第38話 悪役令嬢は婚約破棄を夢にみる5【終】
殿下は私と握手を交わした後、部屋を後にした。
部屋には私とアルフレッドの二人きりだ。
二人きりだなんて、いつものこと。なのに今日は凄く緊張する。
「お嬢様、何故そんなに離れているのですか?」
私は緊張して、椅子をベッドから少し遠ざけて座っていた。
だって、両想いだって分かってしかもさっき、きっ……キスされそうになって……。
私はまだ心の整理が追いつかず、彼とどう接すれば良いのか分かりかねている。
私がまごまごしていると、アルフレッドはベッドから降りて私のところまで来た。
私は反射的に椅子から立ち上がり、後ろに一歩、二歩と下がる。
「お嬢様、そのように避けられては私も傷つきます」
「ごっ、ごめんなさい。どう接すれば良いのか分からなくて」
私はその言葉に後ろに下がる足を止めた。
アルフレッドは私の足が止まった隙を見逃さず、一気に距離を詰め、私の手を掴んだ。
「あっ、アルフレッド……」
「やっと捕まえましたよ」
そう言いアルフレッドは私を抱きしめた。
「お嬢様……」
くすぐったい。アルフレッドの吐息が耳にかかる。甘く体に響く声。
彼の息遣いが聞こえる。その度にかかる息が、私の体を痺れさす。
顔が火照り、意識が朦朧としてくる。
すると不意に顎をクイっと持ち上げられ、口を塞がれた。
一瞬の出来事で私はビックリした。
そのキスは熱く、甘く、そして少し強引だった。
⁈しっ……舌が……⁈
体に力が……入らない……
私はキスだけで骨抜きにされ、足元がふらついた。
すると体が急にふわっと浮いた。
気がつくと私はベッドの上に運ばれていた。
目の前には熱いまなざしのアルフレッドがいる。私の上に覆いかぶさるようにいる。
私の顔はどんどん赤くなり、既にゆでダコ状態だ。
「だっ、ダメーー‼︎」
私は恥ずかしさのあまり、アルフレッドを勢いよく突き飛ばした。
だっ、だって……いきなりこんな事って。
こう言うのは順序が……‼︎
「アルフレッド、家に帰らないとお父様達も心配しているわきっと。取り敢えず、先ずは帰りましょう‼︎」
私は立ち上がり手で顔を仰ぐ。
早くこの火照り冷めないかしら。
アルフレッドを見ると、いつものアルフレッドに戻っていた。
「そうですね、お嬢様。屋敷に帰りましょう」
こうして私たちは帰路に就いたのだった。
数日後、殿下と私の婚約破棄が正式に発表された。理由は明確には明かされなかったが、変な噂が立たないように、私達が婚約破棄した後も友好的だと言う事をアピールする必要があった。
その為私は後日王宮で開催されたパーティーに出席し、殿下と友好的である事をアピールした。
そして婚約破棄後すぐに付き合うのは対外的に如何なものかと思うので、私が学園を卒業するまでは、アルフレッドとは今までの関係でいることとなった。
まあ、どの道アルフレッドとは暫く離れて暮らす事になるのよね。
アルフレッドはこの春騎士団に入団し、寄宿舎で暮らすことになる。
これはお父様が出した、私達の交際を認める条件であった。
あの事件の翌日、私達三人はお父様に話をする事にした。
殿下が自分がいた方が話がスムーズにいくだろうと、わざわざ来てくださった。
「殿下、わざわざ我が家にお越しいただかなくても、言ってくだされば私が王宮に……」
「ああ、すまない。王宮では些か話しにくい事でな。できればこちらで話をしたかったのだ」
「そう言う事でしたら」
ああ、緊張する。
お父様になんてお話ししたらいいのだろうか。
「ヴァリアーヌ侯爵、いきなりですまないが、フレデリカとの婚約を解消したい」
殿下はいきなり本題に入った。それを聞いたお父様は青ざめている。
「でっ、殿下。娘がなにか失礼な事をしたのでしょうか?もしそうでしたら娘に変わりお詫び申し上げます」
「違う。フレデリカは何もしていない。……そもそもこの婚約は最初から間違っていたのだ」
「で、殿下⁈」
殿下に悪気はないのだろうが、その鋭い言い方にお父様の心は抉られていた。
「あっ、別にフレデリカが嫌いとかではないぞ。寧ろ好きだから解消したいのだ」
「それはどういう……」
「まず、私は勘違いをしていたのだ。私はフレデリカと両想いだと思っていたから婚約を申し込んだ。それがそもそも間違っていたのだ。……フレデリカは私のことを恋愛対象として好きでいるわけではなかった。ただの友人としてだったのだ。そして、フレデリカは昔からアルフレッドを一途に想っていたのだ。好きな人には好きな人と幸せになってもらいたい。……それが婚約解消の理由だ」
「アルフレッドを……」
お父様はアルフレッドを見た。
「私もお嬢様を愛しています。この気持ちはずっと奥にしまいこんでおく予定でした」
「なら、何故今になって‼︎私だってフレデリカには幸せになって欲しい。しかしフレデリカは侯爵令嬢。然るべき家に嫁ぐのは当然だ。既に後継は決まり、フレデリカは嫁に行くしかないのだ」
父は声を荒げて言った。そう、我が家の後継は正式にイーバンに決まった。
私が残り、婿を取るという選択肢は無くなったのだ。
「分かっています。……だから殿下の婚約をお受けしたのです。私はずっとこの気持ちを隠し続けていました。でも殿下に知られてしまい、言われたのです。私が好きな人と幸せになることが、殿下の幸せでもあると」
