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不思議な話を楽しませてくれた客が帰ると小野との待ち合わせまで少し時間があった。店締めの作業を済ませたら小野の手袋でも買いに行こうかなどと考えていると来店を告げるドアベルが揺れて音が響いた。珍しい飛び込み客かと顔を上げるとそこに居たのはスーツ姿の男女。
「えっと、お店は間もなく閉店時間なんですが、、」
メニューによっては一人位なら受付けられるが待ち合わせもあるからどうしたものかなと思っていると女性の方が柔らかい笑顔で内ポケットから黒い革製品を取り出して開いて見せた。
「警察の者です。私は堀江、こちらは大泉と申します。佐藤千歳さんでお間違えないでしょうか?」
「そうですけど、え?警察!?」
「突然申し訳ありません。お時間大丈夫でしょうか」
「あ、はい。もう営業は終わりの予定でしたから」
取り敢えず刑事二人には受付の客の待機用ソファに座って貰って私も施術時に使うキャスター付きの椅子を持って来て座った。さっと二人の様子を観察してみると物腰の柔らかい堀江に対して硬い表情を崩さない大泉は昨日小野が語った刑事の仕組みに当てはまっているように思えた。一体警察が何の用か、突然の訪問に最初は困惑したが今は刑事の特徴を観察出来る程には落ち着けている自分ってなかなかに冷静なのかもしれない。
「佐藤さんも良く利用すると伺いましたが珈琲屋という喫茶店はご存知ですか?」
やはり堀江が質問する。大泉は黙ってやり取りを観察しているようだ。
「ええ。友人の店ですから。昨日も行きましたし、今日もこれから寄る予定ですが」
「ご友人のお店と言う事で驚かれるかと思いますが、その珈琲屋で昼過ぎに客の一人が刃物を振り回すと言う事件がありまして」
「え!?」
珈琲屋で刃物と聞いて私は一気に血の気が引いてしまう。
「雄真は、その店の店主は!?まさか、、」
「ああ、大丈夫です。ご無事ですし、怪我人は一人も居ません」
堀江は笑顔を崩さずに伝えてくれるから私も安心できた。一気に体の力が抜ける。雄真はあれでなかなか鍛えていて頑丈だ、そう簡単にやられる訳はないか。それよりも他の客の被害もなかったようで本当に良かった。
「刃物男を取り押さえた如月さんご本人からの通報でした。その時間は他にお客さんも居なかった事も幸いして被害は出なかったようです」
「それなら良かったです。でも何で、、」
長閑な住宅街に店を構える「珈琲屋」で事件なんて信じられない。それに他に客の居ない状況で犯行に及ぶとは、強盗かそれとも雄真に恨みでもあったのか。いや、雄真は目つきは悪いが誰もが認める良い奴だ。そんな訳ない。
それまで黙っていた大泉が懐から取り出した写真を見せてきた。
「この男なんですが見覚え無いですかね?」
差し出された写真には知らない男が写っていた。同年代位だろうが思い当たらず私は首を横に振る。
「こちらに一度来店した事があるそうなんですよ。名前はー」
来店時期と告げられた名前から顧客リストと受付表の確認をすると確かに来店履歴が一件あった。誰の紹介でもなく飛び込みで来たのが一度だけ。申し訳ないが新規客も日々迎えているためリピートして貰えないと時間と共に忘れてしまう。今も施術中にどんな会話をしたかとか思い出せない。刑事に言われその来店履歴などが分かる物の一切を提出する。
「この頃からどうもあなたのストーカーをしていたらしいんですよ」
「え?そんな、馬鹿な」
全然身に覚えがない。危険を感じる事なんて今まで無かったのに。よく転移者ユエには鈍いと言われていたけどこれは認めなくてはいけない事態かもしれない。
しかし、知らずにすストーカーされてたなんて思うと気味が悪かった。尾けられたりしていたのか、刃物を隠し持つこの男に、、。
「佐藤さんが頻繁に出入りするこのお店に最近通っていたようです。仲の良さそうな店主とのやり取りに嫉妬して、店主の如月さんを傷つけようとしたと」
「そんな!」
逆恨みもいいところじゃないか。私に向かうならいざ知らず、怒りを雄真に向けるなんて信じられない。私のせいで、雄真が怪我をしていたかもしれないなんてそんなの耐えられない。
「私がしっかりしてなかったから、、」
そう言って項垂れる私の肩を堀江が摩ってくれる。
「違いますよ。悪いのは人を平気で傷つける犯人です。佐藤さんのように自分を責めてしまう人もいますが、それを見ると私は犯人にいつも強い怒りを覚えます」
「こら堀江、お前が感情的になんなっていつも言ってんだろーが」
「すみません」
「でもね佐藤さん、本当に堀江の言うように悪いのは犯人だけです。あんまり自分を責めないでな」
顔を上げると先程まで恐い顔をしていた大泉が柔らかく笑ってくれていた。私は彼らの思いやりに力なく頷く事は出来た。
それからいくつかの質問に答えると刑事達は帰って行った。もう営業も終わりなら不安だろうから家まで送ると言われたが小野との待ち合わせもあるから断った。




