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ネクロマンサーの憂鬱



「——ですから、死後二百年以上経過した方の蘇生申請には、所定の追加書類が必要なんですってば」


 私は引きつった笑顔をキープしたまま、窓口の老人に説明を繰り返していた。


 私の名前はユリウス。

 王都第三墓地管理局に勤務する、しがない国家公務員(ネクロマンサー)だ。


 

「なんじゃと!? わしはただ、死んだ妻にもう一度会いたいだけじゃ!」

 

 老人が受付カウンターを杖で激しく叩く。

 気持ちは分かる——分かるが、ルールはルールだ。


「お気持ちは痛いほど分かります。ですがね、『故人意思確認書』と『近親者同意書』、それに復活後の経済力を証明する『復活後生活計画書』の提出がないと、こちらの魔法陣の起動キーが降りないんですよ」

「近親者ならワシらの玄孫がおるわ!」

 

「んー、それだとダメなんですよね。故人様から見て、旦那様以外の一親等以内の方でないと……誰かいらっしゃいますか?」

「おるかそんなもん!」

 

「ですよね。では、まずは戸籍調査課で家系図の開示請求から始めてください。次の方どうぞー」


 クレーマー気味のおじいさんをあしらい、手元の書類にハンコをポンポンと押していく。

 


 かつて、我々ネクロマンサーは「死者を弄ぶ禁忌の存在」として世界中から忌み嫌われ、見つかれば即座に処刑される暗黒の職業だった。

 

 だが、時代は変わった。

 医療と魔法のハイブリッド進化により、死者蘇生が国家認定のインフラ制度となった結果——私たちはめでたく、こうして国家公務員として働くことが出来るようになった。

 


「あ、すんません。更新お願いします」

 

 次に窓口に滑り込んできたのは、全身カタカタと音を立てる骸骨の男性——男性だよな?

 

「はい、蘇生許可証の更新ですね。身分証をどうぞ」


 

 差し出されたカードを確認すると、そこには『リッチ・ゴードン(七百二十六歳)』と書いてある——大先輩だ。

 

「ゴードンさん、今回も骨格維持プランでよろしいですか?」

「いやぁ、最近ちょっと肋骨のあたりがスカスカして見栄えが悪くてね。今回はラグジュアリーな『若返り肉体再生プラン』にしようかと」

 

「あー、それならうちじゃなくて、あっちの『美容死霊術課』の管轄になりますね。3番窓口へどうぞ」

「おっと、すまないねぇ」

 

 ゴードンさんはそう言うと、軽快に腰骨を振って去っていった。


 

 平和だ。

 実に平和だけど、心がじわじわと削られる。


 私がそんな虚無の呟きを漏らした、その時だった。


 

『——緊急事態発生! 王都中央病院にて、無許可の違法蘇生事案を確認!』



 局内にけたたましい警報が鳴り響く。

 私は深く、深くため息をついた。

 

「……また闇ネクロマンサーのバカどもか」



 最近増えているのだ。

『おばあちゃんに一目会いたくて』とか『死なせたくなくて』という身勝手な善意エゴで、手続きを全スルーして勝手に死霊術をぶっ放す密造ネクロマンサーが。

 

 本人の同意のない蘇生は、重大な人権侵害であり、何より我々お役所の管理体制に対する明らかな挑戦である。


 

「ユリウス主任、現場へ急行してください!」

 

 部下の声に、私はデスクの引き出しから『公務用魔導杖』を取り出した。

 

「ああクソ、今日の残業確定じゃん……」




 現場である王都中央病院の霊安室に踏み込むと、案の定、若い男の密造魔導士が泣き崩れていた。

 

「だって……おばあちゃんに、どうしても、もう一度だけ会いたかったんだもん……!」


 そのすぐ隣では、違法に蘇生された当のおばあちゃんが、思いっきり不機嫌そうな顔で腕を組んで突っ立っていた。

 おばあちゃんは、泣きじゃくる孫を一瞥し、信じられないほど低い声で言い放った。


 


「馬鹿者。わしは向こうの冥府で、友達と麻雀の真っ最中じゃったんじゃぞ」

「えっ」

 

「あと三回ツモれば、人生初(しごはつ)の役満だったんじゃ。それをこんな生ぬるい現世に引き戻しおってからに」



 おばあちゃんは完全にキレていた。

 

 あちらの世界にもしっかりと娯楽は存在しており、分野によっては現世よりも白熱するものもあるという。

 麻雀はそれにあたるかどうかはわからないが、とにかく向こうの世界を舐めてはいけないということだ。


 

 おばあちゃんはガサゴソと私の胸元に手を伸ばすと、私のネームプレートを確認した。


「あー、ネクロマンサーの役人さん?すまんが、今すぐ『再死亡』の手続きを頼めるかの?早く戻らんと自動ツモ切りで場が荒れる」

「あ、はい。承りました。こちらが『即時帰還用・死亡届一式』になります。ここにサインを」

「恩に着るよ」


 おばあちゃんはサラサラとサインを終えると、私の即死魔法(デス)の光に包まれ、満足そうな顔で再び永遠の眠りについた。


 霊安室に残されたのは、泣き疲れた犯罪者である孫と、私たち役人だけだ。


 

「……なぁ」

 

 私は隣に立つ部下に、ぼんやりとした声で尋ねた。

 

「はい?」

「俺たちってさ、歴史の教科書に載ってる『世界の理を覆す、恐るべき死霊術士』なんだよな?」

 

「何言ってるんですか主任。予算の執行と書類仕事に追われる、ただの地方公務員ですよ」


 

 

 王都第三墓地管理局。

 そこは生と死の境界線で、ハンコと書類を武器に戦う役人たちの職場である。


 今年の年度末は「お盆シーズン」と重なるため蘇生申請が激増し、過労死する職員が大量に出た。


 過労死しても即座に同僚の蘇生により復帰させられるこの職場は、最早ブラックと呼ぶのもおこがましいような場所だ。



「さ、帰ってまた働きますよ。今度死んだら私が蘇生しますから」

「お前の蘇生は乱暴で嫌なんだよなあ……」


 異世界のブラック労働は、死んでも終わらない。

 今の生活は本当に幸せなのかと、たまに思う。

 

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