9
「珈琲屋」に着くと雄真の指揮の元、私達は手分けして夕食の準備に取り掛かった。前にリクエストしていたから既にミートソース料理の下拵えは朝のうちに済ませてあったようで時間も掛からずにどんどん食卓が整っていく。
「「「乾杯」」」
料理が出揃った所でそれぞれの好みの酒を満たしたコップを突き出し合う。私はワイン、雄真はビール、小野はハイボールだ。
「雄真君の料理も食べ納めかぁ」
「持って帰れたりするんならタッパにでも詰めてやれるんスけどね」
「ユエやシルヴィアだってお守りとか持って帰れてるんだしワンチャンいけるんじゃない?」
「いや、時間の概念が不確かだからな。世界線が違うっつてもここより五年先の世界だろ。持って帰って腐ってたーなんて最悪じゃないか」
「うん、食べ物はやめておこう」
そこから私と雄真は今日行った天文台で売っていた宇宙食だったら持って帰れたんじゃないかとか、もはや雄真飯に拘らず持って帰れそうな食品を考察し出す。それを肴に小野は酒を楽しむという穏やかな時間が流れていく。
「食べ物は持って帰らないけどさ、二人がくれたこの手袋は貰っていってもいいかな?」
「勿論!あ、マフラーも持って行って下さい」
「コートも良かったら貰っちまって下さい」
小野が気を遣わないように貸す体で預けた私のマフラーや雄真のコートも気にせずに持って帰って貰いたかった。それなのに小野は首を振る。
「ううん、手袋だけでいいんだ。僕は君達に何も残せないからさ、冬にこのマフラーとコートを見た時だけでも思い出して貰えたらなって」
「小野さん、、」
「はは、ごめんごめん。重かったよねー。あ、でも明日の朝までは貸してね?多分寒いだろうからさー。僕が二人に防寒借りてるって知ってるのかな?今だにコートの準備がされないんだから参っちゃうよねー、まったく」
湿っぽくなりそうな雰囲気を小野は慌てて払拭するように捲し立てる。本当にこれが最後の夜なんだなと実感して寂しい気持ちが溢れそうになる。でも小野は自分の世界に帰らなければならない。分かっているから、引き留めたりしないし後腐れなくお別れするため必死で隠す。
「明日は地下鉄に乗れば帰れるんすか?」
雄真が聞く。確かに始発に間に合うようにって言っていたが電車が帰還ポイントという事なのか聞いていなかったなと思う。
「うん。晴翔君の担当に引き渡す必要があるから、同僚が閉じ込められてる駅に行くためには同じ電車に乗らないとね」
「小野さんと晴翔君は乗った瞬間に、その、消えちゃうんですか?今日の少年みたいに」
「いや、それはないかな。でも僕達が乗ったら乗客は意識を失うはず。眠るだけだから心配いらないし、異世界から脱したら自然と意識は戻る。でもその時には僕達は下車してるから消えたように感じるかもね」
少年が帰還した後に小野も同じように消えるのかと聞いた時、‘そうだ’じゃなくて“多分”と言ったのはそう言うわけだったのか。でもそれならと少し期待を持ってしまう。
「それじゃあ、一緒に電車に乗り込んで見送りしても良いんですか?」
「乗るのは全然構わないよ。でもすぐに眠っちゃうから見送りって言う感じにはならないと思うけど」
「でも社畜、じゃなくて鈴木さんは異世界に意識を残したまま入り込めたんですよね?もしかしたら、、」
「俺達も意識を保っていられる可能性もある、か」
そうだ、稀に気づいちゃう人も居ると言っていた。私達も運良く意識を保てたら小野を最後まで見送れるかもしれない。
「意識を保てるかの確率は極めて低いけど、一緒に来てみる?」
「「はい」」
「異世界に迷い込むかもしれないって言うのに、君たちは」
迷いなく同行を願う私達に小野は少し呆れている。有名な異世界駅を見れるかもしれないのにそんなチャンスを逃したりしたら異世界好きを今後語れない。と言うのはほんの少し冗談で、小野を見送れるなら意識をなくしててもギリギリまで一緒にいたかった。
「小野さんも一緒だし」
「電車降りなきゃ良いんスもんね?」
「まあそうだけど。意識があったって素敵な雰囲気の場所って訳じゃないから、来て損したとか言う事になっても知らないよ?」
「「大丈夫です!」」
好きにしたら良いと言う小野だが嫌そうではない。そうと決まれば少しでも眠気を起こさないように私は飲み過ぎに気をつけてしっかりと睡眠を取らなくちゃと自分に言い聞かせた。元より小野を見送った後は私も雄真もいつも通り仕事がある。そもそも飲みすぎるつもりはなかったが。




