私達は再び1歩を踏み出そう
これで完結です。
《かつてあった大帝国が4つに分裂した後、大陸東部は大帝国の王族の1つオリバー家によって治められる。この時期をオリバー=レミゼ王朝という。__(略)__だが数百年後には、王朝は腐敗堕落していき、異世界から転移してきたとある青年によって、ソレイユ=レミゼ王朝が築かれた。ソレイユ朝の建国を記念して、それまで使われていた大陸暦からレミゼ暦に暦が移行して、現在も使われる事となる。ソレイユ=レミゼ王朝は600余年続く事となるのだが、___(略)__王朝末期のアルベルト王政権下での宰相アベルの悪政、“正義王の裁判”後やアベルの国外追放後の宰相・大臣の面々の経験不足や長年の官僚機構の構造疲労などの露呈や失策などもあり、人々の不満が高まり、王家の分家であったローザンヌ公爵家の元に集まり数年かかって王都進軍を成す。そして624年5月5日“アルベルト王の英断”により無血開城が行われ、ローザンヌ=レミゼ王朝へと交代する事となった。こうしてローザンヌ朝は現在まで続いている。
『レミゼ出版 メドベージャ大陸東部史:大帝国の崩壊から太陽の王朝が終わるまで』》
「ふう………」
私は読み終わって分厚い本を閉じた。
この本はその当時の人々の主観がそのまま受け継がれて書かれている、大半の人にはこれが“過去の正統な歴史”なのだが、私はこの歴史が少し正しくない事を知っている。例えば、“彼”が何の為に悪徳大臣の汚名を被ってまで“正義王の裁判”という茶番を起こしたのか、かの斜陽時代に存在した“農業研究所”というおぞましい組織の存在を知る者は殆ど居ない。
そこまで考えて、私は考えるのを止めた。私はユーリエ=ススキノ、もう関係ない人間なのだ。ただ前世の自分の記憶を取り戻したが故にそれを知る者であるというだけで。
(喉乾いた……何か飲もう)
私はペタペタと素足でリビングに降りて、冷蔵庫からジュースを取り出してコップに注ぐ。
「ちょっとユーリエ!何時だと思ってるの、明日は学校なんだし寝なさい。寝坊して遅刻するわよ。」
「ハイハイ、分かってるよ。……お母さん、でもまだ早いって、9時になったばかりだよ……。」
ほら、その証拠にテレビからは『光る……回る……』と聞き覚えのある歌が流れている。それに9時に就寝だなんて、修学旅行の就寝時間よりも早いよ。そんな事言った所で余計に怒られるだけだしと渋々歯磨きをした後部屋に戻って、その布団にダイブしたのだが……眠れなかった。
翌日、月曜日になって登校する。
今日も学年主任のタナカが服装&持ち物検査をしていた、集会での長話が好きな校長といい彼も毎日毎日よくも飽きないものだ。それを突破してから教室に向かい、バックを机横のフックにかけてから机に突っ伏す。チラリと隣の彼……転校生のショウエイ=テンウィンを覗き見ると彼はこちらに微笑み返してくるのみで感情は読み取れない。
ショウエイがショーンなのではないか、そう思って観察しているのだが、中々確証が得られない。姿は違うが、人を惹き付ける雰囲気や笑顔を見せる時の表情は何処か似ていて、同級生達と違って妙に落ち着きすぎていて醸し出す雰囲気は老人のよう、これが私の印象だ。
「ショウエイ君、彼女とか居るの?」
「いや、まだいないよ。」
確かこの子の名前はミナリリア、猫目で華やかな容姿の美少女、実家はそこそこ有名な会社で彼女は社長令嬢だったような……ミナリリアにかかればどんな男も堕ちるとまで噂される持ち主だ。そのミナリリアの問いに彼は照れたように顔を赤くして、ブンブンと頭を振りながら言った。
「じゃあ私、彼女に立候補しようかな?」
「いえ、私には前世……いやまぁとにかく、昔から好きな人がいますので。」
「ふうん、なら仕方ないか。」
ミナリリアはピッタリと身体がくっつくくらいに近づけてくる、彼女の得意技で彼を誘惑しようとしているのかも。彼はちょっと嫌そうに目尻を下げた後、微妙に顔を逸らして言葉を濁しながら言う、ミナリリアはその言葉で興味を失ったのか自分が歯牙にかけるほどでもないと判断したのか離れていった。
前世、彼はそう言った。益々仮定が確信に変わっていく、でもまだハッキリと彼と聞けるほどに証拠があるわけでもないし、すべて私の勘という頼りない根拠しか見つかっていない。
そして、聞くのが怖い……。もし彼じゃなかったら、誰がショーンの生まれ変わった姿なのか?まさか、あの学年主任のタナカ?
