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夜明けとともに

 その日の夜は、風が強かった。窓枠を強く叩いては、哀しげに泣いた。

 冷え込む部屋で、フィリーは布団をかぶって丸まって寝ていた。

 明け方になっても、まだなお暗い森の中。

 鳥の声や葉ずれの音も、あれだけはげしく窓を叩いていた風さえもやんでいる。

 フィリーは、ふと目が覚めた。

 まだ覚めきらない頭だったが、それでも違和感を覚えた。

 雪が積もり、音をかき消しているくらい、一切の音が聞こえない。

 ゆっくりと、布団から頭を出して、敷きマットと枕の感触を確かめた。

「……夢じゃない」

 えいやと起き上がり、空気の冷たさに震える。

 ベッドを寄せている壁には、小さな窓がつけられていて、のぞいてみたが雪の気配はなかった。

 上着をはおり、靴をはくと、静まり返った暗闇の中でランプに火を灯した。

「また実験かな。ジョンさんの牙、欲しがっていたし」

 皆は適当に酔いつぶれているのだろう。

 ジョン以外、すでに死人の彼らは、どんなに寒い場所で転がっていても、病気にはならないと言っていた。

 とりあえず、ジョンと子供たちが無事でいるかを確認して、二度寝しよう。

 そう決めて、首をすくめながらランプを手にしてノブをひねった。

 風が入ってきたわけでもないのに、空気が動いた気がした。

「先生!」

 なぜか、いやな予感がした。

 同じ家の中だというのに、フィリーだけ――フィリーの部屋だけ、閉め出されていたような。

 閉じこめられて、除け者にされているような。

 慌てて客間の扉を開けようとしたが、鍵もついていないのに開かない。

 いつもなら、ここで皆がそれぞれ気ままに転がっているはずなのだ。

 なにか、音が聞こえた。外で、なにか燃やしているような乾いた木のはぜる音がしている。

 玄関にも、滅多にかかっていない鍵がかかっていた。

「先生! ここを開けてください!」

「なによ、起きてこなくてよかったのに」

 小さな手を扉に叩きつける前に、ソレルが彼の後ろから首筋に息を吹きかけた。

 声をあげて飛び上がったフィリーの口をふさぎ、彼女は楽しげに笑った。

「掃除も洗濯も、まだ早いわよ」

 手を振り払い、叫んでしまった恥ずかしさと、なんだかわからない恐怖心でソレルをにらみつけた。

「いったい、なにやってるんですか! いつもこんなことしてるとか、言わないでくださいよ」

 声を荒げれば、ソレルは長い人差し指をフィリーの口元へと持っていき、静かにしろと無言で圧力をかけてくる。

 フィリーは口をつぐみ、客間へと目をやったが、起きてくる気配はなかった。

「いつもではないわ、時々よ。集中したい注文を受けた時くらいかしらね」

「今、そんな注文引き受けてないですよね」

「受けているかもしれないわよ? フィリーのように純粋な子供が、聞いてドン引きするような内容の代物をね」

 それを聞いて、フィリーが目を右に動かし、左に動かして。

 ソレルに戻してから、くちびるをとがらせた。

「それはそれで、気になりますけど」

「寝てなさい。なんでもないから」

「それを、信じるとでも思うんですか?」

「思わないわね」

 ソレルが大きくため息を吐いて、戸に手をかけた。

 すんなりと開いた先には、暗闇の中で枯れ葉の山が盛大に燃え盛っている。

 その焚き火を囲み、それぞれの元の姿に戻っている三人がいた。

 こちらを見てムエトが驚いた顔をすると、アウェンとジョンも振り返り、言葉を失っている。

「さあ、始めるわよ」

「なにをするんですか?」

「フィオラルド、あなたが望んだことよ」

 玄関の扉を開け放したまま、フィリーの背を押す。

 燃え盛る炎へと向かって歩いていくソレルの長い黒髪が、風もないのにふわりと広がる。

「横にいなさい」

 返事をする前に、静かな闇をつんざく笑い声がして、フィリーは玄関へと振り返った。

