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『カオスノイズ:東京拠点化計画~拠点を東京に移し、自分を殺せる勇者の育成に励むことにしました~』  作者: 猫寿司
第9章 黒い剣士

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第六話:敗残の勇者たちと、怪物への懇願

その時、ヴァレリアは森の外れで、仕留めたばかりの野生の馬に文字通り「食らいついて」いた。


 焚き火で焼く手間すら惜しみ、ほとばしる生命力をそのまま取り込むかのように、ナマの肉を咀嚼する。口の周りを血で汚し、二百キロの鉄塊を傍らに置いて一心不乱に肉を喰らう彼女の姿は、もはや「美少女勇者」の面影など微塵もない、森に潜む未知の怪物そのものだった。


敗残の行軍


 ユウサクとネネがその光景に遠巻きな視線を送っていた、その時だ。

 街道の向こうから、何とも形容しがたい重苦しい足音が聞こえてきた。


「……おい、あれ。さっきの討伐隊か?」


 ユウサクの言葉通り、そこには数時間前に威勢よく出撃していった勇者一行の「残骸」があった。

 それは、見るに堪えない惨状だった。


 ある者は右腕を失い、止血もままならぬ状態で仲間に肩を貸され。

 ある者は、すでに息絶えたであろう戦友を背負い、虚ろな目で地面を這うように歩いている。

 光り輝いていた鎧はひしゃげ、泥と血にまみれ、生き残った勇者の数も半分に満たなかった。


 彼らの表情には、希望も正義感もなかった。あるのは、ただ圧倒的な「死」を目の当たりにした恐怖と、拭いきれない絶望だけだった。


怪物への懇願


 悲痛な静寂が街道を支配する中、一人の女性がよろよろと、ヴァレリアのいる焚き火の跡へと近づいてきた。

 フンデルトの管理代行、アルメリアだった。

 「迷惑です」とヴァレリアを追放した彼女の顔は、今は恐怖で青ざめ、涙と煤でぐちゃぐちゃになっていた。


「……あ……ああ……。勇者、様……」


 アルメリアは、馬の肉を喰らうヴァレリアの前に膝をつき、祈るように両手を組んだ。


「助けて……助けてください、ヴァレリア様! 魔王軍は……あの虫の軍勢は、私たちの想像を遥かに超えていました……! 討伐隊は壊滅、街の防壁も長くは持ちません……!」


 それは、「ざまあみろ」と笑い飛ばせるような状況ではなかった。

 プライドも何もかもをかなぐり捨て、自分たちが追い出した「怪物」に縋らざるを得ないほどに、事態は破滅的だったのである。


「……街の皆が、殺されます……! お願いです、あの忌々しい鉄塊を……いえ、その聖剣を振るって、私たちを救ってください……!!」


 ヴァレリアは咀嚼を止め、血に濡れた顔をゆっくりと上げた。

 その瞳に宿るのは、かつての清楚な光ではなく、一ヶ月の地獄のような素振りと「あっちの世界」の筋線維の向こう側で手に入れた、底知れない暴力の輝きだった。


「んふーーーー……。アルメリア、言ったはずよ。私は……勇者だって」


 ヴァレリアが立ち上がり、傍らの鉄塊――ドラゴンスレイヤーを片手で軽々と引き抜く。

 その圧倒的な質量が空気を切り裂く音を聞き、アルメリアは恐怖と、わずかな救いを感じて震えていた。


追撃の黒雲と、真紅の怪物


「――追撃だ! 逃げろ!!」


 背後の街道から、生き残った勇者が絶望的な叫び声を上げた。

 見れば、地平線の向こうから黒い波のような群れが押し寄せてきている。羽音は雷鳴のように轟き、数千、数万という虫の軍勢が、街を目指して凄まじい速度で群れをなしていた。


「まずい、街に戻るぞ!!」


 ユウサクの号令とともに、一行は壊滅した討伐隊を追い越すように走り出した。

 その先頭を、ヴァレリアが駆ける。

 彼女は二百キロを超える鉄塊をひょいと肩に担ぎ、まるで羽でも生えているかのような身軽さで森を、街道を、疾走していく。


 仕留めた馬を喰らった際の返り血で、全身がドス黒い赤に染まっていた。

 その赤き怪物が、巨大な鉄の板を背負って戦場へと向かう姿は、恐怖に震えるエルフたちの目には「救世主」というよりは「さらなる災厄」が近づいてくるようにしか見えなかった。


決死の仁王立ち


 フンデルトの巨大な城門を背にし、ヴァレリアは足を止めた。

 逃げ惑う敗残兵や市民を門の内側へ逃がし、彼女だけが迫りくる黒い波に背を向けず、正面から対峙する。


 ドォォォォォン!!!


 地面に亀裂が走るほどの衝撃とともに、ヴァレリアは肩に担いでいた鉄塊を目の前の石畳に深々と突き刺した。

 そして、喉が張り裂けんばかりの、決死の覚悟を込めた絶叫を放つ。


「この街に入りたくば……まずは、この私を倒してからにしろぉぉぉぉぉぉ!!!!」


 鼓膜を直接揺さぶり、大気を震わせるほどの轟音。

 それまで街道を埋め尽くしていた羽音さえも一瞬かき消されるような、凄まじい音量だった。


 その後ろで、避難を急いでいたユウサクは、立ち込める土埃の中で立ち尽くす彼女の背中を見つめて呆然としていた。


(……ヴァレリア……お前、そんな大声出せたんだな……。っていうか、今の叫びで魔王軍より先に俺の耳がやられたぞ……)


 馬の返り血で真っ赤に染まった「怪物」が、二百キロの鉄を墓標のように突き立てて笑う。

 それは、世界で最も不潔で、最も頼もしい勇者の背中だった。

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