………それはそれで気まずい。
______
帰りのホームルームで担任が紙を配りながら、何やら気まずそうに告げてくる。
「さて毎年10月にある遠足の今年の場所なのだが、抽選の結果ウチのクラスは『悲劇の王女エリザベス展』に決まった。」
担任がそう言った声にクラスからはブーイングが起こる、美術展は1番人気がないからだ。
毎年、遠足は2クラスずつ3グループにくじ引きで固まった後、そのグループの代表がくじ引きをして『王立レミゼ動物園』『美術展』『未来科学博物館』の3つのどれかに決まる。
「静かに、決まったものは仕方ないだろう!俺だって動物見たり、博物館の体験コースをやる方がよかったよ!」
担任もクラスのブーイングは予測済み……だから気まずそうな顔だったのだろう。こう彼は泣きそうに声を荒らげて生徒達に言ってから逃げるようにそそくさと教室から出ていった。
(若いわねぇ……)
一応これでも前世で70まで生きた身だ、この若い担任の態度はどうも可愛く見えてしまう。そして、そんな女子高校生が思わないような事を思っていたユーリエと違ってクラスでは……
「えー、お姉ちゃんから聞いたけど美術展って1番つまんないらしいよ。」
「エリザベス王女って誰?」
疑問符が生徒達の間を飛び交う。……前世の自分の知名度の低さを心の中でちょっと泣いた。
「今さ、ケータイで調べてみたらあったよ……」
「ケータイじゃなくてスマホでしょ!」
「細かい事はいいじゃないか。えーっと『ソレイユ朝末期のアルフレッド王の第5王女でアルベルト正義王の妹。ナクガア王国(現在のナクガア連邦)のイチヤ王太子(後のイチヤ王)と7歳で婚約するものの16の誕生日を数日後、婚礼を約1年後に控えた15歳の時に王宮の火災から逃げ遅れて死亡した。』……だって。」
「うっわ、つまんなさそう……。」
「だよな、だよな。」
調べた内容を読み上げて生徒達はげんなりとしたため息混じりの言葉を吐いた。『本当に最悪』と皆の心の中の声が聞こえてきた気がした。皆テンションやら何やらダメージを受けていたが、私はクラスメイト達とは別の所でダメージを受けていた。
(ここまで言われるとなんか、傷つく。)
今はユーリエ=ススキノであるが、前世はエリザベス王女だった私の前でこんな台詞を吐かれるとさすがに傷つく。しかも彼らはわざとではない、彼女と私は肉体的には別人だが、彼女は私の前世の姿、言わばもう1人の私も同然だと知るはずもないから、こうしてダルそうに不平不満を口にしているのだ。それを分かっているからこそ、余計に傷つくのだ。
私が心の中で泣きながら彼の方を見ると、彼はムッとした様子で担任が配った『悲劇の王女エリザベス展』とデカデカと書かれた広告を見つめていた。
「エリザベスさん………」
彼がそう呟いた気がしたが、私が再び彼の方を見た時には彼はいつもと変わらず困ったような顔をしながら、帰る準備をしていただけだった。
_____
10月に入って、ついに『悲劇の王女エリザベス展』に向かう事となった。今のレミゼ王国の王都はあの時と違ってラブルから当時は南西の一都市でしかなかったオトワに遷都した。
距離があるので、バスに揺られて私達は旧王朝の王宮へと向かう……私達の馴染み深かった王宮は学園があったエリアなどの一部を改装して美術館になっている、様々な所で現代的に進歩した世の中でほぼ初めて昔の懐かしい雰囲気に触れる事が出来る気もする。
そうして、やる気のない生徒達の中1人期待に胸を踊らせて向かった美術展だったのだが、『悲劇の王女エリザベス展』とポスターなどを飾られて精一杯輝かせようとしているが客はまばら、室内は寂しかった。
(これ以上私を泣かせないで………)
もうヤダ……心が折れそう。
エリザベスが火事で死んだわけではない事を知っている後ろめたさと自分の知名度と人気の無さが心に刺さる。
「じゃあ、各自アルアール学園の生徒としての自覚を持って行動しろ。えーっと、お昼になったら1回ここに戻ってくるように!」