 かぼちゃ頭の笑い声だ。だが、聞こえてくるその声は、楽しいものではなく、悪意に満ちたものにしか感じられない。

 かぼちゃが、玄関から飛び出てくる。子供たちにかじられたところが、凶悪さを表現しているようだった。

「囲んで」

 ソレルの声に、三人は炎を囲み、それぞれが東西南北の位置につく。

 なにが始まるのか。かぼちゃ頭は、悪い物じゃないと言っていたはずなのに。

 辺りを包む緊迫した空気に、フィリーは声を出せずに、ソレルのドレスをつかんだ。

 いつもなら怒る彼女だが、なにも言わず、フィリーの頭に優しく手をやった。

 かぼちゃ頭が東に立つムエトへと、飛んでいく。

 漂うような飛び方ではなく、襲いかかるという言葉があてはまる。

 どっしりと構えたムエトは、避けるでもなく、直線的に向かってくるかぼちゃ頭を両腕で受け止めた。

「楽しい時だったのに、悪かった」

 暴れるかぼちゃを片手で押さえつけながら、不思議な温かさを持って光る緑色の石を、くり抜いて作られたかぼちゃの目から入れた。

 ムエトが手を離せば、ほんのり中を緑色に光らせたかぼちゃ頭が飛び上がる。

 あっちこっち飛び回るが、石が出てくることはない。

 ぐるぐると回転しながら、南にいるジョンに近づく。

 上下左右に飛んでいたというのに、目を鋭くして一点を見つめていた彼に、瞬間的に捕獲された。

 言葉にならない声をあげるかぼちゃ頭を抱えながら、申し訳なさそうに炎の先にいるフィリーへと目をやった。

 そしてかぼちゃ頭に視線を落とすと、抵抗しているせいか、小刻みに震えている。

「子供たちを楽しませてくれたのに、この仕打ちか……ごめんな」

 それでも、光る赤い石を丸くくり抜かれた目に入れた。

 震えが、大きくなる。

「助けられなくて、ごめんな」

 ジョンが苦しそうに言い、西にいるアウェンへとかぼちゃ頭を投げた。

 抵抗することが出来ないのだろう。アウェンに受け止められ、かぼちゃ頭はやっと声をしぼり出した。

「ここにいたいんだ」

「わかっているよ、かぼちゃ頭君」

 伝わるのかはわからないが、似た顔をしたアウェンは、かぼちゃをゆっくりとなでてやる。

 骨しかないアウェンから、表情は読み取れないが、声はとても優しい響きを持っていた。

「君がなにをしたかったのか、もう覚えてはいないのだろうね」

「……いらない子、だったんだ。でも、わかることがあるよ」

「なんだったかな?」

「フィオラルドと友達だ。友達に、なれたんだよ」

 かぼちゃ頭が、弱々しく笑う。

 アウェンは、静かにかぼちゃ頭を見つめ続ける。涙こそ出てはいないが、泣いているのだろうと感じた。

 一人ぼっちになってしまう感覚と、先の見えない恐怖。

 そして好きな者たちと別れなくてはならない気持ちは、アウェンには胸が痛むほどわかる。

 それは、先に逝ってしまう者もそうなのだろう。

 だが、残される側も同じなのだ。いくつもの別れに苦しんだアウェンは、それでも優しく諭す。

「かぼちゃ頭君は、恵まれているのだよ。私たちと出会えた。君は一人ではない」

 アウェンが、青い石を取り出して見せる。

 ぼんやりと光るその石を見つめ、かぼちゃ頭が怯えたように震えた。

「この石には、君を守っていく力がこもっている。いいかね、のぼっていくことが怖いのならば我々を感じて欲しい。一人じゃないのだと」

 石を中に入れると、かぼちゃ頭は黙り込んだ。

 ソレルへとかぼちゃ頭を回そうとした時、かぼちゃ頭はぽつりとつぶやいた。

「やっぱり、いらないんだね」

 アウェンが、ソレルと目――であるべき場所――を見合わせ、口を開きかけるとソレルが首を横に振った。

 かぼちゃ頭を受け取り、両手で自分の顔の位置まで持ち上げる。

「あなたをいらないと思う人間がここにはいないから、皆が苦しい思いをしているわ。一緒にいたいのに、ずっと一緒にはいられない。それは生きている者として避けては通れないのだから」

