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今日も小野は昼過ぎのランチが落ち着く頃に「珈琲屋」に立ち寄った。忙しい時間を避ける配慮をしてくれているんだろう、昨日同様もう店内の客は一人だけだった。
「髪切ったんすね。めちゃくちゃ似合ってます」
「そお?千歳ちゃんに無理言ってー、営業前に特別に切って貰ったんだ」
よほど機嫌が良いのか声のボリュームも大きく小野はご満悦と言った様子だ。
「千歳ちゃんにお任せしたんだけど、僕に似合うのは絶対コレって迷いなく進めてくれてさあ。さすが千歳ちゃん、良い腕なのは勿論だけど僕の事よく見てくれちゃってるんだから」
思えば小野はこの二年ずっと同じ髪型だった。特に気にもならなかったがもしかしたら職業的にか、役割的にか髪型を変えられない事情でもあったのかもしれない。それでもこうして髪型を変えて、きっと開放感みたいなものを味わっているのだろうなと彼の喜びぶりが俺には微笑ましかった。少し気がかりな情報をいつも朝一にやってくる常連の爺さんから聞いたが、嬉しそうに話す小野の邪魔をしたくなくてその事は後回しにした。それにまだ店内には一人、ランチを終えて長居している男性客の姿もある。彼が帰ってからの方が良さそうな話題でもあったからだ。
「襟足もスッキリしたから、この千歳ちゃんのくれたマフラーも益々似合っちゃうよ。ね?そう思わない?」
「そうっすね。良く似合ってますよ」
その時、テーブル席の客がガタっと音を立てて椅子から立ち上がった。会計のつもりで立ったようだがいささか乱暴な印象を受ける動作は苛立ってるようにも見えた。他の客の声が煩いとたまに苦情を言う奴もいたりするが小野の声が気に障ったのかもしれない。店内の客が小野の他に彼しか居なかったからと俺も気を抜きすぎたかと少し反省する。お叱りを受ける覚悟でレジへと向かった。
「昨日も来てくれてましたよね、連日ありがとうございます」
「…」
レジ打ちをしながら雑談を振ってみるが反応なしか。雑談が不要なタイプかよほど怒っているかどっちだ。
「レシートとお釣りです。またお待ちしてます」
「…」
釣りを受け取りながら滅茶苦茶睨まれたが、悪いがあまり怖くはない。出口へ身を翻しながらマフラーを手にする小野にはさらに鋭い睨みを投げて出て行った。その背中は怒りに満ちて見えたが、そこまで怒るなら文句の一つも言ってって欲しいもんだ。
俺が呆れて溜息を吐くと小野は軽やかに立ち上がり「多分すぐ戻るから」と言ってコートもマフラーも持たずに店を出て行った。店内が途端に静かになる。俺は取り敢えず今の客が使ったテーブルを片付けに掛かった。食器を流しに下げテーブルを拭いていると入り口が開く。
「いらっしゃ、、」
客だと思い顔を上げた俺は予期せぬ光景に目を疑った。小野が先程の客を締め上げて拘束してる。客の方は苦々しげな表情を浮かべているが、肩口に血を滲ませている小野の表情は涼しげだった。
「雄真君、警察呼んでくれる?僕が関わるのは不味いから店内で暴れたこいつを雄真君が取り押さえたってことにして欲しいんだけど。君も傷害の罪は被らずに済むんだから、僕の事は話さないようにね」
後半は取り押さえられてる男に対して言っているのだろうが、一体どういう状況なんだ、、。




