第35話 悪役令嬢は婚約破棄を夢にみる2
「殿下、アルフレッド様‼︎」
「リリアナ」
「リリアナ様、如何なさいましたか?」
リリアナはアルフレッドの働くカフェへと走った。二人を探して走ったので、肩で息をしている。
ーー無論二人がここにいるのは最初から知っていた。一生懸命必死に探したアピールである。
「あっ、あの実は……」
リリアナは二人を手招きして、顔を寄せ合い小声で話す。
「ーーと言う感じでして。助けてください‼︎」
リリアナは、フードを被った男にフレデリカが連れ去られ、騒ぎを大きくすればフレデリカの命はないと伝えた。
「犯人の要求は?どこに連れ去られたか分かりますか?」
「えっと……犯人がこれを……」
リリアナは二人に封筒を手渡した。殿下はそれを開封する。二人は中を読んで顔をしかめる。
「犯人は騒ぎを大きくしたくないと言いましたが、何が目的なのだろうな」
「そうですね、殿下。……このような行動をしても……取り敢えず指定された場所に急ぎましょうか」
「すまないがリリアナ。君も付いてきてもらいたい」
「えっ⁈」
「君がいないと困るんだ」
「……はい」
こうして三人は、フレデリカが捉えられている場所へ向かった。
向かった場所は、学園を出てすぐのとある場所。古びた石造りの建物。年季が入っており、所々欠けている。三人は階段を降り、半地下になっている扉を開けて中へと入った。
入ると拓けた空間があり、扉が二つある。
すると一つの扉が開き、中から人が出てきた。
「お待ちしておりました」
現れたのはヴァンだった。ヴァンはニコリと微笑む。
「やはり君が……。これはヴァンとしての行動か?それともアーバンとしての行動か?」
アルフレッドはいつになく低い声で尋ねる。
「勿論ヴァンとして……だよ」
「兄様……フレデリカはどこに?」
「この奥ですよ、殿下。それと兄様などとお呼びになさいませぬよう」
「えっ、ヴァンさんが兄様って⁈アーバンってあのアーバン王子⁈」
リリアナはさも知らなかったように驚いてみせる。しかし、驚く程演技が下手で、三人から白い目で見られてしまう。
「リリアナ……そんなわざとらしい演技は必要ないよ。君がこの件に関わっているのは最初から分かっていたから」
「リリアナ様とお嬢様がお茶をしている際にお嬢様は意識を失いました。そしてフードを被った人に抱えられていくところを目撃されていますが、リリアナ様が平然とされていたので、何かの寸劇が始まるのかとか、色々噂が聞こえてきましたよ」
ーーそう、リリアナが二人に伝える前に、二人の元にはそれを見た人たちの噂話が流れていていた。
フレデリカが謎の人物にお姫様抱っこされて颯爽と立ち去られたと。リリアナはその人物から何かを受け取り黙ったままだったと。
二人はリリアナから話を聞いた際、話したらフレデリカの命がないと言われたからそのような行動を取っていた可能性もゼロではない、そう考えた。どの道話に乗らないとフレデリカのいる場所へは行けないので、話に乗った。
そして先程の言動でハッキリとした。皆が感じ取った雰囲気や先程の大根役者ぶりから考えて、十中八九演技だろう。
彼女はこの珍事件の犯人の仲間……いや、主犯かもしれない。
「リリアナ嬢……」
皆の目に耐えきれなくなり、リリアナは爆発する。
「うぅー、だってこうでもしなきゃ婚約破棄出来ないじゃないですか‼︎」
「「婚約破棄?」」
もう、段取りがめちゃくちゃだ。
「何故私とフレデリカが婚約破棄をしなくてはいけないのですか?一体何を企んでいるのです?」
「そうですよ、お嬢様と殿下の幸せを邪魔しようだなんて、貴方は何を考えているのですか?」
ここに来て二人が真剣な表情で敵を睨むような目をしてリリアナを見る。
おちゃらけたように見えて、実はとんでもないことを考えているのか?