 ソレルが、かぼちゃ頭に軽く息を吹きかける。

 一際大きく震えると、耳と後ろ足が一本しかないウサギがかぼちゃから抜け出した。

 胸に三つの光が灯った透き通ったウサギは、大きく踊る炎を背に、宙に浮かんでいる。

 思っていたよりも小さなウサギは、大きな目を怯えた色に染め、ちぢこまって震えていた。

「ソレル先生、これはどういうことですか」

「かぼちゃをばらした時、近くにいたあの子が魔力の影響を受けてしまったのよ。私にも責任があるわ」

 フィリーがウサギを見上げると、不安定な容姿をした白いウサギは、フィリーへ飛びつこうと前足を伸ばす。

 だが、見えない壁でもあるかのように、それは阻まれた。

 長い一本の耳をさげたまま、片方の前足を支えに、もう片方の前足で必死に穴を掘る仕草をした。フィオラルドと、何度も名前を呼び、鼻を鳴らす。

 フィリーはウサギに向かい、両手を伸ばすが、とどかない。

「ソレル先生! なんとかならないんですか!」

「どうにもならないわ。あの子は死んでしまっているのよ」

「アウェンさんとか、ムエトさんみたいに……」

「しないわ。もう、絶対に」

 ソレルの真剣な言葉に、アウェンとムエトが顔を見合わせた。

 骨である彼と、包帯で巻かれた彼の表情は見えないが、フィリーの味方をすることはなかった。

 大粒の涙をこぼしながら、フィリーはソレルをにらみつける。

「そんなのずるいですよ! かぼちゃ……このウサギだって、生きたかったんです。周りに恵まれなかったけど、こうして皆と仲良くしてる。それのどこがいけないんですか」

「もう一度言うわ。この子は、もう死んでしまっているのよ」

「だから! アウェンさんたちみたいに……」

「しない、と言っているでしょう」

「どうして!」

 ソレルに詰め寄るフィリーのあごに手をあて、上を向かせたまま彼女は少年の涙を指ですくいとる。

「純真なる者の涙ね」

 その指をウサギに差し出すと、しがみついてきた。

 この指を離さなければ、フィリーのもとに行けると思ったからだ。

 しかし半透明の体は、彼女の指をすり抜ける。涙で濡れた長い指は、三つの光をうるおした。

「フィリー、あの子に生き続ける魔法をかけて、あなたが死んだ時、あの子はどうしたらいいの?」

「……え?」

「あの子は、死ねなくなるのよ。私が死んでも、あの子は残る。土のある限りあの子は存在し続けるわ。地に縛りつける。これはそういう魔法なの」

 自分が死ぬことを、考えたことはなかった。まだ、ずっと先の話だと思っていたし、死ぬなんて思ってもみなかった。

 黙ってしまったフィリーに、ソレルが優しく頭をなでる。

「残されるのはあの子なのよ。大好きなフィリーと一緒に、空へとのぼることも出来ない。その時愛した者たちも皆、先に逝ってしまう。一人ぼっちで、取り残されるのよ」

「一人は、いやだよ」

 小さなウサギが、震えて鳴いた。

 ソレルが優しく見上げて微笑する。

「一人じゃないわ、あなたの中には皆がいるでしょう」

「忘れられちゃうのは、いやだ」

「忘れるわけ、ないじゃないか!」

 声を荒げたのは、フィリーだった。

 涙で顔を濡らしながら、フィリーは叫んだ。

「忘れるわけない! 短い間だったけど、楽しかった。楽しかったから!」

「フィオラルド、本当に?」

「かぼちゃ頭は少し離れちゃうくらいで、ぼくのこと忘れるの?」

「忘れるわけ、ないよ」

 そうだろうと、泣いたまま笑って、フィリーはうなずいた。

「忘れるわけが、ないんだから」

 そう言って、一人と一匹は笑った。

「あなたの友達が、旅立つわ」

 小さなウサギが、淡く光り出す。ソレルが深みのある声をかけると、フィリーは届かなくてもウサギに手を伸ばした。

「君の、本当の名前はあるの?」

「名前なんてないよ。かぼちゃ頭がいいんだ。ずっとずっと、かぼちゃ頭でいたいんだ」

「……そっか」

 もうちょっとマシな名前をつけてやれば良かったと思いながら、フィリーはうなずくと、ウサギは小さく笑った。

「フィオラルド。フィオラルド――」

 炎の煙とともに、ウサギはふわりと舞い上がり、木々の壁を通り抜けて、朝焼けの始まった空へと消えた。

 全員が、しばらく空を見上げていたが、それぞれが動こうとしないフィリーの肩や頭を優しくなで、ログハウスへと戻っていく。

 ソレルが、手にしているなんの意思も持たないかぼちゃから、光を失った石を取り出し、焚き火の中に入れた。

 燃えていくかぼちゃを、二人は静かに見ていた。

 炎から目をそむけ、ソレルは隣で棒立ちになっているフィリーの頭を、一度抱きしめてやって、ログハウスに入っていった。

 一人になり、フィリーはやっと涙をぬぐう。

 あとからあとから流れ出る涙は、何度ふいても追いつかないが、それでもフィリーは見上げ続ける。


 ――楽しかったねえ


 最後に聞こえてきた言葉は、フィリーの頭の中で繰り返される。

 何度も何度も繰り返して、目を開いた。

 青さを取り戻していく空は、ゆがんで見える。だが、フィリーは笑って見せた。

「楽しかったなあ」

 そうつぶやいて、焚き火の前に座り込んだ。

 ひとつひとつを思い出して笑い、小さな後悔もたくさん見つけ、かぼちゃ頭を思い出しては泣いて、笑った。

 忘れるはずがない、だけどずっとそばにいて欲しかった。

 炎は徐々に小さくなったが、今の火だけがウサギだけの物だと思い、枯れ葉を足さずに座り続けた。

 煙が空まで届く間は、近くにいたかった。


 アウェンとムエトが、別れの挨拶をして森の暗がりに消えていった。

 朝が早いせいか、まだ寝ている子供たちを抱え、ジョンがごめんなと言って立ち去った。

 腫れぼったい目で、生きている間は、またきっと会える皆をぼんやりと見送って。

 フィリーはまた、火のそばに座り込んだ。ソレルにしては珍しく、残ったスープを温めて持ってきてくれた。

 冷え切った手の平に、じんわりと温もりが広がる。

 かぼちゃのスープを見て、もう出ないと思っていた涙があふれ、また泣いて笑った。

「忘れないよ。きっと皆、忘れない」

 そう言って、フィリーは空を見上げた。


 

読んでくださって、ありがとうございました!

暗めのお話になってしまいました。

もっと明るい予定だったのですが。不思議です。←


今回、小説・イラスト企画『ぱんぷきん祭』を主催し、細々とやっております。

よろしければ、サイトものぞいていただけると嬉しいです♪


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