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立ち上がった小野は着ていたコートとマフラーを外すと私達にそれぞれ差し出した。
「今まで貸してくれてありがとう」
「いえ」
「風邪、退かないように気をつけて下さいね」
受け取りながらそう伝えると小野は笑顔で「うん」と答えると開いたドアに向かって歩き出した。私達も後に続いてドアに近づくとその向こうには杖を付いて帽子を目深に被った紳士風の男性が立っていた。彼が小野のために寄越された案内人のようだ。
小野はドアの外に出る前に私達に向き直る。
「お別れは昨日しっかり言ったからここはただ握手でお願いしたいな。湿っぽいのは苦手なんだ」
それは私も同じだから都合が良い。寂しいし、もっと一緒に居たい気持ちは必死で抑えて笑顔を作る。
「小野さんお元気で。大事な人達との世界をどうか大事に」
「うん。千歳ちゃんも体大事にね」
差し出される手を握る。とても温かい手だ。
「雄真君も元気でね。それと、頑張って」
「うっす。小野さんもどうかお元気で。珈琲、これからも楽しんで下さいね」
頷きながら雄真と握手を交わす小野は本当に良い笑顔だった。
「そろそろ宜しいか?」
「はい。お手数お掛けします」
ドアの向こうから老紳士に声を掛けられて小野はそちらに向き直る。そして足をドアの外に出す。反対の足が電車から離れる瞬間、私は思わず声を掛けていた。
「小野さん!またね!」
小野の足が電車を離れ完全に体が異界へと渡る。小野が驚くように振り返るのとドアが閉まるのが同時だった。窓越しに手を振る小野がどんどん小さくなっていきながら、その口は確かに「またね」と動いていた。私と雄真はドアに張り付くようにして小野が見えなくなるまでそうしていた。
完全に小野が見えなくなってしまうと私達は再び席に戻る。湿っぽくなるのを避けてもやはり心に穴が空いた感じがある。乗り込んだ時には六人組だったのに今は二人がそこから消えてしまった。視覚的に更に喪失感が増す。
寂しさを何とか紛らわそうと今日の仕事のスケジュールを無理やり頭に浮かべて見たり、後は元の世界に戻るだけだとか思っていると首を捻る雄真に気づく。
「どうしたの?」
「いや、今小野さんを待ってた爺さんの声、どっかで聞いた事ある気がしてさ」
「お爺ちゃんの異世界人なんてユエ以外に会った事ないじゃない」
「そうなんだよなあ。でも良く知ってる気がするんだよなあ」
記憶を辿る雄真を気にせずに私はもうすぐ見られなくなる異世界の風景を楽しむ事にした。貼り付けたような晴れ渡る海岸線がいつしか森林の風景に変わっている。徐々に木々は深まり影が濃くなると完全に夜の山道のような風景になる。遠くに踏切の音が響いて、その警告音のせいか私は言い知れぬ不安を覚え出した。