担任がポリポリと頭を掻きながらめんどくさそうに言う。生徒達はいつものグループを作り、いつものだいたい固定されたメンバーでノロノロと動いていく、私もいつも行動しているクラスメイトと共に歩いていく。彼の方はと言うと、大人しそうな男子グループの誘いを受けて、そのグループと歩いていた。
懐かしい絵画を見ていた時に、一緒に行動していたクラスメイトの女子の1人が爆弾発言をした。
「ねえ、ユーリエってショウエイ君の事好きなんでしょう?」
「いや、そんな事は……」
ショーンだと確信が持てない以上はハッキリと断言してはいけない、私はどっちとも取れない態度をした。
「ハッキリと告白しちゃえ、美術館で告白っていうのもなんか趣きあっていいじゃん!」
「いや、だから……」
こりゃダメだ……完全に勘違いされている、でもショウエイが気になるのは確かだ。彼がショーンであったのならそれに越した事はないが、もしそうでなければ私はショーンを裏切ることになってしまう。
取りあえず化粧室に移動して、息を整えようとした。そこで私は聞いてしまった。
「ねぇねぇあの転校生、ミナリリアの誘いを断ったんだって?」
「そうよ。ふん、生意気ね。この私に逆らうなんて、良い度胸してるじゃない!」
あのショウエイにフラれて、顔を屈辱的に歪ませたミナリリア(とそれを励ます取り巻き達)の姿があった。
「ミナリリア、しかも彼はユーリエ=ススキノと良い仲らしいわよ。」
「地味同士お似合いじゃないの………そうか、“その手”があったか………よくも私を虚仮にしてくれたわね………!」
ちょっと、ミナリリア様……その手ってなんですか!?ものすごく嫌な予感しかしないんですけど!それと私とショウエイはまだ付き合っていません、ただの席が隣なだけです!
私は何事もなかったかのようにこそこそと化粧室から離れて、何食わぬ顔でクラスメイト達の所に戻っていきました。
(火事で燃えたとばかり思ってたけど、こんなに残ってたなんてね……)
エリザベスを描いた美化され過ぎな絵画達、後はその当時の貴族達のエリザベスに対する記録……などなどが展示されていました。中には交流のある人が書いたエッセイも、あのお母様の所で働いていたジョン=クックの日記の写しまでここにはあった。
(それにしても、今思えば美化されすぎだな……)
いや、当時も思ってましたよ?けど改めて見ると余計にそう思ってしまいます。
「あら、これはススキノさん。ちょっと私達と付き合ってくれないかしら?」
(げっ……もう来たのか、ミナリリア様。)
取り巻き5、6人をゾロゾロと連れて、私の前に立ちはだかる。これは正面突破はできない……そんなことしたら、物理的にも心理的にも正面衝突しそうだ。彼女達を敵に回す事だけは勘弁願いたいので、しおらしく置物のように静かにミナリリア様の後をついていく。
(そんな周りを取り囲まなくても私は逃げないんだけど………)
そして、美術館の展示エリアからは少し外れて階段を降りた先にあった明らかに『関係者以外立入り禁止』な密室に連れ込まれて、
「ふん、あんたはこんな所があるの知らなかったでしょう。私のパパがここの館長とお友達なの!」
それを聞いた取り巻きズ達は『キャースゴい』とよく分からない合いの手を入れて盛り上げていました。
(館長、いくら知り合いのお嬢さんだからと言って、立入り禁止区域教えちゃダメでしょう……)
冷めた眼をして、次の自慢話を待っていると、ミナリリア様達はそのままそこに私を置き去りにして閉じ込めてしまいました。
しばらくして事態を飲み込めたときマズイ、そう思いました。しかも、ガチャガチャとドアノブを捻ってこの部屋はあの講堂みたいに内から開けられない仕組みのお部屋だと気づきました。
(助け、来るかしら……。それにしてもミナリリア様、ひどいわ。貴女を虚仮にしたのは私じゃなくてショウエイじゃないの、なんで関係ない人間にこんな仕打ちをするの!)
