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はじまりの風(1)

はじめまして

瀬戸なる歌です。

この話は私の実体験と

私が選択しなかったIF(フィクション)を混ぜて書いています。

似たような経験をしている人に

私よりもっとつらい思いをしている人に

ひとりじゃないことを伝えたい。


いつからだろう


自分が塵芥のようだと感じるようになったのは


心当たりはあるように思う


けれどそれを反芻したいとは思わない



何も見ず

そして、何も感じず

ただじっとしていたい

そうしていれば


人からなにか言われることもないのだから…


『そんなのは大したことない』

なんで?こんなにつらいのに


『もう帰れ』

いいよ、なら帰ってやる!


『盗んでないよ。私じゃない』

嘘つき!あんたなんて大ッ嫌い


『ゲロ女』

どうしてそんな酷いことが言えるの?


『勉強できないやつは部活に来るな』

私は好きでこうなったんじゃない…!!!


断片的な嫌な記憶たちが順不同に襲いかかって来る


人の目が怖い

それと頭をかち割られるような痛み

記憶をすべて反芻する前に結奈はそれらを拒絶した。





「ゆなーーー!」

結奈は階下から聞こえる母の呼ぶ声で目を覚ました。

続けざまに母が階段を上がって結奈の自室に近づいてくる音が聞こえた。

足音は扉の前で止まった。

扉は開けられることはなく、ただ、母の声が聞こえた。

「今日もみっちゃんの具合が良くないから少し様子を見てくるね。帰りは夕方になるから、お米を3合で炊いておいて」

それから、と言いかけたが、母は息を呑んで言うのをやめた。


昨日母と少し話した。

「このまま学校は行かないのはいいのよ。別にお母さんだって結奈を苦しませたくない。

でも、言ってたじゃない。

英語の先生になりたいって、夢はいいの?

