まで」
「声、出したし、呼んだし、なんか、何回も、呼んでて、
……聞こえなかった? え、あの、聞こえ、ない……?」
「そんな、そんなこと、ある……?
だって、距離、そんな……なくて、いや、あの、木のとこで」
「落ちて、それで、でも、そのあと、すぐ、で……」
違う。
こんな話じゃない。分かってるのに、止まらない。
「なんで……っていうか、いつも……いつも……
だって、パーティー、じゃん……四人で、動いてて……」
「いや、四人じゃなくて、五人で……私、いて……
そこに、いて……いないわけ、なくて……」
「なんで……なんで、いない、みたいに……なるの……」
息が足りない。
でも吸うのも忘れて、続ける。
「私、いたよね?」
「ちゃんと、いたよね?」
「いた、よね……?」
そこで、やっと声が切れる。
肺が痛い。喉が変に熱い。
——少し、間があって。
「……ごめん」
って声がした。
顔を上げると、リーダーがこっちを見てた。
困ったみたいな、でも誤魔化してない顔で。
「本当に、気づかなかった」
「でも……それは、おかしいよな」
周りを見る。
「誰かが居ないという認識が……本当になかったんだ」
「……俺たちも、変だと思う」
僧侶が、小さく頷く。
「……前にもこんなことがありました」
「魔法、全員にかけたつもりでした」
「でも、空さんだけ……」
言葉が途切れる。
魔法使いが、少し強めに言う。
「いや、コレ普通におかしいでしょ!」
「普通じゃないよ、ありえないって!」
剣士も、肩をすくめる。
「理由は分からないが」
「見えなくなる時があるって、ことか?」
リーダーが、もう一度こっちを見る。
「……次からは、ちゃんと確認する」
「お前がどこにいるか、ちゃんと見る」
少しだけ間を置いて、
「大事な仲間なんだからな」
って。
——ああ、よかった、って思った。
……まあ、
……結局、
変わらなかったけど。
ー
……ねえ。
はい。
これさ、なんていうか……。
忘れられてる、っていうか。
ちゃんといたのに、あとに残ってない感じ、っていうか。
記録に残りにくいのかもしれませんね。
……あー。それ、近いかも。
なんかさ、目の前では普通に会話してるし、ちゃんといるのに、終わったあとに、なかったことになる、みたいな。
似たことは、他にもありましたか。
あるある。
っていうか、だいたいそう。
小さいのだとさ、さっき言ったみたいなやつで。
でかいやつもあって……
それは、いつ?
魔王、倒したとき。
ー
空気が、軽くなった。
ついさっきまで場を埋め尽くしていた、重く濁った魔力が消えた。
本当に終わったんだなって、分かるやつ。
ずっと張り詰めてたのが、ふっと抜けて。
誰かが息を吐く音がして。
誰かが笑って。
魔王は強大だった。
誰一人欠けずに倒すことができたのは、奇跡。
みんないた。五人。
ちゃんと、そこに。並んで立ってて。
誰がどこにいるかも、ちゃんと分かってて。
「やったな……!」って声が上がって。
「終わった……!」って、誰かが言って。
名前が呼ばれていくの。
一人ずつ。
リーダー。
剣士。
魔法使い。
僧侶。
……。
あれ。
え。
は?
………………えぇ
そのまま歓声が続く。
そのまま、話が進む。
そのまま、“終わったこと”になる。
報告があって。記録が残って。
魔王は、四人で倒したことになってた。
普通に。
最初から、そうだったみたいに。
世界を救った英雄たちを、私は民衆に混ざって見上げてた。
どうしてそこにいたのか、その後どうしたのか、覚えてない。
どう終わったとか。
どうでもいいでしょ。
ー
どう?
なにか分かりそう?
……いくつか、考え方として。
でも、起きていることの説明にはなっても、
どうして起きているのかまでは分からない。
あなたはこの世界に呼ばれて、置かれている。
何か、やるべきことがあったのかも。
魔王を倒すことじゃなくて?
あ、ごめん、続けて。
……今見えているのは、
関係に入りにくいこと、
関わっても、あとに残らないこと、
記録に、うまくまとまらないこと。
それが、ずっと続いている。
もし、
必要ない部分が削られる仕組みがあるとすると、
外れやすいのは、自然なのかも。
でも、それだと全部消えてしまうはずで、
ちゃんと動いているし、見えている時もある。
だから、たぶん、
全部が同じように扱われているわけじゃない。
それか。
……これは、少し別の見方だけど、
うまくいっている可能性もある。
想定されていた役に対して、
実は今の状態が合っている、という可能性。
その結果として、関係に入らないことや、
記録に残らないことが起きている。
そういう仕様なのかも。
ただ。
何かには合っているのに、
全体としては、ズレている。
どうしてそうなっているのかは……分からない。
……長いし、分かりにくいんよ。
けど。
がんばって考えてくれたのは分かるよ。
バグか、仕様か、そのミックスか、みたいなことだよね?
分かるような、分かんないような。
……あーあ。
結局モヤモヤしたまま終わるのかー。
なんて理不尽なんだー。
まぁでもさ、
こうやって私が話したことは、残してくれるんだよね?
はい。
誰かに読まれるためのものでは、ないけど。
あなたが知っててくれるなら、それでいいよ。
みんなが知らなくても、誰かが知ってる。
それで、いいよ。
ちなみに私、浅白 空。
浅白 空さん。
ちゃんでいいよ。
空ちゃん。
ふひ。あなたは?
掃除屋、とだけ。
それは、そうなんだろうけど。
そっちじゃなくて……
私の名前は記録されないの。
これは仕様。
そっかぁ。
仕様は……強いからなぁ。
まぁ、それでいいか。
このやり取りも記録しておきますね。
……ふふ、コミュ障っぽさあるね、掃除屋ちゃんも。
お仕事がんばってね。
じゃあね。
対象03の記録を終了。
この記録が完全かどうかは分からない。
欠落してても、確認する方法がない。
そういう特性の世界、
そういう特性の人物、なのかも。
コミュ障なのは自覚してる。
言葉使いが定まらない。
あの子のように、上手くやれない。
もう少し、試してみよう。
対象03を消去。
終端を確定。
業務終了。