「婚約解消を望んだのは私だ。どうか私の我儘を許して欲しい」
「……殿下。しかし、恐れながらアルフレッドは当家の一使用人に過ぎません。今のままではフレデリカと結婚させることは出来ません」
そうよね、この身分差をどうにかしないとお父様は許してくださらない。
「ですので、アルフレッドには騎士団に入団し、フレデリカが学園を卒業するまで寄宿舎で生活してもらう事にします。卒業まで待てば、……付き合う事は、認めようと思います」
「お父様……」
「但し付き合うだけだぞ。結婚は、副団長になれば認めてやる」
「副団長?」
「ーーつまり、爵位を得たらお嬢様との結婚を認めてくださると言う事ですね」
そう、我が国では実力のあるものにも爵位を授ける。爵位を得るには騎士団の団長か副団長になるか、王宮筆頭魔導師か次席魔導師になるか、役人として政治の中枢に加わる実力をつけ、王より爵位を授かるかの三択だ。
アルフレッドは特に剣の腕が良いから、騎士団は妥当だろう。
「ああ、そうだ。アルフレッド、私はお前を大事に思っている。二人が愛し合っているのなら、とても喜ばしい事だと思っている。だが、娘を爵位のないものに嫁がせる事は出来ないのだ。この親心を理解して欲しい」
「承知しております、旦那様。私はお嬢様との事を許していただけただけで、充分にございます。このアルフレッド、必ずや爵位を手に入れてみせます」
こうして、私たちのことをお父様に認めていただくことが出来たのだった。
だが、学園を卒業するまでは他の者にバレないようにと口酸っぱく言われた。家の者にも気づかれないようにと。
「ーーだから結局は今まで通りなのよね」
季節は春。先輩たちは学園を卒業し、私は二年生になる。
ゲームの期間は終わったのだった。
攻略キャラの人たちは誰も主人公とのフラグは立たず、所謂ノーマルエンドを迎えた。
しかし、ゲームとは一点違う部分がある。
私と殿下の婚約解消だ。
ゲームではあり得ない展開だ。
私も想定していなかった展開だが、目標であった婚約破棄、もとい婚約解消をすることが出来た。
私はアルフレッドを見た。私の視線に気づいたアルフレッドは微笑んだ。
私と彼は遂に両想いになれた。まあ、お互い一方通行だと思い込んでいただけだったんだけどね。
あれ以来、アルフレッドは何もしてこない。手も繋いでこないんだからね‼︎
あの時は、いきなりでビックリして逃げちゃったけど、なにもないのはそれはそれで寂しいものだ。
手を繋いだりとか、ちょっとくらい良いじゃないと思っちゃうけど、どこから綻びが出てバレるか分からないからと言われてしまった。
そうよね、バレたら今までの苦労が水の泡よね。
なので馬車から降りたりとか必要な時しかアルフレッドの手に触れる事は出来なかった。
そして、今日アルフレッドは旅立つ。騎士団の入団試験は余裕で合格で、即戦力になると判断され、いきなり任務に就くことになった。
「最初は普通寄宿舎内で、特訓から始まるんだけどねー」
「そうですよね、私もいきなり任務とは驚きです」
アルフレッドは国境にある砦に行き、そこの任務に加わる。砦はいくつかあるから一年かけて順番に回るそうだ。任務が終わるのは私の卒業の頃だという。
つまり、卒業まで会えないのだ。
寂しい。贅沢を言ってはいけないのは分かっているが、寂しい。
私が俯いていると、アルフレッドは手を差し出した。
「えっ?」
「握手、しましょう。お嬢様」
「握手……」
「今まで、貴方にお仕え出来て私はとても幸せでした。貴方の隣に並んで歩けるようになる為に、精進して参ります。暫しのお別れをお許しください」
私は差し出されたアルフレッドの手を取り、握手した。繋がれた手からは彼の温もりが伝わってくる。
温かい。
「では、行ってきます」
「ええ、気をつけてね」
アルフレッドは馬車に乗り、扉が閉まる。
そして馬車は動き出し、次第に遠くなっていった。
私は彼の温もりが残る手に目をやった。
「……行っちゃった」
リーンゴーン
「鐘の音……」
きっとどこかで誰かが結婚式を行なっているのだろう。
「私もいつか……」
副団長なんて、何年かかるか分からない。でも、彼なら絶対になってくれる。私はそう確信していた。
彼はいつも私の事を考え、願いを叶えてくれていた。きっと今度も……。
「よし、私も勉強しますか」
外にでは彼はきっとこれから沢山の女性からアプローチを受けることになるだろう。
そんな時、他の女性を黙らせるくらい素敵な女性になっていないと彼の隣は歩けない。
馬車が見えなくなると私は踵を返し、自分の部屋へと戻るのだった。
当初の予定とは違う形の展開だが、私は望んだ未来を手に入れることが出来た。
そして、エンディングのその先へ。まだ見ぬ未来へと踏み出したのだった。
ここまで読んでくださりありがとうございました。これにて本編完結です。
この後は、各キャラの書けなかった話を番外編として順次更新していこうと思います。その後の話も少し書けたらなと思っています。
ひとまずは連載物の
「元聖女は普通に暮らしたい 〜今世は侯爵令嬢ですが、平穏な暮らしを得るために魔王を討伐致します〜」
「私が悪役令嬢だからって、こんな仕打ち酷すぎませんか⁈」
を優先して更新していきたいなと思っています。