「……もしかして、私の妻の座を狙っている……?」
シルヴァント王子殿下は、思いついたように呟いた。
「貴方が聖魔法の適性があることを、ある者から聞いている。確かに聖魔法の使い手は希少で、国外への流出は避けたい。過去の使い手は王族との婚姻をした者も多い。しかし、私はそれでもフレデリカを取る。私が愛しているのは後にも先にもフレデリカ只一人だけだ‼︎そのような力に頼らずフレデリカと手に手を取り、頑張っていきたい」
殿下は声高らかに宣言した。その声は案外大きく、奥の部屋にいたフレデリカにまで届いた。
奥の部屋にいたフレデリカは殿下の話をしっかり聞いていた。
「殿下……そこまで私を想っていてくださったなんて」
奥の部屋にいるフレデリカは呟き、扉を眺める。フレデリカは両頬を叩き気合いを入れる。その瞳は、何かを覚悟したような瞳だった。そして立ち上がり、扉へと向かった。
「殿下……。素晴らしいです。力に屈することなく愛をお選びになるとは。このアルフレッド、微力ながらお支えしたいと思います」
アルフレッドは目尻に涙を溜めている。ああ、なんか二人で盛り上がっているなあ。
リリアナとヴァンは置いていかれた気分で二人を眺めていた。
カツン
すると扉の奥で音がした。ヴァンは溜息をつきながら扉を開ける。
そこにはフレデリカがいた。
「お嬢様……」
「あっ、アルフレッド……。なんか話し声が聞こえてきて、扉も開いていたから出てきちゃった」
フレデリカはチラッとリリアナとヴァンを見る。二人は目で計画失敗と訴えた。
「殿下、ご迷惑をおかけして申し訳ございません。アルフレッドも、心配をかけたわね」
「お嬢様、お怪我は?」
「何もないわよこの通りピンピンしているわ。さあ、帰りましょう」
私は二人を外に出るように促した。
「フレデリカたん‼︎それで本当に良いの?本当の気持ちを言わなくて、後悔しないの?」
リリアナは力の限り叫んだ。
フレデリカは振り向き、リリアナの目を見て答えた。
「良いも悪いもないわ。私は婚約破棄を望んでいない。……ただその……マリッジブルー?みたいなのになって貴方に相談しただけよ。勘違いさせて悪かったわね。でも、もう大丈夫よ。殿下の気持ちを聞けて、嬉しかったわ。王妃になる不安・重圧も払拭出来たわ。……もう私は大丈夫よ」
ーー嘘。
本当は婚約破棄したい。
でも、殿下の気持ちを聞けて嬉しかったのは本当。
殿下は聖魔法より私を選んだ。
きっと、私は悪役令嬢として貴方に捨てられることはない。
それが分かっただけでも十分。
私はフレデリカ=ヴァリアーヌ。侯爵令嬢。
家名を汚すような振る舞いは許さない。
自分の我儘で家名を傷つけたくはない。
……これで良い。これで……良かったのよ。
「さあ、二人とも早く帰りましょう」
私は精一杯笑顔を作り、この場所から去った。
「フレデリカたん……」
部屋にはリリアナとヴァンがポツンと寂しげな表情で立っていた。
「……仕方ないさ。フレデリカ様がああまで言われるのだから。これ以上オレたちには何も出来ない」
「そう……ですね……。と言うか、あの二人ヴァンさんの事、アーバン王子って気づいていましたね」
「アルフレッドは……大分前から分かっていたよ。シルヴァントは……気づいていたんだな。気づいていないと思っていたよ。……オレ的には君がオレの正体に気づいたことの方が驚きだけどね」
「えっ⁈」
「この話を持ちかけてきた時、『アーバン王子だとバラされたくなかったら、私の計画に付き合ってください』って言われてビックリしたよ」
ヴァンは笑いながら、思い出していた。
そう、リリアナはヴァンに脅して協力を仰いだ。ヴァンは別に脅しに屈してこの茶番劇に付き合っていたわけではないが。
彼は、ただ好きな人の頼みだから断れなかっただけ。でもそれをリリアナは知らない。
「あれは……その……聖魔法が使える者は王族がなんとなく分かるんですよ‼︎」
リリアナは焦って適当な言い訳を言う。勿論違う。彼女はこの情報をゲームで知り得た。フレデリカは知らなかったが、彼女は知っていた。
何故なら彼女はこのゲームでは名前もなかったこのモブ店員、ヴァンが好きだったから。
彼女は彼に会いたくて、ゲームでカフェばかり行っていた。普段はここでアルフレッドに会えるのだが、いない時もある。そういうときは、このモブ店員が相手をしてくれるのだ。
そうなる確率は極めて低い。毎日カフェに通ってもゲームクリアまでに一回あるかないかだ。それを彼女は愛故にセーブ・ロードを繰り返し、毎回彼と楽しく会話していた。執念のなせる技だ。
そして一定回数彼と会話すると、殿下を少し寂しそうな目で見ているシーンが出てくる。
そこで彼女は殿下ルートに入り、尚且つ彼のもとに通うと言う、とても大変な事をやり遂げた。
すると、アーバン王子に誘拐された時に、そのフードが外れて彼の姿が見える立ち絵が表示されたのだった。
彼女はその瞬間歓喜した。
モブだった彼が、実は元王子だった。美味しすぎる設定でしょ。
それと同時に悲しんだ。
なんでこんな美味しい設定で攻略キャラじゃないんだよ‼︎と。
しかしこんな遊び方をした人は他にいたのだろうか?少なくとも彼女が転生する前にはネットでこのような情報は出ていなかった。
だがこの情報を同じくモブ店員を愛する同士に教えることは叶わず、彼女はその後すぐに不遇の死を遂げ転生してしまった。
彼女は人生の終わりに、それが心残りだなと思いながら人生に幕を閉じたのだった。
学園に戻ると迎えの馬車とディードゥル様が校門の前で待っていた。
「フレデリカ、すまないがアルフレッドを少し貸してもらえないだろうか?」
「アルフレッドをですか?構いませんが」
「……では、お嬢様行ってまいります」
「ええ、また後でね」
私は二人を見送り、ディードゥル様と共に屋敷へと帰宅した。
この時の私はアルフレッドはすぐに帰ってきて、いつもと変わらない日常が繰り返されると信じていた。
夕食を済ませて風呂を出た私は、外を眺めていた。
ーー遅い。
アルフレッドがちっとも帰ってこない。
殿下は少しと言ったのに。
バァン‼︎
すると、玄関の扉が勢いよく開いた。
「フレデリカ様はおられますか⁈」
嫌な予感がした。フレデリカは青い顔で、急ぎ玄関へと向かった。
「このような夜更けに何用ですか?」
そこにいたのは城の衛兵だった。フレデリカの心臓の音が早くなる。
「フレデリカ様‼︎急ぎ城へ登城してください。アルフレッドが……」
「えっ……」
フレデリカはその場にしゃが見込むように倒れた。床に手をついて震える体を懸命に起こそうとするが、力が入らない。
アルフレッドが……意識不明の重体⁈
私は何も考えられなくなり、頭が真っ白になってしまった。




