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一日目・夕方

 「ただいま」


 玄関で靴を脱ぎながら、少年は自らの帰宅を知らせる声を発した。直後、二階と一階を繋ぐ階段から、まるで誰かが転げ落ちるかのような音が響き渡る。

 

 「お兄ちゃんおかえり!」

 

 満面の笑みを浮かべ、少年の元に一人の少女が駆け寄って来る。

 

 まだ年若い少女だ。身長は少年より頭一つ分小さいぐらいで、その端正な顔立ちには、思春期の少女特有のあどけなさとなんとも言えない色香が静かに同居している。小さく膨らみ始めている胸を少年の帰宅に対する喜びと期待でいっぱいにしながら、少女は少年に飛びついた。

 

 「っとと。ただいま、雨音。今日も良い子にしてたか?」

 「うんっ!」

 

 肩口で短く切り揃えられた黒髪を揺らしながら、雨音と呼ばれた少女はぶんぶんと首を縦に振る。

 

 「なら、見せてごらん」

 「はぁーい!」

 

 雨音が着ているパジャマの袖を捲り上げ、その二の腕を露わにする。そこに刻まれた無数の傷跡を見て、少年はほっと胸を撫で下ろした。

 

 「……うん、増えてないな。これでもう一週間も約束を守れてる。凄いじゃないか」

 「えへへー、でしょでしょ? それに雨音、今日もちゃんとおトイレでおしっこしたし、何も壊さなかったし、お昼には自分でお薬飲んだよ。えらい?」

 「うん、偉い」

 「……えへ、えへへ。じゃあじゃあ、雨音のこと褒めて? いっぱいっぱい褒めて? ね? ね?」

 「ん」


 少年がすっと手を伸ばし、雨音の頭に触れる。それから優しく手を動かして、その髪を撫でた。

 

 「あ……ん……」

 

 至福の表情を浮かべながら、雨音が淡い嬌声を漏らす。その後しばらくの間、少年は雨音の頭を撫で続けていた。雨音が満足する最低限のラインを越えたことを確認してから、少年はその手を止める。

 

 「あ……もう終わり……?」

 「明日も雨音が約束を守れたら、今度はもっといっぱい撫でてあげるよ」

 「ほんと?」

 「ほんとだ」

 「…………わかった」

 

 大人しく引き下がった雨音に、その素直さへのご褒美として、少年はもう二回だけ雨音の頭を撫でた。雨音が心地よさそうな声を上げる。

 

 「それじゃお兄ちゃん、雨音のお部屋であそぼ? 今日は何しよっか? カップルごっこ? 新婚ごっこ? おしどり夫婦ごっこ? どれが良い?」

 「ほとんど一択な気がするのは俺の気のせいだろうか」

 

 少年の腕を、雨音が痛いぐらいの力で引っ張る。もし自分が綿で出来た人形なら、この手はとうに千切られてしまっているだろうな。そんなことを考えながら、少年は「雨音が好きな遊びで良いよ」と答える。


 そう。少女の遊び相手は、綿作りの人形では駄目なのだ。

 彼女には、肉で出来たお人形が必要なのだ。


 と、少年は思う。だから少年は、今日も人形としての役目を果たす。それが歪んだことだと分かっていてもなお、少年はそれを選んだのだから。



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