塾にだって結奈さえ良ければ、行かせてあげられるんだよ。だから…」


勉強、どうするのかちゃんと考えて。

母にそう言われた。責める声じゃなかった。

ただ、どうしようもなく正しいことを言われてしまっただけ。


結奈は結局、母に

先生やクラスメイトに酷いことを言われて

学校に行きたくなくなったと言えないままでいた。


結奈が黙っているとややあってから再び母の声がした。

「結奈、起きてる?もう行くね」

「わかった。いってらっしゃい」

寝起きの声で答えると母の足音がだんだんと遠ざかって行った。


ドアが閉まる音

外から母の車が動き出す音


それらを聞いてから結奈はやっと起き上がった。


ノロノロと着替えてそっと自室の扉を開ける。

爽やかな初夏の匂いが漂ってくる。

二階の廊下の窓は開いていた。


そよそよと風が吹いてくる。

結奈は窓を一瞥して階下の居間へ向かった。


朝ごはんは残りの冷ご飯をチンして

梅干しを乗せる。

韓国のりが欲しかったがあいにくなかった。



食後は何をするわけでもなく

テレビをダラダラ見ていた。

バラエティ番組でこの夏流行るファッションを紹介していて、モデルの女と女芸人がごちゃごちゃ感想を述べあっていた。


朝起きて食べて

暇を持て余す生活が半年は続いているだろうか。

家にいれば、頭が痛くなることはない。

同級生が私物に泥を入れることもない。

先生に勉強が出来ないことを、バカにされたり、怒鳴られることもない。

ここにいれば安全、安心がある。

しかし、ただ寂しさだけは確かに募っていっていた。

それを心の片隅で感じて入るものの、見て見ぬ振りをしている自分がいる。


テレビから笑い声が響く。

ふと、結奈の心に去来したのは悪態だった。


私じゃない人はいいよね


私は汚い人間だから


このモデルさんみたいにはなれない


外に出て

電車に乗って

オシャレなレストランで美味しいものを食べて

買い物ができる


そして先生にも嫌われてなくて

人並みに勉強ができる

先生は私のことを多分空気だと思ってる

勉強できない子はいなくなればいいと思ってる…

「みんな、嫌い」


独り言をつぶやいた。

その時、

ガタン、と家のどこかで大きな音がした。

結奈は怪訝な顔で立ち上がり、階段を登った。


二階の窓のカフェカーテンは突っ張り棒にループを引っ掛けて設置していた。

それが強風で外れてしまっている。

「窓、閉めるかな」

結奈はそっと擦りガラスを横にスライドさせて閉めた。

「よいしょ」

次は、突っ張りを設置する。

ちょっと背がぎりぎりなのでつま先立ち。

結奈の足元はふわふわの靴下なので踏ん張りが効きづらい。

なんとか棒の長さを調整して、カフェカーテンは元通り。

「よしっ、うわ」

ズルリと滑って結奈は尻もちをついた。


『だいじょうぶ?』

鈴を転がすような声が聞こえてきた。

立ち上がろうとした結奈の動きが止まった。

今日は父も仕事でいないからひとりのはず。

結奈の思考を止めるように再び声はかけられた。

『ねぇ、だいじょうぶ?』

結奈は恐る恐る声のする方を見た。


そこには結奈と同じくらいの女の子が、いた…。


「誰?」

どうやって入ったの?という言葉は出てこなかった。


「なつめ」

「なつめ?」

少女はコクリと頷いた。

同級生にそんな名前の子はいなかった。

己をなつめだという少女は

淡いブルーのワンピースを翻し、結奈に近づいてきた。

「結奈ちゃん、遊ぼう」

「え、あ、遊ばないよ」

「なんで?遊ぼう。なつめは結奈ちゃんと遊びたいよ」

「遊べないよ。学校ズル休みしてるもん」

「ズルなの?どうして?」

結奈は返答に窮してしまう。

初対面の人に自分は不登校であるなんて言いたくなった。

結奈は唇を噛んで俯いた。

「ねぇ、結奈ちゃんはズルくないよ」

なつめはにこやかだった。

「ズルだよ。だって学校行ってないんだから」

「でも、そうしないと結奈ちゃん生きていられないじゃん」

突如、現れた少女は、突如、結奈の心の核をついてきた。

結奈は思わず息を呑んだ。

目を見開いて目の前の存在を見つめる。

「結奈ちゃんが生きててよかったよぉ。一緒に遊べるもの」

なつめは心底嬉しそうにしていた。




死にたいと

本気で思ったことがある。

母にも言ったことはない。

ただ、一度だけそんなようなことを言った気がする。

学校に行くのをやめた今年の2月、父と勉強のことで喧嘩になって叔母の家に逃げたとき。

「みっちゃん…もう、生きるのしんどい」

死にたいとは流石に言えなかった。


叔母は結奈を抱きしめてくれた。

「みっちゃんは、結奈が生まれて来た日のことずっと覚えてるよ。

なかなか出てこなくて吸引分娩になったんだよ。

心配で心配で結奈のお父さんも病院の廊下をずっとウロウロしてたんだって。

みんな結奈が生まれて嬉しかったんだよ」


学校、辛いならこのまま逃げていいんだよ

叔母はそう言ってその日は一緒に寝てくれた。

携帯で「自殺 やり方」と入力していたが、結奈は叔母に会った翌朝、それを消していた。


「なんで、わかるの?」

「わかるよぉ、なつめ、結奈ちゃんのことだいすきだから」

なつめはひたすら無邪気に遊ぼうと誘ってきた。

結奈はそんな少女の姿に次第に絆されていくのだった。




「お部屋で遊ぶのもいいけど、お外に行こうよ」

押し入れから引っ張り出した人生ゲームで小一時間ほど遊んだが、なつめは家よりも外が好きそうだった。

「外はいや」

「どうして」

「…人に会いたくない」

「会ってもだいじょうぶだよ。知らん顔して堂々としてればいいよ」

ねえ、行こうよ。なつめは結奈の手を取って引っ張った。

「なつめひとりで行ったら?私といるとこ、他の人に見られないほうがいいよ」

「えー、結奈ちゃんと遊びたいよー。ひとりじゃつまんないよ。一緒に遊ぼうよ」

なんでこの子は私がいいのだろう?

結奈はわけがわからなかったが、なつめがしきりに促すので重い腰をようやく上げた。


半年ぶりの、外出…。


玄関のドアがやたら重厚なものに感じた。

厚い城塞の門扉のような。

閉ざされた国がようやっと開くかのような。

とても越えられない壁のように感じられる怖さを背筋に感じて結奈が躊躇していると、

「だいじょうぶだよ」

後ろでなつめの声がした。


なつめは無理やり扉を開けて出ていこうとするのかと思ったが、結奈のタイミングを待っているのだろうか、のんきに鼻歌を歌いながら玄関で飛び跳ねていた。

「その曲、聞いたことある。なんだっけ」

ドアノブから手を離してなつめを振り返った。

「ママが歌ってる。なんの曲かは知らない。でもママのお気に入りだよ」

「へぇ、なつめちゃんのママってどんな人?」

「ママだーいすき!優しくてあったかいよ」

「ふうん」

「あっ、ねえね!結奈ちゃん、ママにお花をつんでプレゼントしたいから、大きな公園があるところに行こうよ」

大きな公園、思い当たる場所があった。

「ん」

行き先が決まったことで扉を開ける決心がついた結奈は、大きく深呼吸をし、

ドアを押した。


扉は思っていたよりも遥かに軽く

なめらかに開いた。


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