けど、女は浮気した男以上にそのお相手さんの方を恨むと『女って怖いぞ』という言葉と共に重々しくヘンリーが言っていた。……ふったショウエイよりも彼と噂が立ってる私に不運な事に矛先が向いたという事なのだろうか。
(とんだトバっちりだわ……)
女って本当に怖いしえげつないわ、ふう私も平和ボケしちゃったのかしら。学園よりもギスギスしていない、いじめも陰湿ではなく直接的なこの学校でこんなにもストレスを受けるなんてね。
さて、持ち物は美術館のパンフレットとお昼の弁当とお菓子、筆記用具とかしかない…スマホは前日に充電を忘れてて今18%しかないうえにここはまさかの圏外……どうやって救助が来るまで過ごそうかしら。
「お昼はまだお弁当あるからなんとかなるけど……昼の点呼の時に皆気づいてくれるかしらね……。」
そしてしばらく待っていたのだが、来る気配はない………。これでは、ここでこのままミイラになるしかないのだろうか。
_ズズ……ズズズ……
あれからどの程度経ったのか、残り少ない充電のスマホを見ると12時半と表示されていた、点呼の時刻はそろそろだったはずの頃に、何か外から物音が聞こえてきた。
「え………」
怖くて震えているとガチャンと鍵が開いて、ドアが開くとそこには……ショウエイ=テンウィン、彼の姿があった。
「大丈夫ですか……!?」
「大丈夫……だけど、どうして……。」
「貴女の友人達から探すように頼まれて探していたんです。まさかこんな関係者以外立入り禁止の地下にいるとは思いませんでしたけど……。」
彼の眼は優しかった。
部屋の外に出て、階段の踊り場で私は再び彼に声をかけた。
「ねえ、変な事聞いてもいい?貴方がショーンなの……?」
聞くなら2人きりの今しかないと言われているような気がして、私は話を切り出した。変だと思われても良い、でも本人から確認するのが1番手っ取り早い方法だと思って私は言った。
彼は眼を見開いて、
「……じゃあ、やっぱり貴女がエリザベス、さんなのですか?」
絞り出すように声を出した。
私達の時が止まった瞬間だった。
「やっぱり、貴方がショーンなのね!
エリザベスさんってその呼び方は間違いなくショーンだけど、私は呼び捨てにしてっていつだかに言ったと思うのだけれど?」
「それは……なんかこっちの方がしっくりくるから、良いでしょう?あ、でも今はユーリエさんですからどうしましょう……」
私達は赤くなってうつむいた。
「じゃあ、今度からはユーリエって呼び捨てにしてよ?貴方の事は、ショウエイだから……ショーちゃんって呼んでもいいかしら?」
「はい、私は別にどんな呼び方でも構いませんよ。」
彼は、ショーンと同じあの子供みたいな笑みで言った。
「えっと……再会出来た訳だけど、ショウエイとショーンは中身は同じでも別人だもの。まずは私の事、ユーリエの事も知ってほしいからお友達からで良い?」
「うう、貴女がそういうなら……確かに私はまったく貴女の事を知りませんからね。
じゃあ、お友達からという事でよろしくお願いします。」
彼は捨てられた子犬みたいにしょんぼりしながらも納得して、うなずいた。
「ねぇねぇ、正直に言うとミナリリア様に実はドキッとしてたんじゃないの?」
「いや、それはありませんね。私はああいうタイプの女性は性格以前に顔も好みではありません、私が好きなのは貴女のような可愛らしい女性ですので。」
「あら……それは可哀想に。でも、他の人にフラフラついていかないでくれて、ますます貴方に惚れ直しちゃったわ。」
彼は照れながら『ありがとうございます』と小さな声で言った。
私達は外に出て点呼の列に向かう。後ろを振り返ると『エリザベス王女とショーン=オンリバーン侯爵』というタイトルのエリザベスとショーンの2人が描かれている絵画が私達を見つめていた。
___今度こそは、エリザベスとショーンが叶えられなかった願いは私と彼が叶えてみせよう。
その決意を胸に私達は前を向いて、点呼の列へと走っていった。そこには、私を心配するクラスメイト、叱られたのか不貞腐れているミナリリア様、そして担任の姿。
彼らの方に向かって『心配かけてごめんね』と声をかけた。その私達の様子を青々とした晴天の空が優しく見守っていた。
__終わり。
今まで読んでくださった読者の方ありがとうございました。この2人のその後、作者も気になってます……機会があれば書きたいかなと思ってます。




