第7話「慈悲という名の劇薬」
敗残の鎖
鉄の死骸が転がる廃墟に、重苦しい鎖の音が響く。
ブラッドアイアンの誇る精鋭部隊は、浅葱の一撃とシズクの理不尽な力の前に、数分と持たずに沈黙した。粉砕された真紅の装甲から引きずり出された生存者たちは、特殊な粘液の縄で数珠繋ぎにされ、ユウサクの前に放り出された。
その先頭にいたのは、シルバーアーマーの残骸から引きずり出されたヨルダンだった。
「……魔王様。仰せの通り、殺さずに連れてまいりましたわ」
シズクが冷徹な報告をする。返り血を浴びることすらなく、整った容姿を維持したままの彼女は、足元のヨルダンを汚物でも見るような目で見下ろした。
「ほれ、ユウサク。そちの望んだ通り、命だけは繋ぎ止めておいてやったぞ。くふふ」
浅葱もまた、扇子を揺らしながら愉悦の笑みを浮かべている。
慟哭の再会
泥まみれになり、屈辱に顔を歪ませていたヨルダンだったが、ふと顔を上げた瞬間、その瞳が絶望に染まった。
彼の視線の先には、先ほどまでユウサクが「繁殖」という名の儀式を強要されていた女性たちの姿があった。一際美しい妙齢の女性――ヨルダンの妻が、乱れた衣服のまま、自身の肉体が犯された証である熱を帯びた吐息を漏らし、虚ろな目で地面を見つめている。
「……あ、ああ……。ああああああああああッ!!」
ヨルダンは、裂けんばかりの叫び声を上げた。
「ユ、ユウサク……! 貴様、俺の妻に……何をしてくれたんだ!! 殺せ! 殺してくれ!! 貴様だけは……貴様だけは、この手で八つ裂きにしてやるッ!!」
怒りと憎しみに狂ったヨルダンが、繋がれた身体でユウサクに飛びかかろうとする。その剥き出しの敵意に、シズクの眉が不快げに動いた。
「魔王様に向かって、その不敬。……死すら生ぬるい」
シズクの鋭い蹴りがヨルダンの脇腹に食い込んだ。鈍い衝撃音と共に、ヨルダンは数メートルも地面を転がり、血を吐いて悶絶する。
飢餓の円環
そんな惨状を囲むようにして、周囲ではさらに異様な光景が繰り広げられていた。
カオス城から放たれた数千の「ミニ・ユウサク」たちが、餌である兵士を食い尽くし、ついにはお互いを標的とし始めたのだ。
「ママ、お腹すいた」「もっと、もっと食べたいの」
幼い声で鳴きながら、一匹のミニ・ユウサクが隣にいる兄弟の首筋に食らいつく。食われた方は悲鳴を上げる間もなく、その肉体を内側から貪られ、どろどろとした黒い粘液へと変わっていく。
バリバリ、グチャリ、と骨を砕き肉を啜る音が響く。共食いを経て生き残った個体は、仲間の質量を取り込み、一回り大きく、より不気味な姿へと変質していく。自分自身の顔をした異形が、自分自身の顔をした別の個体を食らい、肥え太っていく光景。
「……見なさい、魔王様。あの子たちは学習しているのですわ。より強く、より純粋な『個』へと至るための、もっとも効率的な方法を」
シズクは感心したようにその共食いの渦を見つめている。ユウサクは、自身の形をした肉塊が咀嚼し合う不快な音に耳を塞ぎ、吐き気をこらえた。
魔王の糧
「……いや、きついって。こんなの、俺が望んだ結果じゃないんだ」
ユウサクは頭を抱えた。知人の妻を凌辱し、その本人の目の前でさらに痛めつける。背後では自分の分身たちが共食いを続けている。小市民としての良心が、ヨルダンの憎悪の視線と異形の咀嚼音に晒されるたびに切り刻まれていく。
「いいではないか。悲しみも、憎しみも。それらすべてが魔王の糧となるのじゃ」
浅葱がユウサクの背後に寄り添い、その冷たい指先で彼の頬をなぞった。
「そちが大きくなるための栄養よ。……さて、この男は少しばかり吠えすぎじゃな。わらわが、大人しくさせてやろう」
「え、浅葱さん……?」
ユウサクが止める間もなかった。
浅葱は、地を這うヨルダンの背後に立つと、その漆黒のドレスの裾から、異質な「器官」を剥き出しにした。それは繁殖を司る女王としての、変幻自在な肉体の変質。
「ひっ、な、何を……やめろ! くるなッ!」
恐怖に顔を強張らせるヨルダンの臀部に、浅葱は無慈悲にも、男性のそれと同様の機能を持つ硬質な突起を突き立て、内部へと深く押し入った。
「ひ、ひぃぃぃぃっ……!!」
夜の横浜に、ヨルダンの尊厳が物理的に、そして精神的に徹底して粉砕される絶叫が響き渡った。
それは繁殖ではなく、純然たる支配と辱め。
ユウサクは、かつての友が異形の女王によって弄ばれる光景を、ただ立ち尽くして見つめることしかできなかった。浅葱の言う「種が反映してこその反映」という言葉が、最悪の皮肉となって彼の脳裏に焼き付いていく。
「くふふ……これで、この男もわらわの『資産』の一部じゃ。な、ユウサク?」
廃墟には、ヨルダンの哀れな泣き声と、肉が擦れる不快な音、そしてミニ・ユウサクたちが仲間を咀嚼する音が、混ざり合って地獄の調べを奏でていた。




