IF_もしもユウジとシンジだったら
「無罪放免の代わりに、京の不穏分子を調査せよ」
それが、江戸城に殴り込みをかけて捕まったユウジとシンジに突きつけられた、新たな任務だった。
このバカ共を江戸に居座らせてもロクなことにならないという、お上なりの厄介払いである。
だが、そんな裏事情などつゆ知らず、二人は「天下の御用」と意気揚々に江戸を出発した。
箱根の峠に差し掛かった頃、二人の足を止めたのは、街道でひときわ活気を放つ一軒の茶屋だった。
『侍アニキの黄金団子』
「なんやコレ?ワイを呼んどるんか?」
「アニキィ!間違いねぇっす!団子の方からアニキに食われたがってるように見えますぜ!」
勝手な解釈をした二人は、店に転がり込むと席に着いた。
「一番高い団子持ってこんかいっ!」と騒ぐ二人。
すると店主がユウジの顔を凝視し、ガタガタと震え始めた。
「あ、あのお方はっ!?」
かつて江戸で商売に失敗し、死を覚悟した店主。
その前に現れた「黄金の如き輝きを放つ侍」が、見返りも求めず一分金を投げ与えたという――。
今や街道筋の語り草になっている、そんな奇跡のような夢物語。
その「黄金の如き輝きを放つ侍」が、今まさに自分の目の前に現れたのだ。
作業を全て投げ捨てて、店主は転がるようにユウジとシンジの下へ駆け寄る。
「あの時の、黄金の侍様!お陰様で、お陰で商売も軌道に乗り、こうして店を構えることができました!まさかこうしてお会いできるなんてっ!」
涙を流して深々と頭を下げる店主に対して、そんなことはもう完全に忘れている二人は、なんとも言えない顔をしている。
「この恩、どうしても返させてください!旅のお供に、何なりと申し付けを!」
なぜ店主が頭を下げているのかは理解できなかったが、とにかく敬われているのは分かる。
察したユウジは、これぞ英雄の器とばかりに胸を張り、ニヤリと笑った。
「ギャハハハッ!くるしゅうない!くるしゅうない!!」
店主の肩をバシバシと叩き、上機嫌に笑い出す。
その横でシンジも意味深にうなづいているが、こちらも何も覚えてないし理解していない。
そんな光景を見ていた他の客から「あれが噂の?」「確かにオーラが違う!」などとユウジに対する称賛の嵐が巻き起こる。
「ぐへへへ…、なんや?分かっとるやないけ?」
それで調子に乗らないユウジではない。
人生で初と言っても良い他人からの称賛の嵐(シンジは別)で、彼はもう有頂天だった。
懐から奉行所から渡された路銀を取り出すと、それをそのまま店主に叩きつける。
「受け取れぃ!ワイからのお祝いじゃあ!!」
「たまらねぇ…、アニキのハンパねぇ懐の深さ!ワシぁどこまでもついて行きますぜ!!」
失敗からは学ばない。
かつて十手を売った金をほぼ全て投げ渡し、悲惨な目にあったことなどとうに記憶から消している。
失敗は、更なる失敗で上書きするのがユウジ&シンジのやり方。
「そんな…、恩を返したいのにまたこんなっ?」
申し訳なさそうに言う店主だが、周りの客から「とんでもねぇお侍様だ!」「粋だねぇ!」「ここは受け取らなきゃ、お侍様に失礼だぞ!」という言葉を受け、涙ながらに金を受け取った。
「もっと店をでかくしたったらええ。それが恩返しっちゅ〜もんちゃうんか?」
「ここはアニキのおごりじゃあ!店主、全員に団子を腹一杯食わしたれぃ!!」
ユウジの粋な言葉と、それに呼応したシンジの叫び声で店は大いに沸き立つ。
一通り騒いだあと、店主の感謝と他の客からの歓声を背に、二人は箱根の山に高笑いを響かせて店を飛び出した。
路銀はゼロになったが、足取りは天下人のそれであった。
◇◆◇
その夜。
路銀は尽き、二人は方角も分からぬまま山中をさまよっていた。
「まだ着かんのかっ!?」
痺れを切らしたユウジが吠える。
「シンジィ!この道、さっきも通った気がするのう。さてはこの地面、ワイにビビって動いとるんか!?」
対するシンジは、目をキラキラさせてユウジを仰ぎ見る。
