第37話 悪役令嬢は婚約破棄を夢にみる4
「こんな姿で申し訳ありません」
「問題ない。怪我をしているのだからそのままで良い」
アルフレッドは起き上がり枕を背中に置いて座っている。
私と殿下は、ベッドの脇にある椅子に腰かけた。
とっ、取り敢えずあれだ。
私は立ち上がり、膝をついた。
「殿下、申し訳ございませんでしたーー‼︎」
私は頭を地面に擦り付けた。
土下座‼︎
これぞ必死に謝る姿勢を表す究極の姿勢。
私は誠心誠意謝った。
この世界には土下座文化はないが、きっと私の必死さは伝わるだろう。
どうか、どうか処罰は私だけに。
どうか、家名が傷つかないように配慮していただきたい。
私は必死に謝った。
「顔を上げて、フレデリカ。私は寧ろホッとしているのだよ」
「へっ?」
私は予想外の言葉に間抜けな声を出した。
ホッとしている?
どういうこと??
「殿下は……その、もしかして婚約破棄をしたかったのですか?」
私は思いつく解答を言った。
「それはない。私は昔からフレデリカ一筋だ。他に好きな人などいないし、出来れば君と結婚したいと思っている」
「なら何故……」
好きなら何故婚約破棄を?
「……君の心が、私に向いていないと分かったからだよ」
「あっ……」
「私は、君も私の事を愛してくれていると思っていた。でもそれは違った。あの時の言葉の真の意味も分かったよ。昔結婚しようと約束した時、君はアルフレッドよりステキな男になればと言っていた。君にとってアルフレッドより良い男になれる人は現れない。あれは、私を元気付けるための言葉だったのだね」
「はい……」
「気づかなくてすまなかった」
「いえ、私の方こそ誤解を与える言い方をしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや、フレデリカは私を傷つけまいと、そう言った。君の思惑通り、私はあの言葉に救われ、元気付けられた。だから、あの言葉には感謝している。私はね、君を愛しているから君には幸せになってほしい。だから、好きな人と幸せになって欲しいのだよ」
「殿下……」
そうか、だから殿下は婚約破棄を言い出したのか。
「しかし、気持ちを偽っていたとはいえ、婚約者である身でありながらこのようなこと。誠に申し訳ございませんでした」
「そう何度も謝るな。寧ろ言ってくれて助かったと先程も申したはずだ。兄上から聞いてはいたが、やはり君の口から聞かないと信じきれなくてな」
「えっ?アーバン王子ですか?」
なんでここでアーバン王子の名が。そう言えばさっきもそのような事を……。
「お嬢様。ここから先は私がお話し致します」
そう言いアルフレッドは、説明を始めた。
***
殿下と共に馬車に乗った私は、王宮の東にある森に来ていた。
殿下と共に馬車を降りると、そこにはヴァンがいた。
「何故、貴方がここに?」
「殿下とお前に話があってな」
「それは、先程の誘拐事件の真の目的ですか?」
「ああ。何故オレたちが婚約破棄を言い出したのか、その理由だけでも話したくてな。別にこれを聞いて婚約破棄をしろだなんて言わない。ただ、事実として心に留めておいてほしい」
「ーーで、その理由とは?」
「それは、フレデリカ様の想い人がアルフレッドだという事だ」
「なっ、何を言っているのですか⁈冗談も大概に……」
すると隣にいた殿下が手でそれを制した。
「ーー続きを」
「フレデリカ様は、昔からアルフレッドだけを好きでいた。婚約前に自分の気持ちをずっと言わずにいたのは、アルフレッドが身分の差を気にするからだろう。そして、殿下に婚約を申し込まれ、気持ちは伝えられることのないまま封印された」
二人はヴァンの話を静かに聞いていた。そして、殿下がポツリと呟いた。
「……昔のあの言葉はそういうことだったのだな」
「えっ?」
「アルフレッド、覚えているか?昔フレデリカが『そうね、貴方がアルフレッドよりステキな殿方になっていたら、受けてあげてもいいわよ』と言ったのを。あれは、好きな人はアルフレッドだから、貴方は頑張ってもアルフレッドを超えることは、まずない。つまり、遠回しの断りの言葉だったんだ。フレデリカは私を傷つけまいと、そう言った。彼女の思惑通り、私はあの言葉に救われ、元気付けられた」
「しかし、本当にそうかどうかは……」
「なら、確かめてみようではないか」
「えっ?」
「そうだな……君が怪我して意識不明になったことにしよう。君がそんな状態になったら彼女は動揺する。何か言うかもしれない。もう気持ちが伝えられないかもしれないと思ったら、伝えるつもりのなかった隠してきた気持ちを言うかもしれない」
「……そうでしょうか?」
「いや、それは名案だ。是非やってみたほうが良いかと」
「ありがとうございます、兄様」
「……殿下、その呼び名は……」
「兄様こそ、敬語をやめて頂きたいです」
「……それは無理です」
「兄様のケチ。……それは置いといて。アルフレッド、剣を取れ」
私は側にいた御者に剣を手渡された。
「殿下。何故剣を」
「フレデリカをかけた私闘だ。お前の事だ、いくら私が引いてもすんなり受け入れてはくれないだろう。だから、この剣で私を倒してフレデリカを手に入れろ」
「そんなこと……」
「出来ないとは言わせない。私は全力で挑む。それに対して手緩い事をするのは逆に失礼じゃないか?私と本気で剣を交え、雑念を払いフレデリカと向き合うのだ」
私は剣をじっと見つめ、手に力を込めた。
「分かりました。行きます」
「じゃあ審判はオレが。ーー始め‼︎」
***
「ーーそんな感じで、殿下と私闘を繰り広げ、その後ベッドで目を瞑りじっと待っておりました」
「演技だったの⁈ってか、私闘⁈じっ、じゃあこの包帯は私闘での怪我?」
「いえ、それはフェイクです。所々傷があるのは殿下との私闘の結果ですが、大した怪我はしておりません」
「そっ、そう……」
私は一気に力が抜けた。良かった。アルフレッドが危ない目にあってなくて。
……私闘はしていたけど、二人を見る限り大きな怪我はしていないようだし、その点は大丈夫そうね。
「フレデリカ、騙すような真似をしてすまなかった。……でもこれで君の本心が分かって良かったよ。明日私の方から国王に話して婚約破棄をする。ヴァリアーヌ家に落ち度はないようにするから心配はしなくて良い」
「殿下……」
「幸せになってほしい、フレデリカ。それが、私の幸せでもあるのだから」
「ありがとうございます。……シルヴィー、貴方は私の大切な友人よ。これからもずっと」
「……ありがとう、フレデリカ。ありがとう……私の初恋の人」
殿下は私に手を差し出した。
好きな人の幸せを願う。そのために身を引く。それがどれだけ辛いことか、私には痛いほど分かる。
私は殿下の手に手を重ね握手した。
ーーありがとう、シルヴィー。