「地面が動くなんて、発想がハンパねぇっす!さすがアニキ、地球のカラクリを見抜いちまうなんて、博学にもほどがありますぜ!!」
そう言い張って突き進むこと数日。
二人の前に広がっていたのは、雅な京の街並みではなく、荒れ狂う日本海の荒波であった。
「シンジェぁぁぁ!」
「ぎゃあああああ!!」
ユウジの拳がシンジを宙に浮かせた。
「なんで海なんじゃあ!京の都はいつから水没したんじゃぁ!!」
砂浜に転げ落ちたシンジが、朦朧とする意識の中で立ち上がる。
「ア…アニキィ。なんでワシを…っはうわ!!」
涙。
ユウジの瞳から流れる一筋の涙に気づき、シンジは言葉を失う。
自分がなぜ殴られたのかなど、敬愛するアニキの涙の前には、道端の小石ほどの価値もない。
「キレちまった…。」
どこか儚げな瞳で海の向こうを見据えるユウジ。
儚げというか、もうイッちまってる。
「もう完全にキレちまったよ…。」
地面に膝をつくユウジ。
それをシンジが怯えた表情で見つめる。
「徳川の野郎、ぶっっ殺す!百回殺す!!」
目を血走らせ、号泣しながら地面を殴りつけるユウジ。
そんな姿を見て、シンジも声を荒げて泣き崩れる。
「アニキの、いやワシ等の純粋無垢な心を弄びおって、奴らは鬼じゃ!鬼畜生じゃあぁ!!」
一通り喚き散らした後、スッと立ち上がるユウジ。
その流れで、刀を勢いよく引き抜く。
「腐り切った世の中を、国をワイ等の手に取り戻すっ!!」
まるで彼の言葉を祝福するがごとく、切先が月の光に照らされる。
「アニキは本気や!本気と書いて『マジ』や!!」
それを、まるで神仏を崇めるような目で見つめるシンジ。
「世直し侍の国盗りじゃい!!」
勇ましく反転するユウジ。
しかし、致命的な問題があった。
「シンジィ! 江戸はどっちじゃああ!!」
江戸がどこにあるのか、分かっていなかったのである。
「へへっ、アニキの背中がある方が、アニキの背中にビビってる方角が江戸にちげぇねぇっす!」
根拠ゼロ、理解不能な回答を導き出すシンジ。
それに対して、もちろんユウジは「無論っ!」と自信満々に歩き出す。
そして、気づけば二人は、人跡未踏の深い山奥へと迷い込んでいた。
◆◆◆
一週間後。
「ユウジ様、シンジ様のおなぁ〜り〜!」
そこは、黄金に輝く江戸城の本丸。
目の前には、極上の山海の珍味が山のように積まれている。
「見ろシンジィ!この江戸は全部ワイ等のもんじゃ!毎日が祭りじゃああ!!」
「アニキィ!マジクソハンパねぇっ!もうアニキは人間じゃねぇ、神そのものじゃぁあ!!」
豪快に笑い、腹一杯に飯を食う。
誰もが二人を敬い、この世の全てを手に入れた至福の時間。
「ギャハハハッ!酒池肉林じゃあ!ワイが宇宙最強じゃあぁぁ!!」
ーーそれはユウジが今際の際に見た、あまりにも儚い夢だった。
冷たい雨のそぼ降る、暗い山中。
もはや声を上げることすら、ままならなくなったシンジが、震える指先で泥を掴み、這いずりながらユウジの側へと近づいていく。
「ア…ニキ…。」
辿り着いたシンジの目に映ったのは、夢の中と同じ、優しく満足げな微笑みを浮かべたまま動かなくなったユウジの姿だった。
泥にまみれ、痩せこけながらも、その死に顔には「天下を獲った」という確信に満ちた、穏やかな安らぎがあった。
シンジはそれを見て、ひび割れた唇をわずかに綻ばせる。
「…へへ…アニキ、ワシも連れてってくだせぇ。」
シンジは、冷たくなったユウジの腕に自分の手を重ねた。
安心したように、深く、長い溜息を吐く。
「アニキの作る、懐かしい未来へ…。」
そのままシンジの意識は、アニキが待つ黄金の江戸城へと、光に導かれるように旅立っていった。
箱根の山に舞い落ちていた紅葉も、今は散り果てて大地を覆っている。
日本のどこかの山奥、夢の中で天下を掴んだ二人は、静かに、そして幸せそうに土へと還っていった。
吹き抜ける冬の風だけが、彼らの最期を知らぬまま、枯れ葉を舞い上げていた。




